第2話

「勧誘?」


部活動の勧誘、しかも顔を見ただけでするものなのだろうか。第一、わざわざ1年の西棟に乗り込んでまで勧誘とは、相当困った状況なのだろう。


「そうそう、勧誘!文芸部!君、まだ部活決まってないでしょ。部活に入ってないですよって顔に書いてあるよ?」


そんなことを顔に書いた覚えはないのだが、部活に入ろうと思っていたことは事実。もし運動部の勧誘であれば、(というかこんな貧相な身体をした私を運動部に勧誘するような生徒はいないと思うが)断るのだが、文芸部となると話は別だ。特に入りたいわけでもないし、私に出来ることがあるかどうかはわからないが、せっかく私に目をつけて誘ってくれたのだから、体験入部くらいはしても良いかもしれない。


「文芸部…。体験入部からでしたらいいですよ。顔に書いてある通り、入ろうと思ってた部活もありませんし。」


そう言うと、3年生はニコニコした顔をさらにかわいらしい笑顔にしてみせた。


私はこの3年生に半分心でも奪われてしまったような気分だった。それほどまでに、彼女は美しく引き込まれる何かを持っている。そんな彼女が文芸部の勧誘とは、少し違和感を感じる。私の偏見だろうか。


「それじゃさっそく、我々の部室にご案内いたしま〜す!」


くるりと私に背を向け、着いてこいと言わんばかりに先輩は廊下を歩いていく。上級生が西棟にいること自体珍しいのだろう、かなりの人の視線を集めている。しかし、彼女はそんなことは毛頭気にしていないようだ。


私は大人しく謎の先輩に着いていくことにした。



西棟4階の北階段を下り、北棟3階へ。先輩は茶道部を通り過ぎ、美術室の手前で立ち止まった。どうやら茶道部と美術室の間に挟まれたこの部屋が文芸部室なようだ。顔を上げると表札には文芸部と書かれているのが見える。北棟のちょうど中間あたりだろうか。


先輩はくるりと回り私の方に顔を向けると、元気よく腕を上げピンと指を伸ばした。そして、きれいな笑顔で一言。


「文芸部へようこそ!」


数秒の沈黙が続いた。私が何か言うべきターンだったか。呆気にとられていたら、彼女は何事もなかったかのように文芸部の扉をガラガラと開けた。


開かれた扉から見えた文芸部室の景色の中には、棚に陳列されたたくさんの本と、2名の文芸部員らしい生徒が座っているのが見えた。中央には長机が2つ合わせに置いてあり、その上には何やらたくさんの紙が散乱している。広さは普通の教室の半分程度の大きさで、隣の茶道部と合わせたら教室1つ分になりそうなくらいの大きさだ。下級生の棟に勧誘に来るほど部員数が少ない文芸部にはちょうど良い大きさだろう。


中で話をしている生徒が先輩の隙間から見える。青いネクタイとリボン。どうやら2人は2年生のようだ。2人は扉を開ける音に反応して先輩を見た後、私の存在に気づいたようだったが、あまり興味がないようだ。再び2人で話を始めた。これが次期新入部員への態度だろうか。まあ、私はまだ体験入部なのだが。


先輩の後を追うように文芸部室に入った。本がたくさん置いてあるせいか、図書室と似たような匂いがする。


「ほらほら2人共~!新入部員連れてきたんだから一旦話止めなさい?」


先輩はそう言って2人の間に入る。いやいや、私はまだ入部を決めたわけではなく…。


先輩の言葉を聞いた2人の視線が再び私に送られる。私が見た限りでは、2人はかなり切羽詰まっていて、睨むようにして私を見ているように伺える。これ、私お邪魔なんじゃないのか?


「ほら、挨拶挨拶!こっちの男子が海下ウミシタ ジュンくん。」


先輩は私の方を向き、右腕を男子の方にまっすぐ向けた。鋭い目つきでこちらを見ていた、メガネをかけた彼はもう私に興味はないようで、そっぽを向いていた。そうして、一言。


「…海下です。部長、こんな忙しい時期に新入部員なんて、相当余裕があるようで。」


そう言ってメガネをクイッと。なんだか、なんとも言えない歓迎だな。しかし、忙しい時期と言うなら、ピリピリしていてもしょうがないか。先輩は海下先輩の言葉を笑顔で聞き流した後、同じように左腕をまっすぐと伸ばした。


「そしてこちらが副部長の福田フクダ あかりちゃん!」


鋭い目つきでこちらを見ているのかと思ったが、よく見てみると、目の下にクマがある。どうやら睨んでいたわけではなく、単に寝不足なだけなようだ。というか、この部活は一体どれだけ忙しいんだ?前髪は長く猫背で、陰気な雰囲気を醸し出している。こう言ったらなんだが、一番文芸部にふさわしい部員のように見える。


「福田…です。ええと…副部長です。…もういいですか。見てても何も出ませんよ…。」


何かを期待して見ていたわけではなかったのだが、私の視線で少し怖がらせてしまったようだ。


「それと!ご挨拶が遅れたね。私は文芸部部長、小野オノ 三船ミフネ。よろしくね☆」


福田先輩の方に伸ばしていた腕を下ろし、最後は私に向けて渾身のピース。私を文芸部に勧誘した謎の3年生の名前がここに来てようやく明かされた。


小野先輩。改めて、文芸部にいることが不思議なほど明るくて外交的な人だ。海下先輩や福田先輩は露骨なまでに次期新入部員(仮)に対する歓迎の態度を断固として取らないあたり、文芸部に向いているタイプなんだろうと感じ取れるが、その点小野先輩は明らかに浮いている。


「部員は以上だよ。そんなわけで…」

『だから!!』


小野先輩の声を遮るように海下先輩は大声を出し、机を叩き勢いよく立ち上がった。思わず驚いて肩をすぼめてしまった。


「福田のプロットだとここで矛盾するんだよ。第一、前にも何回もここの話したよな?僕の記憶違いだって言い訳はさせないからな。読んでて矛盾があったら読者が置いていかれることくらいわかってもらわなきゃ困るんだけど?そもそも、このエンドだって全てを台無しにしてるし…。ああもう…。」


そう言って海下先輩は髪をくしゃくしゃと掻きむしった。


「そこの矛盾は…ごめん、気づかなかった。…でも、私のエンドに対して文句つけるなら言わせてもらうけど…その…。海下くんのだって、ちょっと厨二くさいんじゃない…の。」


福田先輩はあたりをキョロキョロとしながら、それでもしっかりと反論をした。私は一体何を見せられているのだろうか。もう行っていいか?海下先輩は福田先輩の反論が効いたようで、更に激しく髪を掻きむしった。


「もう!これだからなんにもわかってない奴は話が通じないんだ!」


海下先輩はそう言い捨て、私の横を勢いよく通り過ぎ部室を飛び出してしまった。文芸部、解散の危機?ひょっとして私のせいだったりしないだろうかと心配になるくらいには、部室に入る前と後の空気感が変わっている。


海下先輩が出ていった後、3人ぽっきりになった文芸部室の一瞬の静けさの後に小野先輩が沈黙を破った。


「そんなわけで文芸部、入部してくれるよね?」


先輩、そりゃ無いですよ。さすがに彼女の笑顔にかまけても無理がある。


「あはは…ちょっとお家で考えさせてください…。」


私も小野先輩の笑顔に応えるように、目一杯笑顔を作った。これで乗り切って、今日はとっとと帰ってしまおう。


「そんなこと言わないでさあ!ほら、なんでこうなったか説明すればわかってくれるよね?だから帰ろうとしないで!!」


回れ右をし部室を出ようとした私を必死に止める小野先輩。


さっきの喧嘩、説明をすればわかる事象なのだろうか?あまりそういうのに足を突っ込みたくないのだが。


…私の制服にすがりつく愛くるしい小野先輩の顔を見ていたら、話くらいは聞いてみようという気になった。小野先輩の押しに私は負けた。



出ていった海下先輩が座っていた椅子に座らされ、福田先輩と向かい合わせになる。ふと彼女のことを見ると、ぱっと目を逸らされた。小野先輩は畳んであった椅子を持ってきて、誕生日席に椅子を置き着席した。その行動一つをとっても、おしとやかさを欠かさない小野先輩。


さて一体、先程の喧嘩の理由として納得できるものがこれから説明されるのか、気になるところだ。


「さてと…。お見苦しいものを初手から見せてしまってごめんね、朝山ちゃん。2人とも悪気があったわけじゃないの。でしょ、福田ちゃん?」


福田先輩は俯いたまま不服そうにタジタジしている。悪気はなかったようだ。ややこしくなるから今はそういうことにしておこう。


「実は私たち文芸部は、10月の文化祭に向けて、あるプロジェクトを進行中なの。」


小野先輩は先程とは一転、真面目な顔になって、手を合わせそう言った。


「プロジェクト?」


まだ4月だぞ。10月にある文化祭に向けて既に準備をしているなんて、どれだけ大掛かりなプロジェクトなのだろうか。それとも、この学校ではそれが普通なのか?小野先輩は引き続き話を続ける。


「そう、プロジェクト。去年の文化祭終わりから始動し始めたプロジェクトで、私たち文芸部の集大成になる、予定!私たちの中では、プロジェクトネリネって呼んでるの。」


ネリネ。別名ダイヤモンドリリー。たしか、彼岸花の親戚だ。花言葉は華やか、幸せな思い出、とかだっただろうか。きれいなタイトルをつけるものだ。おそらく名前の発案者は小野先輩だろう。


「ネリネは、読者が読んで感じた感想によって結末が変化する読者参加型の物語なの。読者は物語の登場人物として、俯瞰しながら物語を読んでいくこととなる。そして、最終的なエンドは3つに分岐する。どう?おもしろそうでしょ?」


小野先輩は私の方に身を乗り出し、目を輝かせる。


「ノベルゲームのエンディング分岐のようなことを、文化祭でやろう、ということですか?」


「朝山ちゃん、勘が良いねー!要はそういうことね。ただ、私たちはゲームを作るなんて大層なこと出来ないから、文芸部らしく本を作ってやっていこう、となったの。大枠のまとめ役は私で、構成は福田ちゃんと海下くん。分岐は3つで、それぞれが担当することになってる。」


「その分岐が厨二くさいんですよ…。私はすべての分岐を完璧にしたいのに…。」


小野先輩の方を見て話を聞いていたら、左の方から文句の声が聞こえてくる。読んでみない以上、私からは何も言えないが、どうやら福田先輩は気に入ってないようだ。


「まあまあ、3パターン分岐は作るんだから、最後は自分の世界に入ったっていいじゃない、ね?」


小野先輩は福田先輩をなだめる。小野先輩は彼女の扱いに慣れていそうだ。というか、考えてみたら、人の考えた分岐に文句をつけるという行為は、彼女の引っ込み思案な性格から受け取られる直感に反する行為だ。察するに、彼女にもなんらかのこだわりがあるのだろう。


「というわけで、ネリネには部員全員本気だから、ちょっとやそっとぶつかる事だってあるじゃない?だから、さっきの喧嘩も大したことないから!ね!」

「は、はあ。」

「普段から怒ってるわけじゃないからねっ!」


小野先輩に念を押される。思っていたことが思わず顔に出てしまったか。


「それじゃあ、失礼しました。」

「明日からよろしくねー!」


部室を出る私にかわいい笑顔で手を振る小野先輩。その様子を見ながら、私は丁寧に扉を閉めた。明日からよろしくって、私は入部するなんて言っていないのだが…。


放課後の文芸部室前、オレンジ色の夕日が校舎と私を照らしていた。



帰りの電車の中。文芸部について整理をする。


明るく美人で、なぜか私を文芸部に誘った小野先輩、怒って飛び出して行った海下先輩、引っ込み思案だけど芯はある福田先輩。なんとなく似た者同士の3人が集まっているようにも思える。ただ一つの疑問は、どうして小野先輩は私を文芸部に誘ったのかということ。


電車を下り、自宅への道を歩く。道中のコンビニで夜ご飯を買った。今日はサラダとプロテインバー。


誘った理由を考えるとすると、一番理にかなうのはネリネへの人員確保だ。聞いた限り、大きなプロジェクトであるため、私をお手伝いとして入れたい、というものだ。小野先輩が私を選んだ理由はおそらく適当、気が弱そうな見た目の私をちょうど良いと思って勧誘したのだろう。うむ、これで辻褄が合うな。


家に到着し、制服を脱ぎシャワーを浴びる。


小野先輩は私に文芸部に入ってほしいようだ。普通の人だったら、いきなりあんな喧嘩を見せられて入部しようとは思わないだろうが、私は何かしらの部活に入ろうと思っていたことは事実だ。正直、部活の多いあの高校で様々な部活に体験入部するのは骨が折れるし、もしかしたらこれこそが良い縁、というものなのかもしれない。小野先輩の笑顔はそう思わせるだけの力があるように感じる。


ともかく明日もう一度だけ、文芸部室に行ってみようと思う。それで入部するかどうかは決めよう。なに、急ぐことはないさ。

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