第17話 荒野を駆ける白黒の香辛料

 荒野を駆けてゆく。慌て急ぐように、そして追うように。


 西へと向かう一つの馬車のその道中は険しく、7頭もの魔獣の群れに襲い掛かられていた。


 カウボーイハットが風に吹き飛ぶほどに、御者は2頭の馬に鞭を打ちスピードを上げるように指示をする。だが、追いかけてきているのはそれ以上に僅かに速い、ハイエナの魔獣たちだった。


 やがて追いつかれ、荷台の後ろ入口へと殺到する犬首に、ベレー帽の少年は勇ましくもナイフを斬りつけるが、それだけでは対処が間に合わない。


 ベレー帽の少年は犬鼻を足に蹴りつけながら、なんとか足掻く。そして、カラフルな瓶が整頓された積荷ぶ目を付けてそれをぶんどった。


「あぁーーーー!!! 売り物のスパイスを!!」


「スパイスより命だろうが!! 味付けッ──されてぇのか!!」


 ベレー帽の少年は手に取った瓶の数々をぶち撒ける。仕切りのついた運搬用トレーごと、犬首どもへと投げつけてくれてやった。


 赤、青、灰、黄──むせかえるほどの煙と共にハイエナたちが鼻をひん曲げ、乗り上げようとしていた馬車から嫌がるように落下していく。


 頭を抱える商人の男に、手を叩き喜ぶ幼女、むせた幼女を気遣う眼鏡の女に、目を閉じ祈り続ける修道服のシスター。


 荷台の後ろへと控えていた戦えぬ者たちが、ベレー帽の少年が起こした色鮮やかに煙り流れゆく前方の光景に、各々のリアクションを見せた。


「けっほけほ……ア!? お兄ちゃん!! けほっ……!」 


 ハイエナたちを機転を利かせて撃退し、得意げに笑い上げていたベレー帽の少年は、少女の指差す方向に振り返った。


 煙る景色を裂いて、走らせていたハイエナを乗り捨てたミラーエイプが、幌馬車へと飛び乗り取りついた。


 視界不良の景色からの突然の襲撃に、ベレー帽の少年が慌ててナイフを構えるも、ミラーエイプの鋭い爪にその刃は弾かれた。


 襲う爪を皮一枚で避け続けるも、揺れる荷台の足元にバランスを取れず少年はよろけて倒れた。


 ベレー帽の少年は履いていた靴を投げつけるも、そんなものは効きやしない。唯一の頼りである彼のナイフを目を巡らせ探すが見当たらず。


 奇声を上げて牙を剥く恐ろし気な猿顔が、もう少年の目の前のそこまで────。


 幌馬車の荷台で魔獣が暴れだし、手にする武器もない、絶体絶命に思われたその時────


 猿顔の側頭部を右の耳の穴から左の耳へと、白い閃光が真っ直ぐに撃ち抜いた。


 幌馬車のカバーごしに、動く猿魔獣の影が今、狙撃された。


 どさりと力なく横倒れ、ベレー帽の少年に冷たい牙を剥いていたミラーエイプは、その体ごと砕けるように散っていった。


「はぁはぁっ……な、なんだ? いきなり…光に刺されて死んだ……!?」


 ベレー帽の少年は何が起こったのか理解できない。突然光に撃たれ倒れた猿の魔獣の散り様を見つめ、やがてその動転する顔を上げ荷台の後ろの流れゆく景色を見た。


 次々と射抜かれていく、精度良く放たれる光の矢に──。まだ走る幌馬車のことを諦めずにいたしつこいハイエナの魔獣たちが、光にやられてはその四脚の体を保てずに砕けていく。


 そして、荒野をホバリングそ走る銀のミラーボードが、その風に激しく靡く白と黒の長髪が、少年の見つめる視界へと真っ直ぐに突っ込んできた。


 足元に転がっていたスパイスの瓶をひとつ手に取った少年は、驚きながらも今にも投げんばかりの構えを取り続けた。だが、急速に近くなる白と黒の髪のまじる混沌は、そのおデコを風に全開にした面、その瞳でベレー帽の彼へとウインクをした。


 そして、今ウインクをした右目の方、右に逸れた白黒髪の乗るミラーボード。それが少年の視界から消えゆき、やがてすぐ、二つの犬声が少年の左耳から響いた。


 そして、荷台後方の荒野流れる景色に、横切り流れていったのは宙を舌だしおどけ泳ぐ二匹のハイエナ。吹っ飛ばされた二匹のハイエナの魔獣は地に転がり砂煙を撒きながら、他の魔獣たちと同じように滅された。



「ありゃミラーボード、それも速いな! 最新型か? 乗っているのは女の子だ」


 商人の男は先ほど猛スピードで幌馬車へと近付いてきた銀色のミラーボードと、その操縦者の特徴を思い返し、そう言った。少年の手元から投げそうになっていたスパイスの瓶をちゃっかりと回収しながら。


「女だぁ!? アレを……コレも? やったってのかよ??」


 少年は、颯爽と現れた白黒髪の女が、アレもコレも次々とやってのけたことをまだ驚いた様子で信じられない。足元に落ちていた彼のベレー帽にも、気付かずに、その乾いた大口を開けたままだ。


「やったやったーー!! お姉ちゃんだぁー!! すっごーーーーい!!」


「こら、跳ねたら危ない!」


 幼女は白黒髪のお姉ちゃんが披露したあっという間の魔獣撃退劇が気に入ったのか、飛び跳ねるほどに喜び。荷台で飛び跳ねるのは危ないと眼鏡の女は、先生のように幼女に注意しやめさせた。


「あぁ……ラーミラ神に感謝します」


「おい、まず俺に感謝しやがれ!」


 後ろに正座し祈り続けるシスターに、思わず少年は声を荒げた。



「護衛は雇われたのですかーー?」


 ミラーボードで右側からゆっくりと追いつき幌馬車に並走しながら、レイ・ミラージュは御者の男に問うた。


「それがこのところ増えてる新手の詐欺でして。雇った護衛が途中で馬車を降りちまって、前金だけ盗んで消えていったのです」


「なるほど……」


 ジラルド領から西を行く幌馬車の護衛を雇っていたものの、御者はそう、不幸な経緯をレイへと明かし説明した。


「といっても、護衛はかさばる保険だ。本来なら、コイツらに魔獣ごと引き離す脚の速さはあるはずなんだがな……。しかしだ、馬もさっきのでようやくケツに火がついたのか、いつも以上の調子を取り戻してくれたみたいだ。で……ミラーボードの嬢ちゃん、気前よく助けてくれたところ悪いんだけど……」


 どうやら御者の男は、幌馬車を襲った魔獣の群れを撃退したレイのことに感謝はしているが、あまり歓迎はしていない様子だ。


 あいにく御者が手綱を握る二頭の馬は本来のスピードと元気を出し、その調子を取り戻した。そんな良好な感覚が手綱ごしにもベテランの御者の男には分かるのだ。


 それと理由はもう一つある。いきなり現れて魔獣を難なく倒したレイのことが、雇って前金をふんだくった護衛と結託しているか、これから高額の対価をせびられるとでも思ったらしい。


 御者の男がばつが悪そうに、その頬をしきりに掻きだした。


 しかし、レイはそんな御者の男の表情を横目に見ながら、「ふっ」と微笑んだ。


「魔獣退治のお代はいりません。ですがすこし、ミラーボードの調子が悪いみたいなので後ろの荷台に載せていただければ。そっちの二頭の方が元気でお速いようなので、ふふ」


 レイは拾っていたカウボーイハットを御者の男へと投げつけた。御者の男は横から投げ入れられたその自分の帽を、慌て手にキャッチした。


 レイの提案に、二頭の馬たちが鳴き声を上げ、スピードを上げ愉快な返事をする。


 崩れた姿勢に慌てハットを被り、二頭の手綱を握り直した御者の男は、並走する白黒髪の彼女に、後ろへと乗るよう目で合図を出した。顎髭の渋く生えたその年季の入った面に、白い歯をにやりと見せながら────────。

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