第19話 口論しよう、ちいさな世界

 一本のタバコを口に咥えながら、御者の男はおもむろに後ろを覗く。


 幌馬車の荷台で繰り広げられている口論の模様は、ますますヒートアップし、口々に己の言いたいことを言い合っていた。


 御者の男はひとりため息を吐き、汗に蒸れたカウボーイハットを脱いだ。



「ラーミラ教の教えは、そのような過剰な威力をもつ武器を持たないことです」


「俺とレイのミラーウェポンがあるから救われたってのに何言ってんだよ!」


「ですからその今のあなたの姿が、嘆かわしいと言うのです」


 トムとシスターの意見は真っ向から対立する。過剰な武装を嫌うシスターと、ミラーウェポンで先ほどの魔獣をレイと自分で倒したことを誇る少年トム。そんなトムの見せる今の姿でさえシスターの口外に吐いては止まらない嘆きの対象であった。


「嘆かわしいついでに、西の自由諸国連合も一部の帝国打倒を掲げるタカ派が多い国では、戦争の気運が高まってきていると言うな」


 行商人ナッシュは、そんな口論中で睨み合う二人に口を挟んだ。己の知り得る西の諸国を情勢を唐突に語った。


「なりませんよ、戦争なんて。自由連合にもそのような強硬派より穏健派の方が多いのですから」


 シスターは荷台に置かれていた鳥籠から出した鳩を膝元で撫でながら、そうナッシュの語った西の情報を否定した。自由諸国連合ももう一度東の帝国と戦争をしようと言うような、一枚岩ではないからだ。


「だが現実はどの国も、魔獣からの自衛と称してミラーウェポンを集めているって聞くが」


「そうだそうだ。東の帝国だってそうしてんだよ。だいたいラーミラ教の私兵たちも武装しているじゃないか。この前やっていた式典で俺は見たぞ、たしかミラー……なんだっけ? アレを過剰と言わないのかよ。自分たちのことは棚に上げて、俺たちにまともな武器を持つなって言うのか」


 ナッシュがいま付け加えた言葉に、トム少年も乗っかった。ラーミラ教の持つ私兵たちも武装しているのは事実である。その教えと矛盾する事実をここぞとばかりに突いた。


「私兵などと! 言葉を慎みなさい!」


 シスターは声を張り上げる。「私兵」というトムの言い方が気に食わなかった。


 ベレー帽の少年と、ラーミラ教徒の女の言い争いはまだまだ収拾がつかず────。







 依然、時を巻き戻しデジャヴするように、トムとシスターはお互いの対立する譲れぬ主張を繰り返す。


「やはり怖いのはそのような武器です。過剰な武装をラーミラ神はいつも嘆いています」


「いいや一番怖いのはラーミラ教だね。さっきナッシュから聞いたけど、なんでもそいつらってここより遠い魔境にいるって言うじゃないか。そんなの得体が知れないぜ?」


 トムは口論に途中参加した行商人ナッシュの仕入れた実しやかな情報を取り入れ、自分の意見に組み込んだ。


「ええ、天に住まわれるのですよラーミラ神は、我々地のガライヤの民のことをいつも正しく見守ってくれているのです」


 シスターはそう肯定する。天を見上げながら、祈りの両手を硬く捧げて。


「おかしいんだよそれ。大昔にはラーミラなんていなかったって言うじゃないか。なんでそいつらが急に俺たちに口出しすんだよ」


 しかし、そんなシスターの様を見たトムは「おかしい」ときっぱり言い放つ。ラーミラに対する露骨な不信感をその表情に出した。


「この不安定な時代だからこそ、地におもむき人々に教えを説いているのですよ。それにラーミラはガライヤの世よりもずっと古い存在なのです。ミラーの扱い方に関しても深い知見があり、この先に何が起こるのかもすべて分かっておられます。ゆえに絶対なのです」


 それでもシスターは目の前の少年に教え説く。相手をすることをやめやしなかった。ラーミラの素晴らしさを主張し少年の耳に吹き込み、浴びせていく。


「まぁ商売をする上で、ラーミラ教の存在は絶対とは言わないが大きいと言わざるをえないな。できればwin-winで仲良くなりたいものだが」


 行商人ナッシュにもラーミラ教の影響は少なからず及んでいる。どこかで商いをするにも、その地域によってラーミラ教の教えを鑑みる必要性があるのだ。


「ふんっ、そんなの誰も守っちゃいないけどな。命をみすみす投げ捨てたくないから。俺は祈って待ってるような馬鹿とは違う。こっちを信じるぜ」


 トムは自分の腰元のミラーウェポンのナイフを、その鞘ごと掲げながら、そう言った。


「またなにを! 分からず屋はびんたさせなさい! 子供とて、きつくお説教です!」


「うあっ、武器はダメでびんたはいいのかよ!? させるかっ! って子供じゃねぇ、こっちも!」


 シスターの右のビンタがトムの鼻先前に鋭く空を切る。トムはそれがありならばと、自分も左のビンタを返そうとした。


 そのとき──


「まぁまぁ、平和を願うからこそラーミラ教も熱心に教えを説いている。そう認識しています。実際に争いとはこの程度です、止めることもこうして──ふふ、できました」


 トムの左手首を掴み抑えながら、ビンタ合戦をしていた二人の間に割り込んだレイはそう言い、シスターとトム両者の争いをなだめた。


「まぁそりゃそうだが……その小競り合いのレベルとは別の〝実際〟には、戦争の気運は徐々に高まってきてるぞ、レイさん。俺は行商人をして世を少し見て回っているから分かるが、今、その手に止めてみせたのはほんのちいさな見かけ上の平和だ。こんな言い方は変に聞こえるかもしれないが、西も東もさっきみたいな魔獣がそこらでいることで休戦条約が成り立っているんだ。争い合っていた人と人が和解した訳じゃない。そして、その魔獣たちですら新たなミラーウェポンを作るための素材ときた。このまま日進月歩の勢いでミラーウェポンを抱え突き進めば、もうまるでこの先の起こり得ることが、俺には見えているようで仕方がないといったところだ?」


 行商人ナッシュは、自分の見てきた知見をさらけだしレイに説いた。レイの言うことを理解しつつも、今目の前で起こった少年とシスターの小競り合いと西と東の情勢はイコールではないと、はっきりと言った。


「ええ、おそらくそれがシスターにとっても嘆かわしいものなのだと聞きます。人の心がいつしか強力な武器に囚われ踊らされて、取り返しのつかない深い沼に沈まないために、だからガライヤにはラーミラ教がこうしてあるのだと私は存じています」


「そうです。そのように幾度も──」


 シスターもレイの言葉に同調しようとしたが、レイの話す言葉にはまだそのつづきがあった。


「ですが、今はまだ必要なのです。ミラーウェポンがただの戦争を始めるための道具ではないと私マジックミラー商会の娘、レイ・ミラージュがいつか証明してみせます。ラーミラ神もきっとそのように望んでいるはずです、そうです、言うならば誰もが分かち合える〝太平の世〟を! そのために私にはこのミラーウェポンがいるんです! 剣でも、ナイフでも、杖でも、鳩でも、祈りでも、ビンタでも、スパイスでも、形は違えどみんな同じ! 手にして、振るい、味つけてっ! 自由に扱い、己が真に望みゆく向かうべきところに向かっていく、私はそんな、誰もが憧れるあふれる冒険をしたいのです! この父のミラーウェポンとともに!!」


 レイはそう大見得をきるように言い切った。


 レイ・ミラージュが白杖を勇ましく木床に突き、立ち上がると、シスターの膝元に大人しく憩っていたはずの鳩が、その翼を慌ただしくはためかせる。荷台の外の光の彼方へと向かい、鳩は飛んでいった。


 立ち上がり威風堂々と語った彼女の様に、居合わせた誰もがその彼女の見せた激しい流れと羅列した言葉の勢いにのまれ、唖然と息を呑む中、一人の幼女がレイの元へと歩み寄った。


「よくできまちたっ」


 気付いたレイは頭を下げながら、褒め言葉を言った幼女がしきりに伸ばしていた手に、自分から撫でられにいった。白黒の長髪を褒め撫でるちいさな手のくすぐったさに、レイ・ミラージュは微笑まずにはいられない。



 やがて、まばらにわき起こったとりあえずの拍手の音に、後ろ目に荷台の様子を覗いていた御者の男は、視線を外し正面に直った。


 あそばせていたカウボーイハットを今おもむろに被り直し、口に咥えていたままでいた苦いタバコを捨て去った。


 幌馬車はスピードを上げ、ただただ風を切るよう、荒野を西へと進みゆく────。

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