第33話 ハイクラスの強魔獣

 石の虎は尾を千切り、蜥蜴が危機を脱するようにレイの一撃をまたしても寸前で躱した。


「ッ、素早い!! ────あ、ミオ・アコットン職員さーーん!? もしかして、気を利かせて来てくれたんですねーー!!」


 石虎を仕留め損ねたレイは、先ほど矢継ぎ早に放った三本の矢で援護射撃をしてくれたミオ職員に、いま返事をした。


「もしと言われれば、その通りなんだけど! ベオ・ギルト職員並みに気を利かせてついて来たまでは、いいものの……。あなたが向かっていったあの魔獣、もしかしなくても【ストーンイェルガー】よ!」


「ストーンいぇるがー?? それは、一体……?」


 レイたちの元に隙を見て駆け寄って来たミオ職員は、レイたちが相手をしていた魔獣のことを知っているように話し出した。


「ストーンイェルガー、その魔獣一体にミラー協会が課している脅威度はH級……つまりハイクラス以上の強魔獣に区分される! ミオ・アコットン博識職員さんがコンソールの記録映像でもほんのちょびっとしか見たことがない、存在まことしやかなヤツよ! なんたって兎の憩い場ラビの森にいるのかは知らないけどね!」


 ミオ職員はつづけて、その石の魔獣【ストーンイェルガー】なるものの脅威度を周りの者に聞かせるように詳らかに語る。


「H級、ハイクラスの強魔獣……? ストーンイェルガー、──弱点は?」


「石の隙間に矢は偶然通ったけど! 他に何か!」


「空いていた口に魔光弾をお見舞いしましたが、狸寝入りからの先ほどの石の雨を決められました!」


「素早い動きに、狡猾な動きに、仕留める動き。纏う重量も自在に変化・ビルドできるみたいですわ! アレにのしかかられると……さらに厄介と思いまして!」


「つまり、ここに偶然集った麗しの三人の見識を博識職員の頭にまとめると……この魔獣は石頭じゃなくて狸でもなくて、変幻自在かつタフでクソ厄介ってことね!! おまけになんか霧がかってきてる!」


 染まる森の霧の中に身をひそめた魔獣ストーンイェルガー。ミオ職員が属するミラー協会が危険視するそのハイクラスの強魔獣は、ただ倒すだけでもきっと厄介。さらにこの突如、暗雲のように漂いだした霧中の森のステージで、武器を構える三人の自分の身の世話だけではなく、子守をしながら戦わなければならないのだ。


 弓師のミオは視界不良の霧を嫌い、されども矢を弓に番える。よく目を凝らし耳を立てる。霧中に蠢く素早い影と気配を見逃さず、あちこちを這う足音を聞き逃さずに追う。


 レイは近距離、中距離、遠距離戦ともにできないことはない白杖を集中し構え、ミラーウェポンを持つ女性三人の内の先頭に立つ。


 そして、後ろで破損の目立つ大盾を構えミックとチュミの子守役を率先するアマリアは、その表情を強張らせる。


(ムーンソードが、パレットシールドが破損していなければすぐにでも〝彼女〟と前で肩を並べて、戦えるというのに……。あの背、あの髪、あの声! きっとそうに違いないのに……いえ、いけませんわアマリア。今は集中…ヲ──!?)


 白いミラーウェポンを操る白と黒の髪、その勇ましき彼女の背をアマリアはつい熱入る視線で見つめてしまっていた。今もなお、なかなか姿を現さないとはいえ、凶悪な魔獣との戦闘の最中であるというのに、そんなことを自ずとしていたのだ。


 アマリアは己の首を横に幾度か、何かを振り払うように振った。


 前で戦えないもどかしさに己が無駄に思考を巡らせていたことを悟り、アマリアが欠きかけていた集中をもう一度高めようとしていた、その時──


 森の奥、霧の中から突如噴き出した激しい水流が宙を一直線に伸び、アマリアのことを襲った。


 あまりに突飛のない激水流が何故、霧を裂いていきなり吹いてきたのか。そんなことを考える暇もない。反応したアマリアは、大盾で避けず水の流れを防ごうとするが、その流れは太く激しく荒々しくとめどなくアマリアのことを襲い続ける。


 とてつもない水圧に、構えた盾を上へと剥がされないように踏ん張るアマリアはそれでも水砲の流れに押し込まれていく。


「さすがに……イキナリッ、ふざけていいとは言って──ナイっての!!」


 アマリアがやられているのを一瞬振り返り見たミオ職員は、ふざけた派手な水砲をこれ以上やたらに放ちつづけることを許さない。


 今、弦にかけ待機させていた矢を弓から放ち、視界が他よりクリアになっていた風の吹いてきた道に走らせる。凝らした慧眼に標的の魔獣のシルエットを一瞬一秒でも捉えたならば、そこが彼女の得意とする射程距離。


 ミオ・アコットンは迷いなくその仕返しの矢を放った────。

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