第18話 荷台、難題
荷台へと討ち取った魔獣の破鏡や落とし物を、7名の人間で手分けして回収し終えた。幌馬車はまた二頭の馬の馬力を借り、西へと、荒野を元気に走り出した。
そして、新たな一名の乗客を加えた、荒野をゆく幌馬車の荷台は、既に騒がしい雰囲気になっていた。
「洗練されたフォルムのミラーボードか、すごいなぁ!」
行商人ナッシュはレイからお触りの許可を得た最新のミラーボードに夢中だ。商人は誰しもそういう気質を持ち合わせているのかと、レイは一商人の男の様を横目に見て、くすりと笑った。
「そこの白黒のお姉ちゃん。俺はトムだ」
「なら私はレイ。レイって呼んでくれていいわ」
青いベレー帽の少年は、深くかぶっていた帽をぴんと人差し指で弾き上げ、そのまだどこかあどけなさの残る面をよくレイへと見せた。そして朗らかに自己紹介をし、自分のことをトムと名乗った。
「あぁ、わかったぜ。ってそれ以外あるのかよ!」
「ふふっ。──アレ、それは?」
お互い自己紹介をした。レイはその子が冗談が通じる明るい少年だとすぐに分かった。それと同時に、レイは少年が腰元のホルダーに提げていたナイフのことが気になり、思わず指をさしてしまった。
「あぁ、小さくてもミラーウェポンだぜ! さっきの破鏡集めのときに拾えて良かったぜ。──まっ、あのとき馬車が揺れなきゃミラーエイプなんて、倒せたんだけどなぁー?」
背を覗くようにわざとらしく振り返るトムは、幌馬車の前方にいる御者の男に文句を言いたいのか、それともただの負けず嫌いな気質なのか。
その少年の声が今、耳に入ったのは一人の御者と二頭の馬のどちらか。荷台が急に「ガタッ」と揺れ、座りながら背を振り返っていた姿勢のトムは、そのまま後ろへとバランスを崩しずっこけてしまった。
「痛って……。あ、そうだ! レイのヤツもミラーウェポンなのか? ソレ」
トムは床にぶつけた自分の頭を撫でながらも、すぐに起き上がり、レイがその傍らに置いていた白杖のことを指差した。
「ええ、これは私のミラーウェポン。それも、私のミラーウェポン。役に立って良かったぜ」
「あぁ!? どういうことだ!? って俺のだろ。盗む気か?」
白黒髪の女が親指を立てて謎のサムズアップをし、頓珍漢なことを言い出した。
トムは混乱しながらも、眉間に皺をつくり、怪訝な顔をレイへと向けた。
「ふふっ」
レイが今おもむろに手に取った、先が曲がっていない、真っ直ぐに伸びる白杖の中途には、金草の紋様が刻まれていた。
「ってマジかよ!?」
それはトムのナイフの柄や鍔にも刻まれていた【ヤナギ印】。初対面の少年が手にしていたのはなんと、レイの考案したミラーウェポンであった。
思わぬめぐり合わせに、レイは得意げに笑い、トムは彼女の白杖と自分の所持するナイフに、目線を行ったり来たり見比べながら驚いている。
「やはりこの世には、そのような武器がまだあるのですね。こんな荷馬車の小さな世界にも、──嘆かわしいことです」
荷台の奥に座っていたシスターが、レイとトムのことを見ながら、いきなりそう言った。
「あぁ? んだと??」
レイは、今聞こえたシスターの方に食って掛かろうとしていたトムを、その手で制してなだめた。そしてレイは白い修道服を着たシスターの目を見て、答えた。
「魔獣を倒さないことには人の暮らしを豊かにするミラーツールも作れませんから。このような武器も必要かと」
「はい。あなたのご存知の通り、ラーミラ教はガライヤの人々にミラーツールを推奨しています。──が、今私の目に映る絵は、やはり嘆かわしい。そんな子供にまで武器を持たせるなんて、嘆かわしくはありませんか? 談笑をしている様子でありましたが、それが実に歪であると……あなたは大人としての責任を気付き感じませんか? このような人としての真の正しさや有様を見失いつつある世であることの」
ミラーボードや収納道具などが分類される人の生活を豊かにするミラーツールと、魔力を通し敵を倒すための威力を発揮するミラーウェポンは、どちらも魔獣の破鏡から作られる物。
レイの言い分としては、ミラーツールを作るには魔獣を倒さなければいけない。魔獣を倒すためにはミラーウェポンは必要不可欠。
そう説明したが、シスターはまだ嘆かわしいとレイとトムに怪訝な目を向け、口癖のように言う。
ラーミラ教が世界ガライヤに住む人々に、公に推奨しているのはミラーツールであり、レイやトムの携えているようなミラーウェポンではない。そして、トムのような子供がナイフを喜んで手にしているような姿が、シスターにとっては嘆かわしかった。
同時にトムより大人びて見えたレイが、その少年と各々の武器を自慢げに手にし談笑している様さえ、シスターの目には歪に見えたのだ。武器を手に取り笑みを浮かべるようなその二人の姿が、正しい姿であるのか誠に疑わしくシスターは感じていた。
レイもシスターが今口に出し言語化された感情や考えを、すぐに否定するような言葉を返せなかった。
というのも自分には思いもよらぬところをシスターに嘆かわしく思われてしまったので、シスターの青い瞳をまじまじと覗いていたレイは、やがて、少し俯き加減で視線を外し、次に何を言おうかと難しそうに考えだした。
しかし、レイが何かを考えつくより先に、黙っていられず動かずにいられずにいたトムは、その場を勢いよく立ち上がった。そしてシスターに向かい声を荒げた様子で、まくし立てた。
「あぁ!? さっきから黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、おい、なげかわシスター! だぁれが子供だ! 魔獣だってもう何体も俺は〝コイツ〟で倒してんだぞ! いったいどこの誰が責任を感じてくれなんて頼んだんだよっ、だいたい!!」
まくし立てながら感情がヒートアップしてしまったトムは、思わず小さな鞘に納めていたナイフを抜いてしまい、分からずやのシスターへとその切先を見せつけていた。
「こら、ナイフを人にむけちゃいけないのっ」
「黙れよ!! ────チッ……」
「うぅ……うわぁーーん……!!!」
ミラーボードを猫のように撫でていた行商人ナッシュも騒ぎの音に振り返る。馬を操っていた御者の男も、後ろ目に、荷台の中の騒動を覗いた。
先生を真似るようにトム少年に注意をした幼女は大声でどやし返されて、あげく泣き出してしまい。付き添っていた眼鏡の女は、泣き出してしまったその幼女の頭をなでて、必死に慰める。
トムは「チッ……」と舌打ちしながらも、そのナイフの刃を小さな鞘へと仕舞った。
自己紹介から始まったはずが、雰囲気が一気に悪くなった幌馬車の荷台。
商人、少年、幼女、眼鏡の女に、シスター。立場や意見、信条や年齢まで違う様々な人間が一同に押し込められ乗り合わせてしまった──この昼の陽光に影をつくりだす空間で。
人と人とが噛み合わずとも、二頭の馬に引っ張られていく円い車輪に不備はない。構わず荒野を進みゆく幌馬車に、その身を揺られながら。
マジックミラー商会の子爵令嬢、レイ・ミラージュは、一体いま何を思い考えるのだろうか────────。
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