第27話 ホワイトウィルトに報されて

 白藤の花畑の中、笑い合っていたその声もしだい落ち着き、二人の女子はなおも野に寝転がりながら他愛のない話をする。


「森にはこうして魔獣がなかなか寄りつかない場所があるのを知ってる?」


「ええ、わたしは逆さ藤と呼んでいます」


「逆さフジ?」


「はい、父にもちょうどそのように、ふふっ問い返されました」


「知らない親子の鉄板ネタなのね……(逆さでもフジでもなくて、これは枯れやすくて珍しいホワイトウィルトの花なんだけど、地域によって違うのかしら……いや、やっぱり、独特なのかもしれない……レイ・ミラージュ。ふわふわで不思議な子をC級に上げて大丈夫だったかしら? なんてね)」


 そうして、仄かに甘い匂いが鼻腔に馴染み安らぎをくれる、珍しい白の景色の中で、レイとミオがまた微笑み合い和んでいると──


 レイがなんの気なしにぼーっと見上げていた天が、一瞬「チカッ」と光った。一本の閃光が伸びては消えたのを、レイは微かにその目に捉えたような気がした。


「アレは? 魔光弾!? 見えましたか、今の!」


「ちらっと見えはしたけど……あ、ひょっとすると緊急時の救援信号代わりかもしれないわ? あの感じだと、ここからじゃ遠すぎる気もするけど」


 レイは驚いたように素早く起き上がりそう問い、釣られて起き上がったミオも「見えはした」と答え、やんわり頷いた。


「なら、なるべく急いだ方がきっといい気がします!」


 今与えた情報を鵜呑みにしたレイは、傍に置いていた白杖をそそくさと手に取って、もう急いだ様子だ。


「ちょっと! そんなに慌てなくても、まだそうとは分からないわ。それにここまで見えたアレが魔光弾なら、なかなかの腕利きのはずよ。比較的穏やかなラビの森に、魔光弾のムダ撃ちを選ぶような凶悪な魔獣の出現例は滅多に──」


「普段穏やかだとしてもこの森は随分広いです! それに私は意思を持ち踊るクリスタルの木や、森を背負うほどの巨大な亀を慣れ親しんだジラルドの森でつい最近見ました! ミオ・アコットンさんは逆さ藤で待っていてください! 戻らなければ念の為協会に応援をーー!! 私は少しアッチの様子を見て来ます!!」


 ミオ・アコットン職員の説いた状況分析と制止を聞かず、レイ・ミラージュは自分の出身ジラルド公国にあるウッドフットの森でつい最近見てきた事件の例を上げた。


 まるでスケール違いの話を勢いよく述べたレイはそのまま勢い付き、光の狼煙がチカッと一瞬上がった方、鬱蒼の森の景色の中へと駆けていった。振り返りながらミオ・アコットン職員に、もしものときの指示を伝え残して。


「あ、ちょっとレイ・ミラージュ!! ……意思を持つクリスタルの木? 森を背負う巨大な亀? ……最悪想定の念の為の応援のために? ミオ・アコットンさんを待機させてって……それじゃまるでこっちが怠慢で、そっちがやり手の職員みたいじゃないの??」


 あっという間に、白黒髪の背と風にはためくワインレッドのケープ姿はミオの視界から消えてゆく。


 独り残されてしまったミオ職員は、レイのスケールを膨らませた言葉を立ち止まり考え反芻しながらも、まだどこか納得がいかない。


 だが、急に吹いてきた一陣の風が、立つミオの体と周りに咲き誇っていた白い花の野を撫でていくと──


「あれ──なにこれ!? ホワイトウィルトの花が、一斉に……。はぁ……ま、一応……ついてくだけついてこう。どこぞの職員がC級に上げたばかりでそれで調子に乗ってるのかもしれないし。いきなり何かあって、ベオ・ギルト怠慢職員にどやされることになるのも──イヤだしねぇ! それにあの子の予感って、2000シモンきっかりの下手な格安占いより当たりそうじゃない! こぉーんなのっ!!」


 レイの言う逆さ藤、ミオの言うホワイトウィルトの花が吹き及んだ強い風に、一斉にしおれていく。


 花占いなら、この状況材料で動かない奴はきっと怠慢か鈍感職員。ミオ・アコットン職員は、レイ・ミラージュC級魔獣狩りのことを責任を持ってその後を追うことにした。


 白く聳り立つ白い花が、元気なくおじぎしながら、やがて地に墜ちる。枯れ果てていくホワイトウィルトの野を蹴り、ミオは矢を束ね、立ちあがった鳥肌を抑えながら森の奥へと向かった────。

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