天然由来の素材は…
大星雲進次郎
天然由来の素材は…
飛びつかなくてはならない言葉がある。
その言葉にはとても容易く私達を安心させる効果があるのだ。
元をたどれば、工業化の時代に現れたあるものとの対比から始まったのだろうと私は思う。そして今、この時代に於いては、あらゆる不都合を覆す免罪符となった。
だけど。
「愛って分かります?」
今日はデートだ。
「そりゃ」
「ホントに?」
私からあれだけ好き好きアピールして、先輩だって私のことを大事に思っていると言質を取っている。
普通はこれでO.K.だろう。
何だかんだで先輩とはほとんど毎日会ってる。
この「お互いが大事でいつも一緒にいる」状態で付き合ってないとか言い張るなんて、ライトノベルの鈍感系主人公よりもタチが悪い。
この先輩は「好きです付き合ってください」「はい」のくだりがないと、手順がないと駄目な人なんだ。
でもね、手順書通りにしないといけないって癪じゃない?先輩のことは好きでたまらないけれど、だからといって私が彼の流儀に合わせてやることもない。
私は私の道しか進まない。
さて、今日は私の愛をたっぷり教えてあげようじゃないか!
「今日私達が訪れているのは、自然派健康フェスですよ~!」
広い広いお城の公園で毎年開かれるお祭りだ。
定番のベビーカステラとか焼そば唐揚げの屋台に混じり、天然の自然由来の食材を使ったお料理を出してくれる屋台が多い。
あなたの身体のことを誰よりも心配していますよ、とアピールするのが目的……って、
「どうして早速焼そばを買おうと並んでいるの!?」
「え?」
先輩を列から引っ張り出す。
今日のコンセプトはそうじゃないの!
屋台のお兄さんから聞こえない所まで連れてきてお説教だ。
「中華麺には「かん水」が、青のりと紅生姜には「着色料」が添加されています!食べては駄目です!」
「トルネードポテト!あんな何回使ったか分からない油にはトランス脂肪酸がたっぷりふくまれているに違いないわ!危険!」
「ベビーカステラ!もう、ちょっと!九割は添加物ですよ!」
「さすがにそれは偏見……」
「最近生焼けの物も多いんですよね!」
「そういうタイプね。何だ、よく知ってるじゃないか」
「ビール!お日様の元で飲む冷たいビール!コレばっかりは何が入ってようと許します!ウメー!」
ちょっとぬるいが、それも良い。
「お前が幸せならそれで良いよ……」
「キュンと来た!」
「オツマミも買ってきた」
「ありがとうございます♥ナイスタイミング!先輩、良い奥さん貰えますよ」
私のことだが。
状況は味の一種だ。
普段ならぬるくて飲めるかと騒ぎ出すビールも、こんな屑肉を調味液に漬け込んで一口大にまとめた加工肉の唐揚げも、お日様と木立を通る風とで仕上げれば最高級な料理にも勝る……
「アアアアアアアアアアアッ!」
なんということを……
「駄目ですよ!こんな添加物まみれのものを食べちゃったらぁ!」
入場してから結構歩いたし、周りからはいい匂いしかしないし、先輩と飲むビールはいつだって最高なんだけど。
「どうして分かってくれないんです?先輩にはこんなジャンクなものではなくて、追跡可能で天然由来の安全な食材を使った食べ物だけを食べていてほしいのに……」
べつに奇行でもなんでもない。
このひとには何時までも健康でいてほしい。
私よりあとに死んで、私の愛を思い出してメソメソしてほしい。
「その天然由来の素材って言い方、危ないと思ってるんだよ、俺、昔から」
え、何?
「真っ先に思いつくのがさ、トリカブトなんだよな。天然由来の猛毒。ほら、危険だろ?」
懐かしげな展開。
私、言いくるめられて、シュンってなっちゃうやつ!
そうだこの人。変なところで変なこだわりを展開するんだった。
最近、私攻勢で忘れてた。
無難な着地点を探せ!
出だしの勢いはどうした!
「嫌ですわ先輩。あれはお砂糖のことですのよ?お砂糖が毒な訳ありませんわ」
ああ、確かに確かに。
河豚の毒も矢毒ガエルの毒もそうです、天然由来の危険なものですよぅ。
騙されて、先輩!穏便に終わらせて~!
お前、「
「なんか言葉遣いおかしいぞ?砂糖って言えば、アレも結構毒なんだってな」
どうして話を広げるの?お腹見せて降伏のポーズが必要なの?
先輩のエッチ!でも好き!
「他の毒みたいに即効性はないけど、ひどい中毒?依存症?の原因になるとか。確かにそうだと思ったよ。甘い物は俺でもやめられないからな」
もういいよ……そんな話。
「……ないよ」
あ~イライラする。
先輩のこの愚かな発想。
字面ばかりを追い、真実に気付かない。
私がどうしようもなく彼のことが好きだということで成り立っているこのお話も、もう終わりだ。
「そんなことあり得ないよ!」
私は今日一番楽しみにしていた屋台のクレープ屋さんを指差す。
その衝撃か、突風がテントを揺らす。
「……今朝路地栽培の畑から摘んできた苺。隣の牛舎で飼っている牛さんから頂いたミルクで作った生クリーム。オーガニックだ何だとわーわー言ってる小麦で作った生地。全国のレンゲ畑を回って集めた蜂蜜。目の前のプランターで育てたミント……私はいらないけど!そんな素敵素材で作ったクレープに、幾ら天然素材繋がりだからって、トリカブトを入れる奴なんて、いない!!いてたまるか!」
ステージのバンド演奏の合間、私の叫びが周囲に響く。
「トリカブトだけじゃない。河豚毒も蛙毒も、サルモネラ菌も。このクレープには入っていないんですよ……」
涙が止まらない。
大好きな先輩を全否定することにはなったけど、悔いはない。
「わかったから、ちょっと場所を変えよう、な?」
叫んだり泣き崩れたり、少し騒がしかったかもしれない。
「はい……」
先輩の温かい手がそっと私を立たせてくれる。
こんな破局の間際でも、先輩は優しい。
ああ、やっぱり好きだ。
なんでか、お店の人は凄い嫌そうな顔で私を睨んでたけど。
何故だ?
さっきの感動は?
「日頃から直さないとって思ってるんだけど、また調子に乗って無遠慮に語ってしまったよ、悪かった」
「うん」
「でもお前も、店先で毒だ毒だって連呼するなよな。サルモネラ菌はNGだろ」
だから睨んでたって?
そうよね。アレは口にしちゃいかんやつだった。
「……ごめんなさい」
会場を少し離れて、木陰のベンチ。
今度は本当に冷え冷えの苺酒を持ってきてくれた。
鮎の姿焼きなんかも買ってくれて、多少私の意図は伝わったかな?
でも組み合わせチョイスが酷いわ。
私が落ち着いたのを見計らって、先輩が話し出す。
「天然由来素材といえばさ、俺、結構気に入ってるのがあってさ」
ほらワンパターン。
ラブコメのラブはオチに使うものじゃないの。
今から先輩が落としに掛かりますよ~。
「先輩、私が倒れたら支えてくださいね」
私もチョロいのだけど。
「あ、わかる?まぁ、お前っていうオチなんだけど」
「そんなの知ってますよ」
「そうだろうけど……俺だって恥ずかしいんだけどさ」
締まらないなあ。まあ後退はしいていないから、それも良しとしておくけどね。
報われるばっかりが、恋では……
「……好きだよ」
「へ?」
耳元に不意打ち。
力が抜けて崩れそうになる私の身体を。
先輩はやっぱり優しく、でも少しきつく、抱きしめてくれたのだった。
天然由来の素材は… 大星雲進次郎 @SHINJIRO_G
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます