第15話 語り明かして、ご提案

 目の前が白くぼやける。やがて、輪郭を帯びていきそれが誰だか分かる。その人のいつもある髭がないのは、ジラルド公に招かれた宮中夜会に向けて気合を入れていた名残だ。


 彼女の視界がクリアになると、天にはそんな見覚えのある白髪の父ベル・ミラージュの顔があった。


「レイ、起きたか? 大丈夫か? 調子はどうだ」


「お父様……」


 体を置くベッドの匂いに感触、そして壁の模様や雰囲気に、ここがミラージュ家の屋敷の中にある自分の部屋だと落ち着き分かる。眠りから目覚めたレイ・ミラージュは、心配そうな面持ちで見守る父の目をただ見つめ返し、乾いたその唇で父の名をつぶやく。


 そして、レイはいつもより重い体を、ゆっくりとそのベッドから起こそうとした────。



 レイは、気遣う父に言われたようベッドで安静にしながらも、報告するように話した。西の森ウッドフットで起こった事を。

 試作ミラーウェポン、プロトロッドのテスト中に起こった数々の困難と見たこともない大型魔獣のことを。

 さらにそこで出会った向こう見ずの騎士ととてつもない魔力を秘めた魔術師のことをも、なるべく包み隠さずに、隣の椅子に腰かけた父へとレイは堂々と話したのであった。


「────────ふむ、それは大変だったな。だが、なるほど。それはこの公国のお抱え宮廷魔術師様だ。天を読み、天の武才をもつ、天に二人といないそんな逸材だとうかがっている」


「お抱え? 天を……? そうなのですか……。あっ、あの方はオーバーウェポン【散る鏡】を自由自在に扱っていました」


「ふむ。【散る鏡】……アレはまさしく天のものにしか扱えん。それ以外が所持していてもただのこじゃれた割れ鏡にしかならん。散る鏡を自由自在に扱うともなれば、こうっ! ────一つ動かすにも精密な魔力コントロールが必要だっ……ふぅ……。膨大な努力か強大な才、あるいはどちらも必要と言ったところか」


 父はおもむろに手に取った魔力を込めた銀の蜻蛉をゆらゆらと飛ばし、不安定ながらも制御してみせた。そしてレイの手元へとその銀の蜻蛉のミラーウェポンを返し、父ベル・ミラージュは額の一汗を拭う。


 【散る鏡】を扱う話題の宮廷魔術師がいかに非凡であるのかを示すように父は娘に蜻蛉を飛ばして返したが、娘のレイが西の森で見たものは、ただの精密な魔力コントロールだけでは表せないものであった。


「ええ、しかしそれだけではなく……」


「なんだ?」


「お父様は、知っていますか。オーバーウェポンがただの強い武器ではない。もっと魔術じみた……まるで地に星を流し、天にオーロラのカーテンを描き架けるような、そのようなことをもできる……ものだと?」


 銀の蜻蛉を微笑み両手の器に受け止めたレイは、一転、神妙な面持ちに直り、そう語った。


「オーバーウェポン散る鏡には、私の知るところ、そのような機能は内蔵されていないと思う……。だが、天を読む一流の宮廷魔術師ともなると。天候を自在に操るそれぐらいの魔術を引き起こすことも可能かもしれんな」


 父は娘の言葉を受けてそう、ミラーウェポン屋の視点から語るが、しかしレイが思い返すとアレは天候どころではない。五色の星が落ち、大きな亀の魔獣を焼き尽くしたその威力は綺麗な言葉だけでは表せない凄まじいものであった。


 そんなじっと考え込む娘の姿を眺めて、父ベル・ミラージュは唐突にあらぬ言葉を、ベッドに腰掛けるレイへと投げかけた。


「オーバーウェポンが欲しいか、レイ?」


 唐突なお言葉だが、同じようなことを今日問われた気がする。レイは驚きつつも、聞こえた父の声に若干のデジャヴを感じ、そう思ってしまった。


「え? 私が……? いえ……私は……それよりも……。──そうですっ、それよりもっ! 助けられました。このお父様のプロトロッドに、今日は幾度も!」


 その父からの質問に困ったレイであったが、部屋の中の壁際に立てかけられていた白杖を見つけ、突然声を大きくし、その杖に指をさしながらそう元気に言った。


「おぉ、それが役に立ったか!」


 父も娘の指す方へ振り向き、その白杖のミラーウェポンを共に見つけ、見つめた。


「ええ。私は……オーバーウェポン……あのような力が欲しいかどうかは、今は、正直分かりません。ですが、まずは、このミラーウェポン、プロトロッドをもっとっっ──!! ──かように、使いこなせるよう! いえ、この杖と共にもっともっと沢山のあふれる冒険をして、今の未熟な自分の腕や内在する魔力をも、磨いていきたいと思いました!! そう、今日という日に、いたく痛感しました……」


 レイは伸ばしたその手に、力を込めて、離れた視界に映る白杖を睨み手繰り寄せる。


 壁際に立てかけられていた白杖はカタカタと音を立てて揺らぎ、やがて宙を舞い、ベッドに座るレイの手元へと山なりの放物線を描きながら、引き寄せられていった。


「(たとえ一度や二度その身が倒れても。我が娘レイ・ミラージュは、白鏡のプロトロッドと共にさらなる冒険を求めるか……)……ふむ」


 父ベル・ミラージュは、白杖を今しっかりと手にした娘レイのその勇ましき様をただ見つめる。ベッドに居ながらに武器を求めて、伸ばしたその手に握り手にした。そんな娘の動向を──。


 耳にはっきりと聞こえた娘の言葉の端々に至るまで、彼女の誰にも止められぬ意志なるものを父ベルは感じた。


 今の娘にいつものおどけた様子はない。しっかりと握り見せられた彼女に似合う白きプロトロッドと、聞かされた彼女の情熱と固い意志にあふれる言葉とその声に、ありのままに、父ベル・ミラージュはそう感じてしまったのだ。


「そこで、ご提案がありますお父様」


 父もまだ娘に拝んだことのないそんな真剣な表情をし、その黒とクリーム色の特別な瞳に、特別な強い意志を彼女は宿して────。


 ベッドから腰を上げ立ち上がった子爵令嬢レイ・ミラージュは、父ベル・ミラージュへと、今日という激動激闘の日を経て思い至った──〝とある妙案〟を口にしたのであった。

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