第12話 だだんご
その星群の滴り落ちる様を眺めた。黒とクリーム色のオッドアイの瞳に映るその現実味のない景色は、とてもカラフルで、とても熱くて、とても眩しい。
巨大な亀の化物の上に、降り注いだ流星は、青、赤、黄、白、黒、五色では表せない。
フラッシュしながら膨張していく混沌とした色彩を放つ光のドームは、地を埋め尽くし、天にオーロラのカーテンが靡いている。
それを美しいと思うことは、怖い。
地を焼き尽くし、巨大な魔獣を跡形もなく消し去ったその術は、レイの知る絵物語の魔術よりももっと恐ろしく、それでいて、かくも煌煌と不思議な光を放ちつづける。
いつまでもオーロラのカーテンが天に祝福するように、何食わぬ顔で揺れている。
レイ・ミラージュは目の前、天までも広がるそんな光景に思いを寄せて見入っていた。その眩しさ、凄まじさに、見入らざるをえなかった。
レイ・ミラージュはやっと瞬きもせず離せずにいたその目を、一度瞬き──ふと、後ろを振り返る。
浮かぶ人がいる。宙に浮かぶその方は、空をただようぐらいのことをしていてもおかしくはない。
紫のローブ袖がゆったりとはためき、銀髪の髪が揺れている。黄金に染まる豪華絢爛な短刀など、彼女は彼に貸し出した覚えはない。
その浮かぶ背に控えたオーバーウェポンは、今は散らず、合わせて一つの大鏡。その大鏡に映るのは「空っぽの宇宙」。腹をすかせたように何もない黒と紫と青のグラデーションが穏やかに渦巻いている。
「オーバーウェポン……じゃない……真の使い方……真の……」
果たしてこの浮世、ガライヤの世へと巨大な亀の魔獣を屠る流星群を降らしたその「相生の魔術」を、成した力の根源は何なのか。
オーバーウェポン散る鏡の性能か、それとも銀髪の彼の言葉を借りるならば────
レイ・ミラージュがまた見上げ、そのたたずむ瞳で別のものに見入っていると────
合わさっていた大鏡が、突然動作エラーを起こしたように不規則に散り離れ始めた。ぽとり、ぽとり、一枚、一枚、硬い石のように鏡の欠片は制御と動力を失い落ちていき。
やがて、目を瞑る男のご尊顔、宙に浮かぶ人形のシルエットが後ろ倒れにゆっくりと脱力し──とどまっていた宙の位置から落ちてゆく。
そんな様を見ていたレイは、鏡の欠片が滴る中、慌てて駆け寄り、上から落ちてきた者をその両腕に抱えるように受けとめた。
しかし、その紫の衣を受けとめた両腕には、彼女が思ったよりも力が入らなかった。
やがて、落ちてきたブツの重量をその腕に支えきれず、レイは尻餅を着き、共に倒れた。そして、落下物を受けとめきれず倒れた痛みと衝撃に、閉じ絞っていた目を開けると、レイの視界が不意に翳った。
長い銀髪は纏まらず地に垂れ、黒いとんがり帽子は地に落ちた。今、レイの目の前は、汗に煌めく銀のカーテンに覆われ翳っていた。そして、時が止まったように唖然と驚く彼女の面の至近に、さらに、二つの黄金の瞳が開き、黙したまま咲いている。
面と面を互い近く鉢合わせたそんな静寂の時の中、ぽたり、ぽたり、男の鼻先から玉汗が、彼女の乾いた唇へとしたたる────。
銀髪の端正なご尊顔は、両手を彼女の耳横の地に突き、その黒髪と珍しい目の色をした彼女のことを見つめながら、やっと、呟いた。
「おい、オンナ……だだんごだ…………だだんご屋を、ひら……け……」
そう目の前の男が言い切り、伝えると、力尽きたように彼女の身の上へと倒れ込んだ。銀の髪が揺らめきまた彼女を目掛けて落ちていく────黒髪の彼女の左耳元へと、その面が力なく落ちる。
「なっ、なんなの……っ……このひと……。って、ダメだ早くここから────あ……」
重なる紫の衣、近い銀髪のその瞑る横顔。静かな寝息が、すぐそこに聞こえてくる。
レイ・ミラージュは分からない。この銀髪の男のことが分からない。分からないのに今重なっている、そして呪いにでもかかったように、その被さる重しをはねのけられない。
熱帯びていく────ひどい汗をかいていたその男の体温が移ったのか。そんな熱に包まれながら、何故だか彼女自身もつられたように瞼が重くなっていく。
チカラが入らない。まるで全ての魔力と体力を使い切ったように、どうしもない。どうしようもなく、ネムい────。
レイ・ミラージュの視界がぼやけていく。銀から、グレー、暗がりへと────。やがて、寝息の音までもが重なる者に重なり、同調していく────。
『おーーい、って!? あなたほどの自由人がお倒れになるほどの!!ことでし……って、もしかして、そのお抱え魔術師様の下敷きになっているのは……キミ、大丈夫かキミ!! おわっ──痛!?』
『レイ!! 我が娘レイ・ミラージュよ!! な、なにがあった!! レイいいい!!!』
暗がりに響く、聞き覚えのある騒々しい男たちの声も、ぼやける彼女の意識には聞こえない。ただ、疲れた、子爵令嬢レイ・ミラージュは深くふかく眠りについた。
彼女の手の皮が灼けるほどに熱帯びたプロトロッドが、地に転がり、まだ仄かな白きその光を放っていた────────。
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