第29話 ムーンソードギミック

 空撃ちし回るガトリングの砲口、その熱しすぎた威力の名残、白い吐息はとめどなく虚空に垂れ、動力にしていた破鏡の飾りの幾つかはひび割れた。


「オーバーヒート、残弾ゼロ、これ以上のフォトンパワーは破鏡の破損により魔力変換不可。なら──ここから、さらにベストを尽くすしかなさそうね」


 勝利の余韻など束の間だった。薙ぎ倒された森の奥から現れたのは、大きな大きなシルエット。雄々しく育った立派な破鏡の角を煌めかせ、怪しい光を尖らせ陰を祓い来たるもの。


 熊よりも大きい兎など、存在し得ない世界ではない。赤い眼を光らせ現れた巨大魔獣【ビッグアルミラージ】に、白煙荒れる壊れかけの盾を地に立て置いた伯爵令嬢、アマリア・ベルショの為す術は──


「パパ、ごめんなさい! 【ムーンソードギミック】を使うわ! これが冒険だというのなら、こんなときだからこそ見ていてください! ベルショ家の名にかけて! そして──!!」


 パレットシールドの縁から突き出したレバーをボタンを押しながら強く引いていく。そしてレバーを横に倒すようにスライドさせると、それが柄になり曲刀になる。


 大盾から現れたのは、輝く剣のギミック。内蔵され秘されていたその歪に曲がった刃を、アマリア・ベルショは前へと構えた。


 そしてまるで大鎌で草を刈るように、寄って来た小兎の尖兵を蹴散らす。


 一撫でで薄いガラスが割れたような破裂音を立てて散りゆく魔獣たち、そのムーンソードの威力は疑う余地はない。


 やがて駆けてきたのは巨大な兎、大きいながらも俊敏性は落ちていない。そして跳躍し頭部に生えた長い角を叩きつけるように、煌めく刃へと浴びせた。


 誇示するかのようにビッグアルミラージは角を叩きつけ、輝いて見えた人間の持つ刃に合わせる。ビッグアルミラージそうやって、数多の角を合わせて砕き研ぎ澄まし、力をここまで得てきたのだ。


 巨大な兎とのチャンバラに、アマリアは慣れぬ秘策のムーンソードで対応する。だがビッグアルミラージの重量、勢いに圧されていく。アマリアの受けた姿勢、バランス、曲がった刃に込める魔力は定まらず。


 苦戦をしながらも集中し、合わせた角と刃の三合目──


 アマリアの集中する視界端に「チカッ」と光が差し込んだ。茶緑の毛の巨大魔獣の横腹に刺さった三筋の光。


 ビッグアルミラージの長角と苦しい鍔迫り合いを演じていたアマリアは、そのよろめきを見逃さない。ぐらついた角を、足を踏ん張り一気に下から押し返す。ここぞのタイミングで、曲刀に込めた膂力・魔力・底力が、叩きつけていたビッグアルミラージの長角を弾き、その首を強制的に天を仰がせる。


 天を仰いで、そのまま巨体は体勢を崩す。まん丸の尻尾で虚空を掻き混ぜようとも意味がない。ビッグアルミラージは後ろにそのまま倒れた。


 合わせた刃の鍔迫り合いを制し、敵が腹を見せたならば、それはビッグアルミラージにとって致命的──つまり彼女に訪れた千載一遇の〝ベストタイミング〟。


 金毛を揺らし、宙へと飛び出した────。


 緑木陰の天に浮かぶは、荒ぶる金色の髪と、青く冴えた三日月の魔力・鋭さで────


「一刀一殺! これがワタクシのベストミラーぁぁ!!!」


 可愛らしい白い毛の模様を倒れた腹に見せたならば、それが急所と信じて飛び込む。


 舞い降りた刃は、滾らせた魔力をぶち込んだ。曲刀の切れ味が、大兎の腹に食い込んで、あまりの威力に兎の耳はピンといきり立つ。眉間のご自慢の長角をも崩壊していく、必死の形相を今変貌させ、勝ち誇る笑みを見せたのは────


 欠けたその刃を天に掲げた。乱れに乱れた金毛はととのえない。巨大なターゲットをその手その剣で沈めてみせたアマリア・ベルショは高揚する。興奮しては荒く流す吐息に、今は何も言えなくて──。ムーンソードを選び手にした冒険の末、ただただ勝利を手繰り寄せたアマリア・ベルショは笑っていた。

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