第13話 光と陰
黄金の太陽の中に現れた鳥、その赤きシルエットが、やがて黒き宇宙を目指し羽ばたいていく。
導かれるように、宇宙を行く赤い鳥の羽ばたき続ける様を見つめる。赤い翼の後ろに流れてゆく──散りばめられた不思議な鏡の一つ一つに映るのは、銀髪の魔術師の書物では知らない歴史。
鏡に映る一つ一つが、見知らぬ時代の人の有り様や、大自然の厳かさを映し出している。もっと目を凝らし、耳を澄まし、集中するとまるで一つの脈絡のない物語のように、聞こえてくる。
『これより道摩法師に十二ノ国の大妖怪封魔の旅の勅命を言い渡す。魑魅魍魎、魔の支配する野蛮な時代を斬って終わらせ、太平の世を────』
『好きになった人がもし、同じ人ならば。その恋は誰に譲るべきだろうか。例えばその選択で片方の大事なものを失ってしまう。それでも青いまま突き進み、彼の手を繋ぎ突き進んで、ただ信じる。でも、結局突き放されて、さいごには全部を失うことになるのなら……。それを私は恋とは呼びはしない。それは私の────』
『地球より遠く離れた月との間、ラグランジュポイントに位置する穏やかな宙域ガイア3。重力場を自在に制御するミラーレンズの登場は、改修された旧DOMEに住まう人類を革新へと誘う新たな夜明けです。宇宙生活も思いのままだ。遠心力を用いた偽物の人工重力が作り出す体のスレトスに悩まされることももうない。さぁ、ならば立ち上がれ、そして素晴らしき世界の始まりを己が目で見届けよ人々よ。天と地が真に交わる宇宙創世の時代、ガイア暦にかわるウラノス歴の創立をここに宣言し────』
手を伸ばせど、その鳥を追うことはできない。散り散りに流れゆく知らぬ世界の歴史の波に呑まれながら、まやかしの鏡は砕けた────。
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天へと翳す目の前のその手は、突然、リアリティがぼやけ、あふれた。
ハッとその目を見開き、目覚めた銀髪の男は、石の天井を見上げていた。男の知らない、そんな冷たい色合いの飾り気のない天井だ。
見知らぬ硬さのベッドから起きた銀髪の男、宮廷魔術師のバーン・シルヴェットは天に伸ばしていたその手をゆっくりと下ろしていく。
「何か探しているんですか」
そのとき、ふと、聞こえてきた──丁寧口調だがどこか軽々しいその男の声に、バーンは聞き覚えしかない。
声の聞こえた方に振り向くとやはり、オレンジ髪のソイツがいた。
ベッドからその上体を起こした魔術師バーンは、少し離れた床に突っ立つ騎士リンド・アルケインの顔を見ながら、少し考えた素振りをし、やがて簡潔に問うた。
「オーバーウェポンはどうした」
第一声に、気に掛けたのは「オーバーウェポン」のことであった。彼、宮廷魔術師の所持する武器が、今はその纏う紫ローブの懐にも袖の下にもないのだ。
「どうしたもなにも僕には修理もできず扱えないものですから、そこの机の上です」
魔術師バーンは騎士リンドが指し示した机の上に目をやり、腰掛けていたベッドから立ち上がった。
そして、バーンは、まだだるけの残る本調子でない体でゆっくりと歩き出し、緑の風呂敷の上に集められ置かれたミラーの欠片を一つ手に取り、状態をその目で確認していく。
「あのこならいませんよ」
バーンが手に取り、眺めた──鏡の欠片に小さく映るオレンジ髪の騎士がそう呟いた。
「フム。なら、ここはどこだ」
「僕の家ですよ、ははは」
魔術師バーンは相変わらずオーバーウェポンのミラーの状態を確認しながら、背ごしにそんなことを今更に聞いた。
騎士リンドは「僕の家」だとあっさり笑いながら答えた。この石造りの飾り気のない空間が、彼の家なのだという。
「お前に家があったとはな」
「ははは、仮住まいですけどね。中々落ち着くところでしょ? ────あ、そんなことよりしかし、やはりあなたはすごい方だ。いつも僕の想像の上を行ってしまうんだから。盛大に披露なされた【ソウジョウの魔術】とは、今度は天の機嫌をも自在に操ってやろう! ……ということですか? ははは、こんなすごい術まで今まで隠していたなんて、ますます恐い方だ」
「何を当たり前のことをべらべらと言っている。一介の騎士のする空虚な想像や妄想の一端などで、計れる私ではない」
「ははは。それは確かに、全くかなう気はしませんが。でも、ひとつ──今日という日は〝貸し〟を返せましたか」
騎士リンドは壁に立てかけていた剣を鞘ごと、おもむろに持ち、前に突き出した。
「フッ。その程度でか。まったく足りん」
返すように向けられた剣を、鼻で笑う魔術師バーンの背姿に、騎士はまたいつものように笑う。
「どこへ行く」
剣をそのまま左腰に留め、引っ提げたリンドはこの部屋のドア方へと向かい出した。
一枚、制御された鏡の欠片が魔術師の元を離れ空を漂い、そんなオレンジ髪の騎士の背を、指差すように問うた。
「見回りですよ、ただの。あぁ、──友人からは宿代は取りませんからご安心を」
オレンジ髪の騎士は、魔術師の方に振り向きながらそう落ち着き外出の理由を告げた。
小さな一枚の鏡の欠片に映る黄金の片目を覗き返した騎士が、ドアノブに手をかけた。
面に浮かんでいたその笑みを、仮面を被るように醒めた面に覆い直しながら──騎士リンド・アルケインは、それ以上は振り返らない。
やがて、外へと繰り出した街道を歩くオレンジの髪が、深い緑色のフードに覆われる。何かを睨む彼の眼差しに、深い陰をつくった────。
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