第16話 騎士と魔術師のお宅訪問
▽ミラージュ家の屋敷、応接間▽にて
懐刀を手に取りながら、短くも鋭い刃を見せる銀髪の男がいる。その一振りをじっくりと眺めながら、紫ローブ姿の銀髪男は革のソファーに腰掛けていた。
「それは【ヤナギ印】といって、娘レイの立ち上げたオリジナルブランド商品でして。ほら、その金の紋様が風に騒ぐ草のように揺れ、魔力の流れが目にも分かりやすいようになっていますでしょう。ハハハ、いや、お目が高い!」
そんな銀髪の客人の対応に当たったのは、屋敷の主でありマジックミラー商会のトップ、ベル・ミラージュ子爵。
ベル子爵は対面するソファー席に座り、銀髪の男が手に取った商品の説明を詳らかに始めた。
「フム。たしかに、献上品には喜ばれそうだな」
(宮廷魔術師バーン・シルヴェット。まだ若いながらもジラルド公国の未来を占い、間違いなく引っ張っていくお方だ。我が娘レイはとんでもない男と関わりを持ってしまったものだ……。やはり、我が娘も非凡であるか)
ベル子爵はやはり只者の立ち居振る舞いではない宮廷魔術師を、その商人の目で値踏みするように独自の観点から捉えていた。
「それで製作者はどこにいる」
見飽きたのか、刃を黒鞘へと収めた宮廷魔術師バーンが子爵へと問う。何もただこの懐刀についてのセールスポイントを聞きに、ミラージュ家の屋敷に来たわけではないのだ。
「それはですな……。そうでした! バーン殿宛てにその娘からのお礼の品があるのでした」
演技じみた商人の笑みとともに、商人は何かを取り出した。事前に用意されていた「お礼の品」は、ベル子爵から宮廷魔術師の座るソファー席の前、机の上へと届けられた。
いま目に入ったその品は、魔術師バーンの見たいつかのパック詰めの茶色菓子。そして、その菓子に添えられていた蛇腹折りになっていた紙を広げる。
バーンは黙しながらその書の内容を読み込んだ。
□
先日、西の森でのこと、貴方様をジラルド公国お抱えの宮廷魔術師様とは知らずに、大変な失礼を働き、あげく森に現れた凶暴な魔獣相手に危ない目に合わせてしまいました。
お詫びと言ってはなんですが、どうかその甘味でお怒りのほどを少しでもお沈めになられればと。
中身は「だだんごのみたらしがけ」です。
そして、私レイ・ミラージュは此度の失態を経て、ミラーウェポンについての見聞をもっと広めるために西へと向かいます。いきなりのことですが、このジラルド公国領から外へと旅立つことにしました。
このような手紙ごしでの謝罪とご報告の形となったことを、心より深くお詫び申し上げます。
先日の事件は自分の浅慮がつつき招いた事態、一歩間違えればあのような恐ろしい大型魔獣がジラルド領を我が物顔で闊歩する大事件となっていたところでした。そう思うと殊更私には、しばらくジラルド公国に戻る顔がありません。
ですので、西の森での危機に助太刀してくださった貴方様方とお会いすることももうできないものだと思い、これにて最後のお別れの挨拶をと思いました。
こんな身勝手な娘ですが、ジラルド公国とガライヤの世のために尽力する素晴らしい父のことを尊敬しています。
魔獣との戦いで破損したミラーウェポンのご修理・メンテナンスの際などは、そんな父ベル・ミラージュ子爵のマジックミラー商会をどうかご贔屓によろしくお願いします。
その際の修理代金は私レイ・ミラージュが全額、受け持ちます。
P.S. だだんご屋はご自分で開いてください。詳細なレシピをもう一枚の用紙に書き添えておきます。
□
「はは、手紙ですか。なんと書かれて──」
応接間に居合わせたオレンジ髪の騎士がソファーの後ろから覗こうとすると、広げた蛇腹を一つに折り重ね、魔術師は紫色の袖の下にそそくさとその手紙を仕舞う。
「騎士リンド・アルケイン、今よりジラルド領を出て西に向かえ」
掛けていたソファーから腰を上げたバーンは、その面を堂々と上げ、西方を勇ましく指差した。そして騎士リンド・アルケインへといきなりの命令を下したのであった。
「それはまた急で漠然と──!? あ、もしかして、彼女のことを追えと? ははは僕が追うのか。ご自分でなされてみては?」
「私には敵も多いからな。オーバーウェポンの調整が終わるまで、比較的名の知れていない末席のお前に大任を任せてやろうというのだ。それに大事な一人娘のことだ、行先が漠然と分からないのであれば父親もなおのこと気がかりだろう」
銀髪の魔術師バーンの鋭い目配せに、ベル子爵は少し歯切れ悪くも、おくれて頷いてみせた。
「それはラーミラ教の任とジラルドでの仕事のことより彼女を優先しろと?」
騎士リンドはまだ魔術師に食って掛かるように、どういう風の吹きまわしなのかその真意を、自分の立場を絡めて追求した。ガライヤの世を教え説くラーミラ教の麾下、特殊部隊であるミラーナイツの末席である彼が、西へと旅立ったであろうレイ・ミラージュのことを他の任より優先しなければならないその理由を。
「どちらもだ。ジラルドにはまだまだ優秀なミラー使いが不足している。オーバーウェポンを扱えるような才、それを集めるのが私に与えられた役割だ」
魔術師バーンも自分の立場とその役割から、彼女レイ・ミラージュを探させることの価値と意味を説いた。
「まさか僕も?」
「お前は数合わせだラーミラ教の使いぱしり。体を張れ、人の役に立て、そして少しは私の役に立て」
「ははは。あなたのご勝手からは、まだまだ僕は逃れようがないみたいだ。──よしっ! ならば────あなたの役に立てるかどうかは正直分かりませんが、騎士として困っている人の役に立つのは悪くない、はははは」
騎士リンドは特に断るような言動素振りをこれまで見せず、魔術師バーンの命じた任にむしろ乗り気のようだ。今日はいつも以上にオレンジ髪の男がよく笑う。
「フッ。それでよろしいか、ベル子爵よ」
やがてゆっくりとソファーに腰掛け直した宮廷魔術師バーンは、同じ腰の高さに対面し直した子爵ベル・ミラージュへと確認を取る。ここまで進めた話の流れに何か不備や不平、相違はあるか、その黄金の瞳で子爵の面をまじまじと強く見つめ、再確認していく。
「え、は、はい! そこまで我が娘レイのことを宮廷魔術師様が気にかけていただけるとは思いもよりませんでしたが……。ハハハ」
「ガライヤの世のためだ。貴公の娘にはちょっとした才がある、でなければあの白いミラーウェポンは使えまい。──だろう?」
「ハハハ……それはまた……お目が高い……!」
机上に置かれてあった手つかずでいた透明パックの団子串を、紫ローブの袖をまくり、おもむろに手に取り食しては、宮廷魔術師バーン・シルヴェットはひっそりと妖しく笑う。
そして、その目の前にどっしりと座る銀髪の彼から団子を一串勧められたベル子爵は、おそるおそるそれを口にする。はじめて味わう甘じょっぱい蜜に、目の前の銀髪男と同じように今、口元を汚し、口角をじわりと上げた────────。
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