第5話 剣と自由とオーバーウェポン

 砲を付け進化したクリスタルツリーと魔獣アルミラージたちはもろとも討たれた。オーバーウェポン【散る鏡】の威力の味わわされ、崩壊していくクリスタルの巨城の様を、輝く破片群が地にすべて落ちるまでレイ・ミラージュが眺めていると──


「オーバーウェポンだからなんだという」


 強い風に靡く黒髪とワインレッドのケープ、地を着く白杖、そんな女の背が彼には見える。宮廷魔術師の男は今、彼女レイ・ミラージュが思わず口ずさんだ言葉を耳にし、その背を睨むように問うた。


「いえ、ただ……」


 男の声に反応し、声のする方に振り返ったレイであったが、その男の顔が近い。そんな足音も無かったというのに、今振り返った彼女の思うよりもずっと近くにその男の面があったのだ。


 長い銀髪に、黒い烏帽子のようなトンガリ帽子、袖などのゆったりとした紫のローブを纏う。そしてその端正な面に二つある、黄金の眼はとても綺麗で不思議な色をしている。


 女よりも白くも見えるそんな素肌が──近い。とにかく何もかもが、今そこに突っ立つレイ・ミラージュの視界には近いのだ。


 睫毛の数まで数えられるほどに近い銀髪男の醸し出すリアリティに、思わず固まってしまったレイ。やがて、なおもその距離を詰め寄る男は、ゆっくりと手を伸ばした────。


「お前の持つこれは珍しいが、ふむ────オーバーウェポン程の威力はなさそうだな」


 そしてご勝手に、レイの手にする白杖の先を撫でながら何かを確かめていく。オーバーウェポンを操る宮廷魔術師としての慧眼をもってして、その興味の対象である彼女の握るミラーウェポンに彼のしなやかなその指先が一本一本、べたべたと────


「──!? おっ、オーバーウェポンでなくても、気に入っていますから!」


 レイは自分のパーソナルスペースを悠々と侵入したその得体の知れないオーラを放つ銀髪男から離れてた。後ろへと後ずさり、絡まる男の指先をその白杖の先端から外し、レイは慌てながらもそうきっぱりと言った。


「ならお前は〝これ〟をある日手にする機会を得ても、そのお気に入りを使うとでも言うのか」


 レイが後ずさり銀髪男を睨んでいると、背後から視線。いや、それだけではない上から、横から斜めから、股の下までも──


 なんといつの間にやら、【散る鏡】が彼女を取り囲んでいた。今、鏡の欠片たちに四方八方から睨まれてしまったレイ、果たしてこれはどういう意味なのか。目に映る銀髪の男のする冗談なのか本気なのかも、そんなことは銀髪の男のことを知らないレイ・ミラージュにはわからない。


「それで足りうると言うのならっ、今手に入り今手に合うものを自由に選べる、それこそが良きものと存じています!」


 だが、レイは散りばめられた鏡たちの複雑に彼女の一身に突き刺さる視線に動じながらも。強張った表情で、真っ直ぐに彼のことを見ながらそう言った。


「自由だと、その今手にしているミラーウェポンがか」


 魔術師はなおも平然としながら表情を変えず問い返す。彼女の周囲を機敏に位置を変えながらうろつくオーバーウェポンの鏡たちは、まるで彼の思考パターンでも表しているかのようにせわしなく動きだした。


 止まっていたオーバーウェポンたちがそのような動きを見せる。もはやレイには銀髪男の考えている意図が分からない。しかし、散る鏡たちがとめどなく動いている様が敵意や威圧というよりは、相手のことをおちょくっているようにもレイには見えたのだ。


「こういうもののひとつひとつを自在に操れれば、自由にも近づけると、思っています! だからこうしてっ自分の手に合うものを改良を重ねて使いたいと思うのは当然です! たとえオーバーウェポンでなくても……! もっともっと、磨き上げれば自分に相応しい物があるのかと!」


 レイはもはやどうなってもいいと、プロトロッドの先端を男に真っ直ぐに向け、そう強い口調で言い切った。父ベル・ミラージュが心血を注ぐマジックミラー商会の試作ミラーウェポンを、立場は明かせないながらも、馬鹿にされているわけにも彼女にはいかなかったのだ。


 マジックミラー商会の子爵令嬢の差し向けたプロトロッドの先はぶれない。彼女の心情と性格、挑む負けん気をも表すように、真っ直ぐにぶれやしなかった。


 せわしなく動いていた散る鏡も、彼女の今放った威圧が効いたのか、ぴたりとその動きが急に止まった。


 黒とクリーム色の珍しいオッドアイ、その物怖じせず挑む子爵令嬢の瞳と、やはり表情ひとつを変えることのない宮廷魔術師、その万事を見透かすようにも思える輝かしい黄金の瞳が、長々と絡み合うほどに睨み合っていた────。


「手に合うものを自由にか、なるほど……僕の手に合うのはやはり〝これ〟か。そして、一介の騎士がこっちに付くのもある種の自由かな。はは」


 不意に子爵令嬢と宮廷魔術師、立場の全く違うそんな二人の横から割って入ったオレンジ髪、騎士リンド・アルケインは彼女の言葉に同調した。そして、その緑のマント背に彼女を隠した。銀髪の男の視界を遮るように、オレンジ髪の騎士が穏やかでない二人の会話劇に割って入ったのだ。緊張感のないいつもの微笑みを添えて。


「フン。ただ剣の形をしているだけだろうお前は、中途半端だな」


 すると、レイ・ミラージュを取り囲んでいた浮かぶ散る鏡たちが一つ一つ戻っていく。宮廷魔術師の纏うゆったりとした紫ローブの腕袖の中へと、次々と小さな鏡は吸い込まれ回収されていった。


 オーバーウェポンを慣れたように淡々と回収しながらも、銀髪の魔術師はなおも喋りつづける。今度は視界に現れたオレンジ髪の騎士の携えた剣に目をつけ、それを「中途半端」であると評価した。


「はは、【ラーミラ教】はその件に関して口うるさいですから。だから僕の同僚の〝一介の騎士たち〟は、この剣一振りにも色々と仕掛けの限りを施すんですよ。あなたのようなオーバーウェポンを扱える資格のある自由人ばかりじゃない。仮にそうなるともっと世のあり方は今より危ういですよ、きっと? ははは」


 自分の腰元左側にぶらさがる鞘付きの剣を、首を下方に捻り見つめた騎士もそのウェポンが「中途半端」な代物であると認めた。彼の言う【ラーミラ教】の制限が、彼の属するその教の麾下の【ミラーナイツ】にはあるが故だ。


 だが、自分はまだまともな方でありオーバーウェポンを自在に扱う目の前の宮廷魔術師の方が、このガライヤの世では珍しく危うい存在なのだと、騎士リンド・アルケインは仄めかすように言った。


「ジラルド公国の後ろ盾に、よく口うるさいと文句を言うものだ。その後ろ盾のラーミラ教の教えに則り、手厚く守護するお前がな」


 だが騎士の言葉も魔術師は意に介さず、逆にその飄々としたオレンジ髪の雇い主であるラーミラ教のことを今「口うるさい」と評した一介の騎士の口の悪さに対して、皮肉を言った。


「だからこうしてジラルドの自由のために後ろ盾としての仕事を、今しているじゃないですか。今は、〝前で〟ですけど」


「中途半端なウェポンで、ふざけた切り株どもに負けていては世話にならん。そして盾にもならんな」


「ははは、あ? でもさっきの兎城ではまさしく盾のように働いたでしょ?」


「盾などいい、剣でさっさと仕留めろ」


「ア!?ははははは。いやぁーー、買いかぶりすぎでは! 僕のこと、はははは評価してくれるのはうれしいですけどねっ!」


「馬鹿にしているのも分からない馬鹿がいるとはな」


「はははは、さすがにもっと相性の良い魔獣を今度は用意してくださいよ。アレは剣のスケールじゃないですって。そうしたらもっとヤル気を見せれるかもしれない?」


「フッ。アレぐらい仕留められないようでは、ラーミラ教の私兵どもも大したことはないな」


「ぅあっ!? またあなたは堂々と……なんてことを言ってくれるんですか……」


「雇い主を侮辱した罪を問うか? 実力行使なら歓迎してやろう」


「ご冗談を……! ────あ、そうだ? 今の、聞かなかったことにしてあげてもいいですよ! ははは、どうします?」




(ジラルド公国と、ガライヤの世を広く説くラーミラ教が……何の関係が? この人たちは何者でさっきから何を、口々に争いあって)


 子爵令嬢レイ・ミラージュはまるで置いてけぼりをくらったように、後ろで立ち尽くしていた。


 そんな騒がしく話し込んでいた自称一介の騎士と宮廷魔術師の話内容を、彼女も知る【ジラルド】やこの世界ガライヤに広く布教されている【ラーミラ教】のことを、耳を立てて盗み聞きし熟考していると──


「「でだ」」


(なっ、なんなの……なんで二人で睨んでるの)


 剣の柄に手を置いたオレンジ髪、散る鏡たちをまた展開し騎士を包囲した銀髪。そんな穏やかでない様子で睨み合っていた、手にする武器も恰好も性格もその戦闘スタイルまでも違う二人の男たちが、レイの視界にはいた。


 だが、そのままの姿勢恰好で男どもが今一斉に振り向いたのは、遠目に映る黒髪の彼女の方。

 不意に彼女を襲った銀髪の魔術師の鋭い視線とオレンジ髪の騎士のニヤつく眼差しに、謎の緊張感に身震いした子爵令嬢レイ・ミラージュは、手元のプロトロッドを頼りにするようぎゅっと握りしめた。

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