第8話 懐刀

 降り頻る宝石林檎の魔獣を各々のやり方で滅しやり過ごす三人であったが、突如、宮廷魔術師は剣一本で暴れ続ける騎士に対してその手を伸ばし、とある要求をした。


「おい、騎士リンド・アルケイン。俺にその剣をよこせ」


「え、なんと? お望みであればいいですけど、それまで僕に丸腰でいろと! はははは、あいにく一介の騎士は宮廷暮らしのあなたより懐事情が厳しいので、余分を持ち合わせちゃいませんよ」


 騎士リンドの腰元には鞘が一つ、そして片手に剣が一本。彼の持ち合わせはそれだけである。それ以上の余分な武器を彼は持たない変わった性分なのだ。


「チッ、無鉄砲なヤツめ(オーバーウェポンの長時間運用になるとはな。魔力集光し、発する散る鏡のフォトンパワーが落ちつつある。────私の運星まで、他者の凶兆に引っ張られたとでもいうのか)」


 軽く舌打ちをした宮廷魔術師も、オーバーウェポン【散る鏡】しか持ってきていない。しかし、先ほど兎の棲むクリスタルツリーを倒した時に、誰かにオーバーウェポンを披露する如くか、必要以上に派手にやりすぎたようだ。それが仇となったのか、今、散る鏡の放つ魔光弾の威力・光量が落ちつつあると魔術師の男は察していた。それにこれほどの連戦、未知の大型魔獣に対しての長期運用は彼の慧眼をもってしても想定していなかったのだ。


「であればっ、お使いなされて!」


 そんな騎士と魔術師のやり取りを盗み聞き横目に見ていたレイ・ミラージュは、魔獣と戦いつつもお困りの銀髪の男に対し、隙を見て、懐に隠していた短い物体を投げつけた。


 回転し飛んできたそれを手に受け取った宮廷魔術師は、金の紋様を施されたその黒筒を開けた。そして、水の流れのように舞い、喰らおうと舌なめずりし襲ってきた宝石林檎の魔獣どもを軽やかな身のこなしで次々に斬り刻んだ。


「フム、切れ味はまずまずか」


 宮廷魔術師は乱れてしまった銀髪を掻き上げながら、手元に握っていたミラーウェポンを見る。それは短刀であり、懐刀。レイ・ミラージュのもしものために隠し持っていた、金色の柳の紋様をされた黒鞘の懐刀であった。


 この世では珍し気なウェポン。その短い刀のなかなかの切れ味を、また片手間に魔物を捌き確かめつつ、宮廷魔術師の男は念入りに興味深そうに見入っていた。


「当然マジックミ……じゃなくてっ! サブのミラーウェポンは持っておくものなので! そう何度も教えられていますからっ。──もちろん、オーバーウェポンよりはお気に召されないでしょうが!」


 レイは強気にそう言った。役に立ったその懐刀のことを饒舌に語りかけたが、喉元寸前でこらえて。若干の皮肉混じりに、銀髪の男へと言い切った。


「フンッ────」


「言い返せないとはお珍しい。(お株を奪う、騎士顔負けの動きはやめてもらいたいが)」


 騎士リンドも彼女の言葉に乗じて、いつもの返しの言葉が出てこなかった魔術師へと口を挟んだ。


「お前もサブとやらを持て」


 それでも魔術師は騎士に対して忠告した。このような用意の良いサブのミラーウェポンを、剣一本ではなく、騎士のお前がちゃんと持っていれば良かったのだと言いたげに。


「ははは、ここを生きて帰れて、なおかつ、この剣が欠けていれば考えます」


「剣一本の向こう見ずのお前が、『生きて帰れて』だと」


「そういう日が今日だっただけですよ! ははは! じゃあそちらはお任せします! これ以上、あなたのような自由人の腕前を見ていると、ヤル気が削がれてしまうので!!」


 騎士リンド・アルケインはそう短刀で華麗に林檎を刻みつづける魔術師に告げた。そして、剣を片手にマントをはためかせ、今指で高く指し示したターゲット、〝巨大なクリスタルタートル〟の鬱蒼と樹木茂る背中を目指し駆けていった。


(やはりお前は死ににいきたいのか、ミラーナイツ末席、いや、世界ガライヤの外……【魔境】の漂流者リンド・アルケイン)


 魔術師はその緑のマントと、燃えていくようなオレンジ鮮やかに靡く髪の行く末を、訝しみ見ながらそう心中でつぶやいた。


「って、あの人はまた仕掛けたのですか!!」


「それがヤツだ。ここに行き場のないヤツの命の遣いようだ」


「命の……使いよう?」


 レイ・ミラージュは、オレンジ髪の騎士が前のめりに突き進み起こす、赤い魔獣を散らす激しい剣風を目に据える。


 同時に銀髪の男が静かにつぶやいた言葉に、どこか自分の懐で深く信条とする「あふれる冒険」とは異なる意味合いを、その見据える騎士の背に重ね、なぜか感じてしまった────────。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る