長い坂と夕焼けと君と

ミスターチェン(カクヨムの姿)

第1話「ネコとあくびと午後五時」

アスファルトが焼ける匂いの中で、駐車場の片隅にいたネコが、大きなあくびを

した。薄茶色の毛並みが夕方の光に照らされて、ゆらゆらと影を揺らしている。

 日比野ユイは、そのネコと同じくらいの気だるさを背負って、コンビニの袋を ぶら下げながら歩いていた。袋の中では、氷の入ったペットボトルが小さくカラカラと音を立てている。

 ユイは黒髪のセミロングで、前髪はぱっつん気味。白い肌に大きな瞳、どこか眠たげなその目元は、じっと見つめられると不思議とドキッとさせられる。

制服の上から羽織った紺のカーディガンは、彼女の少し内向的な性格をそのまま映しているようだった。

 小さな海沿いの町。海の香りが風に混じり、潮騒が微かに届くこの町では、季節の変わり目さえのんびりと進んでいく。

 何も変わらない穏やかな街並み。夏が始まって数日、誰もが「やっと来たね」と浮かれていたけれど、ユイの心は重たかった。

 ──それは、彼が帰ってきたからだ。

 椎名ソウタ。小学校のときに突然引っ越していった幼なじみで、

ユイの“初恋の人”何の前触れもなく、七年ぶりに町に戻ってきた。

ユイ「……まったく、なんでこのタイミングで帰ってくるかな」

 そう言いつつも、コンビニで彼の好きだったオレンジジュースを選んでしまった 自分が腹立たしい。

 その日の午後五時すぎ、町の坂の上にある神社で、二人は再会する。

 ソウタは背が高くなっていた。無造作に跳ねた黒髪、焼けた肌、

黒いTシャツにカーキの短パンという飾らない格好。笑うと少しだけ犬歯が覗く

癖も、昔のままだった。

ソウタ「よう、ユイ。変わってないな」

ユイ「……アンタは変わりすぎ」

 身長が伸びて、声も低くなって。けど、笑うと少しだけ残るあの子供っぽさが、懐かしくも胸を刺した。

ソウタ「そうだ、お前に見せたいものがある」

 彼がそう言った時、町全体が金色に染まり始めていた。

 その景色の先に続いていたのは、思い出の坂道だった。

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