第10話 自由自在、落下!

 まるで大地を背負うクリスタルタートルの広い背の上で、煌めく樹木を今薙ぎ倒し、獰猛に這い走る大蛇がいる。その大蛇が首を曲げ執拗にその毒牙で狙うは、オレンジ髪の騎士。


 巨大亀の背で剣一本で景気よく暴れていたところ、急に現れた新たな大魔獣に、騎士リンド・アルケインは喰われないように必死にその足で舞い続けた。


「こいつ!? あ、そうか! もしかして!」


 リンドは大蛇に追われながらも、その少し窮屈そうに見えた大蛇の動きの不自由さに、何かを気付いた。そしてリンドは後ろへと大きく飛び下がった。


「これなら届かないか。ははは」


 そんなにトパーズの眼で睨んでも、ルビーの舌をちろちろお茶目に出しても、大蛇の首は届かない。まるで鎖と首輪に繋がれた犬小屋の獰猛な犬のように、それ以上首を前には突き出せないのだ。それもそのはずだ、その大蛇は殻に籠っていたこれまで姿を見せずにいた首無し亀のご尊顔なのだから。背に乗り暴れ続けた異物であるリンドのことを腹に据えかねて排除しようと赴いたが、可動範囲、伸縮範囲はそこまで。亀の頭が出てきた方とは逆の甲羅の大地の後方へと下がった、オレンジ髪の騎士の行った悪知恵にはかなわなかった。


 何度かトライしてはそれ以上先には進めない体構造上のエラーを起こした。大蛇もそれで分かったのか、諦めてゆっくりとオレンジ髪の獲物のことを名残惜しそうに睨みながら、荒れたクリスタルの森を這い引き下がっていった。



「フゥ……痒いところに頭を伸ばしてくるとは驚いた。あ、でもどうする? これじゃ逆にヤル事が無くなってしまっ──ぅガッ!??」


 リンドが吹き出ていたことに今更気付いた頬を痒く伝う冷汗を手に拭い、大蛇が退き消えゆく様を考えながら眺めていたところ──


 しかし、ソレは下から飛び出てきた。立つ地の真下から一気に伸び出てきた、そんなありえない大蛇の勢いと奇襲に騎士の身は、宙高々と強烈に突き上げられた。


 空に浮かばされたリンドは崩れた体勢で、後ろ目に下方を確認すると。天にまで伸び立ち上った大蛇がこれ見よがしにその大口を開け、落ちてくる獲物をそのまま労せず飲み込む瞬間を待っていた。


 上へ軽々と弾き飛ばされ、強い風にぶち当たり、オレンジ髪が激しく靡く。それでも硬く手放さずにいた一本の剣に力と魔力を込めて、リンドは上手く身を強引に捩りながら姿勢制御を図る。


 なんとか剣に込めたエネルギーを借り、空中で姿勢を正し、顎を開けて待つ大蛇の真正面に見据えた。そんな彼のすぐ真下に、ふと、銀の蜻蛉が一匹、通り過ぎた。


 その銀の煌めきが一瞬リンドの目を横切ると、何かを一粒、下へと落下させた。


 【ミラーナッツ】だ。クリスタルツリーを共に討ったときにも、彼女、レイ・ミラージュが用いた。遠隔で起爆可能のマジックミラー商会製のサブのミラーウェポンだ。


 その最後の一粒のミラーナッツが、大蛇のあんぐりと開けた大口へと投下され──爆発した。


 フラッシュする爆光と、また吹く風、ミラーナッツの起爆した威力がリンドの真下に鳴り響く。


『そんなところで遊んでないで離れてください! 【ソウジョウの魔術】とやらを使われます!』


 騎士のオレンジ頭の右にとまった銀蜻蛉が、彼の耳元で、そう呟き指示を出した。ざらついた音声で聞き取り辛いが、まぎれもない彼女の声だ。


「(あのこの髪留めの蜻蛉?)ソウジョウ? もしかしなくても──僕も知らないヤツか! 宮廷魔術師様とキミの気遣いは分かった! なら、死ぬ気のヤル気で、でりゃぁ!」


 煙る光景を突き破り現れた、先走り、噛みつかんばかりの大蛇の怒りを、リンドは後方に身を捻り宙返りするように躱した。


 そして、顎下、喉元に突き刺した剣を滑らせる。ジェットコースターのレールにでもするように、オレンジ髪の騎士がうねる大蛇のコースを〝自由に落下〟しながら刃鋭く青い魔力の火花を散らし駆け抜けていった。


「騎士リンド・アルケイン! ご丁寧に空に敷かれたッ、大蛇ぐらいのアトラクションじゃ、怖くはないゾぉ!! ハハハッ!!!」


 ヤル気を見せる彼を止められるものはいない。誰かに求められる今、一瞬一瞬こそが、騎士リンド・アルケイン、彼の懸けて生きる全てだ。

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