第9話 迷走、瞑想、迷想

 森の中で暴れ続けるオレンジの風は、いかに阻もうが止まらない。宝石林檎や青林檎、毒毒しい色合いの魔の果実でさえも、寄らば斬られる鋭い剣風に砕けゆく運命だ。


「騎士か木こりか分からないが。今日のリンド・アルケインはもしかすると、──尋常じゃないぞ! うおぉ!!」


 木を薙ぎ倒していくのは騎士、剣士。飛び込み果敢に乗り込んだ巨大魔獣の背、甲羅の上に背負い込む魔のクリスタルの森の景色を蹂躙していく。剣に力を込め暴れ回る一陣のオレンジ風はもうその剣が折れるまで、止まりはしない。


 そんな騎士の果敢な攻勢に乗じて、遠隔で魔術師の操るオーバーウェポン【散る鏡】は、巨大魔獣の腹へと潜り込み魔光弾を照射した。熱量を上げたビームが防御の薄い腹を斬るように焼き、首無しの巨大亀魔獣の唸り声が地にどよめいていく。


 だが、そんな手応えにも魔術師の表情に笑みはない。垂れる頬の汗をローブの袖に拭いながら、遠く浮かぶ散る鏡に号令をかけ、自分の元へと戻していく。


(やはりミラーのフォトンパワーが落ちている。核となる邪気孕む破鏡がまだ見当たらんとなれば、この陸亀を屠るには魔力と時間がかかる。幾度か足を焼き切っても樹木のように根が束になり再生をするとなれば、それも直接のダメージにはならず賢いやり方ではない……。やはり、腹の中の供物が尽きる前に、〝アレ〟をやるしかあるまい────)


 魔術師は周囲の林檎の魔獣と依然戯れているレイを見つけ、発するその声のボリュームをいつもより上げ、告げた。


「おい、ミラーウェポン屋のオンナ。しばらくこの身を任せたぞ。私はこれより散る鏡を集め、【相生の魔術】を行使するための瞑想に入る」


「はぁ!? ちょちょっ、何をおっしゃって……! いっ、いきなり任せるなど、大それた作戦があるとしても、まともな説明というものを!?」


「魔光弾を垂れ流すだけでない、あの亀を黙らす〝オーバーウェポンの真の使い方〟をお礼に見せてやるというのだ。それともこのままチマチマやりたいか。馬鹿げているな」


 魔術師は、彼の魔力に呼応し金の柳揺れる黒鞘に納めた懐刀を前に突き出し、そう説明を求めたレイにまた告げる。


「お礼!? おっ、オーバーウェポンの真の……? その瞑想とは……どれぐらい」


 お礼の意味はきっとその懐刀、彼女が貸し出し中のミラーウェポンのことだ。異様に金の柳の紋様が騒ぎ揺れ出した鞘の様を見て、レイは魔術師の言う〝瞑想〟に一体どれだけの集中を要するのか、心を落ち着かせ冷静に問うた。


「枝にとまった小鳥が嘴を囀り羽を休める程度の、ほんの少しの間だ。その間に内なる魔力を重ね練り上げる必要がある、分かるな。よって、今よりオーバーウェポンは、ただの武器ではない、我が深心を映すそのための鏡だ。では、たのんだぞ──」


 そう丁寧に言い、【散る鏡】を自身の周囲に展開した。魔術師の男を中心に星のように軌道上に乗り、鏡たちが静かに回り始める。既に目を閉じているということは、〝瞑想〟にもう入ったということだ。黒いとんがり帽子に垂れ下がる長い銀の髪が、不思議に起こるそよ風に、揺らぐ──。


「アちょっと!! もうっ、なんでこうなって……そこっ!!」


 さっそく無防備に目を閉じ佇む銀髪の男へと、飛び付いてきた林檎を、反応したレイは白杖で叩き返して砕いた。


「オーバーウェポンがただの武器ではない……シンシンを映すための…鏡……? ……もう知らないっ! こっちも〝ただの武器〟じゃないんだからっ! プロトロッドで! かかってきなさい! ────なるべく私にっ、ネ!!」


 オーバーウェポンがただの武器でないのなら、ここまで魔獣を砕き続けたプロトロッドもただの武器ではない。


 レイ・ミラージュは露払い役を買って出た。今この瞬間この時間だけは、正気でない、鏡の星を宙に回し、祈り佇む銀髪の魔術師様の身を守るために。


 それが男の彼女へと見込み宛てた挑戦状だというのならば、いかなる命運をご勝手に託されようと、子爵令嬢レイ・ミラージュは受けて立つ。


 白杖に込めた白き光が、次々と忍び寄る赤き邪悪を熱く撃ち抜いた────。

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