第32話 眠らせた布石

 礫を吐いていた口をその後頭部までを、レイの放った一筋の魔光弾により見事に撃ち抜かれた石虎が、やがてどすりと音を立て地に倒れる。


 狙い澄ました一弾の手応えは上々だ。後ろのことも気になるがまずは目の前の状況を完全にクリアすべく。今ので致命傷にいたり魔獣を倒せたのか、レイは確認と破鏡の回収作業をしようと、地にへばる石虎の元へと一歩一歩近付いて行く。


 地にボロボロに散る石粒に、だらりと踏ん張る力もない様子の四脚。横倒れの石色の獣は、完全に沈黙している。まるで動かぬ、ただの壊れた虎の石像のようだ。


 倒れる石の魔獣のことを念入りに観察し終え、レイが構えていた白杖の警戒を緩めた、次の瞬間──


 伏していた石の瞼を開きあらわれたトパーズの活きた眼が、近づいた白黒髪の者を睨みつけた。


 号令をかけたかのように、地に落ち転がっていた何の変哲もなく見えた石の数々は、レイを目掛けて一斉に飛びかかった。


「虎が狸寝入りを!?」


 石の雨が襲い掛かる。目を閉じ死んだふりをしていたのも、演出していた地に転がる石のセットも、人を欺き騙し討ちをするための布石だった。


 レイは石虎の魔獣がすばやく見せた魔獣らしからぬ戦略に驚くが、心の準備ができていなかったわけではなかった。レイは握る白杖の構えを解いてみせたが、それは実はこれ見よがし、レイの演じた行動であり。寝転がる魔獣に対する警戒心を最後まで完全に解いていたわけではなかったのだ。


 レイはプロトロッドをさっきの戦闘でも見せたように手に回転させ、同じ要領で、襲う石の雨を防いだ。杖を流す魔力と共に回転させ、小規模の魔光シールドを発生させ身を守りながら、レイは同時に後ろへとステップし飛びのいた。


 だが石の雨の中をものともせず駆ける虎は、自分の身を削り、かつ石のパーツを走りながらはめ込み修復していく。横殴りの雨、嵐のように激しい石粒の弾幕を展開しながら、駆ける石虎は、レイの首筋を目掛けて飛び付いた。


 息を止めんばかりの勢いで、密かに研いでいた石牙を剥きだしに飛び付いた石虎の魔獣は────不意にはしった鋭い風音と共に、バランスを左に大きく崩した。


 前のめりの殺気と獣の本能を漂わせ、宙に浮いていた虎の右腹に刺さらんとしたのは、三本の矢。虎の胴体を組織する石と石のちいさな隙間を穿ち、一本だけ深くめり込んでいた。


「そこのC級魔獣狩り!! ミオ・アコットン慧眼職員さんを、お忘れよ!! ──ヤレ!!」


 またも参戦したのは誰か。見晴らしの良い木に登り、名乗り上げたのはグレーの制服を纏うミラー協会の女性職員。レイのことをこっそり追いかけていたミオ・アコットンが荒れ模様の森にその声を張り上げた。


「アタレそこッ!! まだッ──ヤァッ!!」


 耳に今聞こえた聞きなれた声の在処よりも、レイは今生じたその隙を逃さず。回転させていた勢いと、防御と同時に循環させ練り上げていた魔力をいざ借りて、プロトロッドを前方へと鋭く突いた。


 鋭く突いた杖の勢いそのままに、魔光弾が石突部から発射された。しかし石虎は身をばらけさせて、一回り小さくなりレイの狙い澄ました一発の計算を狂わせ、上手く躱す。


 それでも放った鋭き閃光が石虎の懐をじわりと焼いた。


 しかしレイの攻撃はまだ終わらない。好機はまたすぐに巡ってくるのを彼女は知っている。やがて、地に落ちるように降りた石の魔獣に向かい、前に出て肉薄したレイは白杖を叩きつけた。


 思いっきり地に叩きつけた一撃は、逃げる虎の尾を砕き千切った。

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