第20話 ナッシュとトムと

「ってお前、言ってること途中から微妙にわかんねぇんだけど……たいへい? ぼ、冒険? あとビンタや鳩にどうやって味付けんだよ?? 同じじゃなくね?」


 トム少年は誰かがした拍手につられて自分も拍手をしながらも、やがて、彼は怪訝な目に変わり、堂々と立っているレイのことを見上げた。


 そして、トムも自分の頭でよくよく考えたものの、勢い任せなだけにも聞こえたレイの感情あふれる語りを、最終的に「微妙にわかんねぇ」と評した。青いベレー帽を被るその首を傾げて、両手をパーの形に広げてそうアピールする。


「なに、あのマジックミラー商会の娘……!? まるで、情報がケチャップのようだな……待ってくれ、ドバっと来たのを今なるたけ整理してみるぞぉ?」


 行商人ナッシュはその中立気味の立場から、また話をまとめようとする。急に明確に明かされたレイの予想外の素性に、大変驚いたようだ。


「あふれる……冒険」


 シスターは幌馬車の荷台から外の陽光へと飛び立った鳩へと、伸ばしていたその手をおもむろに戻す。そして白杖を地に突き、白と黒の髪をしたレイの立ち姿へと目を向けた。胸元にあった銀のペンダントをなぜか握りしめながら──。


「あふりぇりゅぼけぇーーん!!! あははは」


 幼女はその言葉がお気に召したようだ。荷台の上を走り飛び跳ねはしゃぎ回り、やがて保護者役であった眼鏡の女に危ないからと捕まえられた。


「あははは……は。ということで!」


 勢い任せに言葉にしてみせたものの、ジラルドを旅立ったばかりのレイ自身にもまだまだミラーウェポンやラーミラ教、ガライヤの世についての答えは当然見つからず。


 結局これまでの皆の口論の内容を真剣に参考し熟慮するも、彼女の信条であり口癖でもある「あふれる冒険」という着地点へと辿り着いた。

 大見得を切って全てを出し切り。語る熱のすっかり引いてしまったレイは、皆の反応や突き刺さる注目の視線に、苦笑いを浮かべながら。最後に左の親指をあやふやにサムズアップし、照れくさそうに誤魔化した。





「まさか乗り合わせていたのが、最近躍進中のマジックミラー商会のご令嬢さんとは、ははは。──改めて、行商人をやっているナッシュだ。あのマジックミラー商会さんのものなら、ここにあるミラーボードの品質にも納得だ」


「ええ、それはお褒めに預かりどうも。改めて、マジックミラー商会のレイ・ミラージュです。──あ、ところで、行商人というのは何をお売りに? やはりここにあるようなスパイスの数々を?」


 レイとナッシュは、改まってのご挨拶をした。つい先ほどレイの出自が明かされたが、ナッシュも彼女の属するマジックミラー商会のことを噂によく知っていたようだ。


 軽いご挨拶を済ませてさっそく、レイは、ナッシュの行商とはどういった物を取り扱っているのか気になった。やはりレイも父ベル・ミラージュに習う商人の端くれでもあるので、そういうところは一度気になってしまうと見逃せないのだ。


 まだ独特の香りがただよい残るこの荷馬車で、レイはナッシュがスパイスの数々をメインに取り扱っていると予想した。


「あぁ、主に売れているのはそうだな。世界各国からかき集めてきたスパイスや、ついでにこういった奇妙なお面だったり、焼き物の皿だったりな。といってもミラーツールや、ボード、ウェポンに興味がないわけじゃないさ。だが、いつの世も新規参入するのは大変だ。自分一人の力では今はこれが限度だと思い知ってね。そうそう今日はちょっと思わぬ大損の目にあったが! この変わった一串をいただけて、だいぶ救われたといったところかな」


 ナッシュは積んでいた荷から日除けの布をどかす。そして自慢の商品を続々取り出し、レイへと見せた。


 ハイエナの魔獣に襲われて本来積んでいた商品を何点か失ってしまったが、先ほどレイからいただいた一串、〝だだんごのみたらしがけ〟なる食べ物で元は取れたと彼は言う。


「救われるほどお気に召してくれて何よりです。それで……世界各国のスパイスやこのような面白い品を集める? あなたは、そんな旅を?」


「あぁ、だからそういう意味では活発なご令嬢のレイさんの先輩にもなるか? ははは、聞きたいことがありゃなんでも遠慮せず聞いてくれ。この行商人ナッシュ様の〝あらゆる冒険活劇〟を、望むならばありったけ話してやる。──まあ、少々味つけするがな?」


「ふふっ。それは、一番美味しいものをお願いしても?」


 商人は皆話したがりなのかもしれない。レイはナッシュの〝あらゆる冒険活劇〟なるものを、是非とも話して欲しいとせがんだ。何故かそうして商人仲間と話をしていると、父ベル・ミラージュの顔を思い出してしまい、レイはひとり微笑んだ──。








 トムは荷台に積まれていた反物の上に寝転びながら、突然、レイへと気になっていたことを問うた。


「なぁレイ。さっき言ってたそのあふれる冒険ってのは、結局なんなんだよ?」


「たとえば……魔獣を倒す! とか」


「へぇー。って単純だな! 魔獣は確かにあふれてるけどよ? アレだけ勢いよく語っていたのに、そんなことでいいのかよ」


「ふふっ。でも、それぐらい今は何も決まってないことだし」


「ふぅーん。ま、そりゃそうだよな」


「でもまずは、一つ。このミラーウェポンを使いこなせるようになることかな」


「あっ、アレでつかいこなせてなかったのかよ??」


 あふれる冒険には相棒の武器が要る。レイは自分がプロトロッドを使いこなせるようになるために、ジラルド公国を西へと飛び出したと言っても過言ではないことを思い出した。


 今その白杖を手に取ってみせ、トム少年へと見せつける。


 トムはレイがあの腕前で、まだその白いミラーウェポンを使いこなせていないとは思わず、また驚かされてしまった。


「ええ、もっともっと。この白鏡の杖の性能を引き出せるようになれば、いずれ自由自在、それも目指してます!」


「……はぁーあ。────俺もアレぐらい使いこなせたら、自由自在、いずれそんな〝風〟みたいになれるかな」


 レイに会った今日という日は驚かされてばかり、トムはまた反物の上に寝転がりながら、溜息を吐いた。そして溜息まじりに、「風」そんなことを珍しくも、神妙な顔つきで彼はつぶやいた。


 ミラーウェポンのナイフをおもむろに掲げる。何を切るでもなく、真っ直ぐに──。


 そんな様子で、幌馬車の天をぼーっと見上げるトムの表情を覗いたレイは、──微笑んだ。


「風……? ふふっ。──なれますともっ!」


 幌馬車の天を覆うカバーから透ける陽光、そこに現れた微笑む白黒髪の女性は、まるで後光でもかかったかのように、トム少年にはとても眩しく見えた。


 やがて、その寝そべっていた上体をゆっくりと起こし、トムは「フッ」と笑う。


 互いに近づけたミラーウェポン同士を合わせあう。柳の葉の咲く金色の紋様同士が、鮮やかに繋がり、そよ風にさわぐように揺れ動いた────。

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