第22話 エスティマ道中
「旅は道連れ世は情け」そんな格言じみた言葉を日本人、柳玲としての記憶を持つレイ・ミラージュは聞いたことがある。
荒野を西へと行く最中、レイがそこで偶然遭遇したトラブルの内容は、ミラーボードの故障。といっても自分の乗っているものではなく、荒野の中でひとり、試運転を繰り返していた男の所有するミラーボードの方であった。
男は乗ったミラーボードのハンドルを握り、自身の魔力を伝い流し、板をホバリングさせる。魔力を得て稼働したミラーボードは砂煙を撒き上げていく、だが、やがてその宙に浮かんでいた板は、足を置いていた男の身ごと地に落ちた。
「【魔力抜け】ですかーー?」
「痛っ──あぁ! ちょっと今日はご機嫌斜め、ボードの方も斜めに傾いたみたいでなぁ! 【魔力抜け】で、走るともなるときつそうだ。悪いけど今ラーミラさんがよこしてくれたソイツで牽引してくれると非常に助かる! って願ってもない話なんだが?」
男は地に仰向けに寝そべりながらも、そのまま首を倒し、声の聞こえた後ろを覗く。天地逆さに映る景色に、機嫌の良さそうなミラーボードで走り向かって来ている白黒髪の女に、そう男は大声で返した。
男の準備の良いしゃべり方に少しばかり不審に思いながらも、レイはその男の願いを快く聞き入れることにした。
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荒野をロープで牽引しながら飛ばしていく。ロープで繋がった二台のミラーボード、スピードを上げ走行するのは前の健在の板に乗るレイ。後ろの故障中の板は男が乗り、レイのミラーボードに勢いよく引っ張ってもらっているので、魔力抜けを起こしていてもボードの姿勢制御だけに集中すれば男が乗りこなせないことはなかった。
「おたくさん、ベストミラー社製のより良いのに乗ってんなぁー! こっちは勤め先に支給されたボードだが、そろそろ乗り換えを検討の時期か?」
「あはは、ありがたいですけどおやめくださいーーあははは!! ベストミラー社製の物も、ずいぶん優れていると父は良く褒めるように言っています。なのでっ、すごいとすればこのミラーボードがすごいだけなので、褒めるならそちらをお褒めに! あははは!!」
安定したスピードに乗り、ホバリングする後ろのボードの姿勢もレイのボードに引っ張られて安定する。
そんな風を切り荒野を共に進む道中、後ろの男はレイのミラーボードの品質を褒めるが、レイは笑いながらもベストミラー社製の商品を気遣い、無闇に扱き下ろすことはせず。ただ純粋に自分の乗るミラーボードを褒めて欲しいとかるく訂正を求めた。
しかし、上機嫌で、そんなあふれる笑みで風を切る。自分の乗るミラーボードを褒められてここまで上機嫌になる女はマジックミラー商会の子爵令嬢レイ・ミラージュぐらいだろう。
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「しかしこのジラルドとエスティマの国境一帯はずっと荒野だな。あやふやな未開地と言ったところか」
「そうですね?」
道中の他愛のない話は、今レイたちのいるジラルド公国とエスティマ国の国境付近、この今ミラーボードを走らせる地、広大な荒野の有様についてまで及んだ。
名乗った男の名は「ベオ」。レイよりも二、三歳年上の男性といったところか。灰色の制服らしき装いで、髪色は一般的な白の短髪。特徴があるとすれば話し相手としてはなかなか口が回り、性格が明朗なところだろうか。
だがそれよりもレイが目をつけたのは、彼がその背に携帯しているミラーウェポン、一振りの斧であった。といっても魔獣の出る荒野では武装していない方が、ガライヤの世ではおかしい者とも言える。
レイがそんなことを気にしながらも、偶然一緒だった目的地であるエスティマ国に着くまで、ベオとの雑談は続いた。
「それもこれも魔獣。いや破鏡の仕業か」
「たしかに破鏡は、除去しないと環境をこのように染めてしまうこともあると聞きます」
レイも知っている。このような殺風景な荒野の未開地が、この世界ガライヤで拝むことになるのは珍しくもないことを。
破鏡の種類によってはその滲み出る魔力で環境を一色に染め上げ、それまであった豊かな自然を破壊することもある。ゆえにこの世には落ちている厄介な破鏡を、その土地から取り除くような仕事もあるのだ。
「だな。──ところで、魔獣が好き勝手に跋扈する世と、人の戦争ばかりの世。いったいどっちがガライヤにとって良かったんだろうな。おたくさんはどっちだと思う?」
ベオは突然そんなことを聞いてきた。今ゆく荒野の有様から関連付けて、他愛のないとは決して言えない、二者択一の重めのテーマを突きつけてきた。
レイは突きつけられたテーマに、何故かこの数刻前の幌馬車でのことを連想して思い出す。
そして──
「それは……まずは、アレを片付けてから考えてみましょうか!」
ミラーボードのスピードを落とし、一旦停車する。レイの遠目に点在する岩陰から、潜んでいた飢えた息遣いとその獣の尻尾が、姿を見せる。
魔獣、ハイエナの魔獣の群れだ。岩陰で待ち伏せをしていたのだろう。
レイはそんな魔獣どもの気配を遠くから看破した。そして、既に手に取った白杖のミラーウェポンで待ち伏せる群れを指し示し、後ろのベオへと物騒な提案をする。
「ははっ。いいねぇ。エスティマに着く前に、ちょっくらディナー代、稼がせてもらいますかね!」
ベオはそう言い、浮かべていたミラーボードから降りた。首をぐるりと一周回し揉みほぐしながら、背負っていた斧を今、両手にしっかりと構える。
問答に対する気の利いた解答よりも、今は目先の魔獣を倒すことに集中する。
魔力の使い方には二種類ある。ミラーツール、ミラーボードなどを持続制御し起動するための生活に便利な魔力の使い方。
そして、もうひとつは──
子爵令嬢レイ・ミラージュとミラー協会職員ベオ・ギルトは、その肩を真横に並べて頷いた。やがて各々の武装するミラーウェポンに、いざ目に捉えた敵を討つべく、滾るその熱き魔力を練り上げた────。
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