第21話 冒険の始まりは、別れから
ミラーツールの手鏡から出てきてレイを手伝った青蛸のブルーパスは、壺に入れていた〝だだんごのみたらしがけ〟をその触腕で皆に一串ずつ配り終えた。そして持て余した暇に、活発にはしゃぐ幼女の遊び相手をしているようだ。
馬車が西の目的地に着くまでの間、レイは荷台に乗り合わせた皆と言葉を交わした。
行商人のナッシュは西にある色んな街の名産や特色に気候、さらにレイのよくする親指を立てるジェスチャーがとある地域ではいい意味を持たないことも教えてくれた。まさに旅の先輩のようであった。
あふれる冒険のことを教えてくれたお礼か、トムは語らずにいた自分の故郷のことを一つ語ってくれた。
トムが言うには、彼の出身地であるラカーゼの高地は、今は違うが昔は「裏風」と言われた名のある傭兵集団が居つき暮らしていたらしく。そんな御伽噺なるものを族長の爺に聞かされたという。あふれる冒険ほど壮大なものではないが、トムの原動力の一つなのだという。
やがてレイたちを乗せた幌馬車は西の町【ウル】へと辿り着いた。道中でそれ以上の魔獣に襲われることはなく、馬車の揺れの方もサスペンションが効いていたのか、気にならなく快適な旅そのものであった。
人や馬の行き来が激しく、活気のあるまだ昼の停留所で、レイたちは詰められていた幌馬車の荷台から降りた。
といってもすぐにさよならと一言だけでは別れず、レイはすっかり打ち解けた乗客の内の一部の者たちから、餞別の品をいただけることになった。
「矢の雨や魔獣の鋭い攻撃だって避けれるようになるお守りだぜ。ん、──やるよ」
トム少年からは【風のミサンガ】。両の二の腕に着けていた片方のミサンガをレイは譲ってもらえることになった。
「こっちは商人らしくさっきのヤツと物々交換だな。荷馬車で話したように国によって出てくる料理もちがうからな、行く先々で苦労するだろうよ。しかし、どんな不味いものもそれをかけりゃマシになる。じゃ、お互い商人なら遠からずまたどこかの町で会えるかもな」
ナッシュからは【オリジナル万能スパイス】。商人同士ということで、先ほどレイから貰った【だだんごのみたらしがけのレシピ】と交換という形にしてくれた。
「ありがとう、トム、ナッシュ!!」
思いもよらぬサプライズの品を受け取ったレイは、その嬉しそうな表情を隠せず、素直にトムとナッシュ男たち二人に礼を言った。
そして、おもむろにレイの元へと歩み寄る影が一人。白い修道服姿のシスターからは──
「レイ・ミラージュ────。私が天のラーミラ神に祈りおぼろげに見た、あなたの道は途方もなく、とこしえの枝葉のように分かれ、きっとそのどちらを歩もうと幾多の波や風にさらされ、困難を極めます。旅の途中……ときに辛い思いもするでしょう、ときに正しさを見失い、迷い、あなた自身の心にも受け入れきれない混沌と葛藤を生むこともあるでしょう。……ですが、あなたの進むその道に、最後には、多大なる幸と栄える華があらんことを願っています。ラーミラのご加護を──」
「シスター……」
レイが今シスターから受け取ったその特別な餞別は、知らぬ胸の内の深くを打たれるような、レイにとって価値など付けることのできない、とても良いものであった。
荷台ではあの口論以来あまり話せずにいたが、最後の別れ際には、まさかのお言葉をいただけた。シスターは荒野を走る馬車内で、これから進むべきレイの道なるものをずっと真剣に、天のラーミラ神に祈りを捧げ、うかがっていたようだ。
さらに、餞別は言葉だけではなく。トムとナッシュから貰った物と、幼女のルミから貰ったいっしょに折った鶴の折り紙で、両手が塞がっていたレイは今──。
「そのあふれる冒険にそれも連れて行ってあげてください。きっとあなたのことを導いてくれるはずです」
「これは……? いいの……ですか?」
目と鼻の先の至近まで歩み寄ったシスターから、祝いの花の輪を首元にかけるように今レイがいただいたのは──銀のペンダント。シスターがずっと自分の首元にかけていたものだった。
そんな肌身離さずに大切そうにしていた物を自分が受け取っていいのか、レイは驚き戸惑ったような様子で、シスターにうかがった。
「私はただのシスター。ラーミラ教のシスター。信心深く天に祈ることしかできません。しかしあなたならば、もっと広い世を見て回れるそのように思いました」
「なるほど……? ──うん、ありがとう。シスター」
シスターはその大切なペンダントを自分よりも、冒険心にあふれるレイに持って行ってほしいみたいだ。
そんなどこかさっぱりとした表情、印象に変わったシスターの青い目を見つめながら。レイは手のひらの上においていたその銀色の輝きを、しっかりと包み握り、目の前にシスターに礼を言い微笑んだ。
レイは他にも「ビギナーズラック」だと言い手渡された護衛の報酬を、幌馬車の御者の男からサプライズで貰った。桶の冷たい水を飲んでいたお疲れの二頭の馬にも別れを告げて──。
レイ・ミラージュは西の町で幌馬車で乗り合わせた彼らと、名残惜しくも別れた。小さな荷台の中であったが、そこでもレイの知らない色んなことを学び、色んな話をした。
冒険はまだ始まったばかりだ。遠くなってもまだ手を振りつづけレイのことを送別する停留所に並び立つ彼らに、レイもミラーボードに乗りながら元気に大きく、その手を振り返した。
やがて、正面に向き直る。自分の目指すべき場所を、さらなる先を目指して。ミラーボードを飛ばしていく。
白と黒の髪がどこまでも果てへと靡いていく。そんな彼女の姿が、もう停留所の彼らからは見えない、遠く、遠くなっていく。
子爵令嬢レイ・ミラージュは西の町ウルの停留所から、さらに西の国エスティマへと向かった────いつまでもそのあふれる笑みを、心地よい風と広大な荒野の道に浮かべながら────。
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