第50話 最愛のお姫様
母の病状もあって、結婚式を早急に行うことになった。
色々と考慮したが、とにかくリーズのタイムリミットが近いこともあり、忙しくなってしまったがこれには父である国王陛下やヴィオネ宰相を筆頭に全員が納得してくれた。
よくここまで俺とリーズの関係について我慢してくれたものだと周囲の人達に感謝した。
そんな風に執り行うことになった結婚式だが、さすがに時間がなさすぎたため、王太子である俺の結婚式としてはかなり簡略化されたものとなった。
ただドレスだけは、実はかなり前から準備だけはしてきていた。
それこそ婚約が決まった時から、もしもそうなってくれたら……と半分夢のような気持ちで仕立てておいた。
リーズの肌にあった純白のドレス。
それにゴールドのエンパイヤレースで長いトレーンを飾った。
俺が護るという意志をそこには込めていた。
ドレスを纏って目の前に現れたリーズは、幼い頃から夢見たその姿だった。
俺のお姫様。
ずっとずっと想い続けたお姫様。
本当に俺と結婚してくれるというのか。
たとえそれが巫女の加護の力を維持するためのものだとしても、もうそんなことはどうでも良くなった。
祭壇前まで歩く時も、リーズが隣を歩いてくれていると言うだけで空に舞っていきそうなくらい有頂天になっていた。
それを表に出さないように、冷静に見えるように頑張って心を落ち着かせる。
けれど、隣のリーズは俺よりももっと緊張しているようで、足が竦んでいたから、しっかりと支えてあげた。
こんな風に、リーズを護れる立場になれたことがなによりも嬉しかった。
婚礼における種々の儀式を執り行い、最後にリーズに軽いキスを落とす。
リーズの頬が紅潮し、すぐに目をそらされてしまったが、初めて触れるリーズの小さく柔らかい唇が、より俺の心をリーズから離れられなくしてくれた。
*****
夜のパーティーはそこそこに参加させてもらい、母に挨拶に行く。
そこで母には俺が幼い頃からリーズのことが好きだったことをバラされた。
たしかにそれは嘘ではないし、以前にリーズに伝えたこともある。
けれどもこうして第三者から言われることがどれだけ恥ずかしいか。
どんな羞恥プレイだ。
しかも母親からだぞ。俺はもう20歳なのに。
そんな事を言われて、リーズがどんな反応を示しているのかチラリと見やると、淡々と母に言葉を返していた。
事務的に感じるその言葉に、少し落胆する。
リーズにとってこの結婚は、やはり形式的なものなのだろう。
俺のことは信頼してはくれているようだが、恋愛感情はそこには無いのだろう。
寂しく思う。
思うけれども、覚悟はしていた。
これも全て、俺が今まで取ってきた言動のためだ。
リーズにあれだけ嫌われていたのに、こうして結婚という形を取ってくれることを了承してくれただけで俺にとっては奇跡なのだ。
リーズと共に母の部屋を後にし、部屋に戻った。
今夜、最初で最後のリーズとの夜を迎える。
きっとリーズにとってはこれすら形式的なものだと思っているのだろう。
せめてそれを良い思い出にしてくれたら。
けれども、やはり自信はない。
これがリーズにとって最善の選択肢だったのだろうか。
結局最終的にはリーズを追い込んでしまったのではないだろうか。
隣り合った部屋。
リーズの部屋のドアの前で、俺はもう一度リーズに俺で良いのか問うた。
リーズからは淡々とした返事が返ってきた。
覚悟は決めている。
エグモントのことはふっ切れている。
言葉ははっきりとしていて、迷いは感じられなかった。
「殿下もいい加減覚悟を決めてください」
覚悟。
うん、覚悟。
そうなのだけれど……
「それでも、俺の一方的な思いを押し付けた気がしている」
「違います。二人で決めた未来です。私と、シャルで」
名前……
幼い頃、より親しく感じられるでしょう?と言われてミドルネームからつけられた愛称。
いつしか呼ばれなくなり、もう二度と呼んでもらえないと思っていたその名前。
「結婚したので、もう不敬ではございませんよね。二人きりの時はこう呼ばせていただいても?」
あぁ、リーズはどこまで俺の気持ちを昂揚させるんだ。
そんな風に呼ばれたら、また色々と勘違いしてしまいそうになる。
幼い頃からのリーズへの想いが頭の中を駆け巡り、それが溢れ出し、気がついたらリーズを抱きしめていた。
お互いの体の間に隙間がなくなり、聞こえてくるのは心臓の音だけ。
俺の心臓は跳ね上がるほどに大きく鼓動を刻んでいたが、それに呼応するようにリーズの心臓もバクバクと音を立てていた。
リーズが上目遣いに俺を見上げた。
こんなに近くでリーズを感じられたことがあっただろうか。
それでもリーズはその色白の頬をピンクに染めて微笑んでくれていた。
そっと抱きしめたまま額にキスを落とす。
今夜、リーズへの気持ちをどうやって落ち着かせたら良いのかが全くよく分からなかった。
この気持ちを抑えきれるのだろうか。
どうしたらいいのかと頭の中が混乱しそうになっていたら、リーズの部屋のドアが開いた。
慌ててそこでパッと離れる。
侍女が顔を出し、夜の準備をと声を掛けてきた。
危なかった。
本当に、こんなところでやらかしてしまうところだった。
リーズは笑顔で「また後ほど」といって部屋に入っていった。
その場で壁に凭れながら、バクバクと高鳴る心臓を押さえる。
沈まれ、沈まれ!
俺には今日しかないんだ。
俺の最愛のお姫様を抱ける権利。
精一杯優しく、リーズにとって良い思い出になれるように。
*****
オレの部屋では侍従が待っていて、お風呂の準備をしておいてくれた。
さっと湯浴みを済ませ、ガウンを纏ってソファに腰掛ける。
「殿下、妃殿下はまだ時間がかかると思いますので、何か飲まれますか?お酒かお茶か、どうされますか?」
妃殿下。
そうか、リーズは妃殿下となったのか。
不思議な響きだった。
俺に妻が出来たんだと実感できるその単語。
それがリーズなのだ。
未だに信じられない。
「あ、あぁ。ならいつものカモミールティーを準備してもらえるか?」
「あれは心を落ち着けて安眠作用があるお茶ですが、いいのですか?」
これから初夜を迎えようとしているのにそんなお茶を飲むなんてと思われているが、そもそも最近毎晩飲んでいるが全くそんな効き目がない。
俺にとってみたら眠れるお茶などではないから気を遣う必要などない。
それよりも、いつものルーティーン通りでないと気持ちが落ち着かないんだからそれで良いんだ。
そうこうしているうちに、続き部屋のドアがノックされてリーズが入ってきた。
ナイトガウン姿のリーズは少しだけ無防備で、化粧を落としたその素顔はいつもよりも柔らかく感じた。
リーズがソファの横に座ったので、お茶を勧める。
バクバクと高鳴る心臓の音が聞こえないか心配するが、人一人分くらい距離を取って座られたのできっと大丈夫だろう。
リーズが俺を見てため息をつく。
これはどういった意図だ?
何か気に障ることをしてしまったのだろうか……
「シャルはモテそうと今思いました」
え?モテそう?
何故今そんな話なんだ。
少しだけツンと唇を尖らせてそんな事を言いだしたリーズが可愛くてたまらなくなる。
俺は別にモテるわけではない。
確かにこの肩書に群がってくる女性は多いが、それだけだ。
実際に少し中身を知られたら、きっとこのひねくれた性格の悪さに辟易とされて離れていくことだろう。
俺は、リーズだけが受け入れてくれればそれでいい。
リーズだけが分かってくれたらそれで良いんだ。
そっとリーズとの距離を詰める。
肩と肩がぶつかった瞬間、リーズがピクリと身を震わせ、俺の方をそっと見つめてきた。
近くに感じるリーズの呼吸が俺を誘う。
そっと頬を撫でると、リーズが静かに目を閉じた。
そのまま唇を重ねる。
キュッと抱きしめながら、角度を変えてその唇を味わい尽くす。
リーズを強く抱きしめて、その温かみを感じながら俺は決めた。
一生に一度だけのこの夜を、きっとリーズの良い思い出になれるように……
リーズを抱き上げると、ベッドに向かう。
リーズが驚いているけれど、せっかくの夜なんだ。
時間がもったいないだろう?
ベッドにリーズを仰向けに下ろし、リーズの上を覆うように跨った。
これから遂にするんだ。
リーズを抱くんだ。
リーズに覆いかぶさるようにキスをしようとしたら、リーズがベッドの上の方に逃げていく。
「ま、まって。シャル。もう一度ちゃんと確認してもいいかしら」
リーズが俺に再度確認を求めてきた。
やはり駄目なのだろうか。
俺では違うと思われてしまったのだろうか。
その気になっていた心がへし折られるような気にさせられる。
リーズは、ガウンの合わせを手で押さえながら、俺の方を見つめていた。そして、「シャルの子供が欲しい」と言い出した。
その話は先日もしてくれていたが、その後は特に何も話に上がらなかったので、一時の感情で言った言葉かとばかり思っていた。
「少なくともシャルのために生きていきたいと思うくらい好きです。シャルが私のことを好きでいてくれるなら、いい加減私の気持ちも受け止めてください」
リーズが俺のことを好き?
あれ?
耳がおかしくなってしまったのではないだろうか。
幻聴じゃないよな?
リーズがそんな感情を俺に持ってくれるなんてあり得ないのに、幸せな錯覚をしてしまいそうになる。
「ずっと大事にしてくださってありがとうございます。私、シャルのことちゃんと好きです」
もう一度、リーズから好きだという言葉が告げられて、いても立ってもいられなくなりリーズをギュッと抱きしめた。
もう遠慮しなくていいよな。
リーズのことを全力で愛しても良いんだよな。
そう思ったらリーズに激しくキスを落としていた。
*****
その一時は、まるで夢のようで、幸せな気持ちで一杯にさせられた。リーズが俺の方を見てほほえみながら、キュッと抱きついてきてくれる。
再度、愛を確認すると、「私もシャルを愛しています。これから生涯をかけて、私はシャルの立場を守るので、私のことも守ってくださいね。」と言ってくれた。
すっかり有頂天になった俺は、リーズをギュッと抱きしめてホワイトブロンドの髪の中に手を入れると、その旋毛にキスを落とした。
*****
リーズとの結婚式のちょうど1週間後。
母が逝った。
医師曰く、ここまで耐えられたのは俺とリーズの先行きを案じていたからだろうとのことだった。
最後の1週間は、何度母のもとに足を運んでも目を覚ますことがなく、結局結婚式のあの会話以来話をすることが出来ないまま母は逝ってしまった。
リーズもその事を案じてか、現の死者として残っていないかあちこち探してくれたのだが、母らしき者は見当たらなかった。
母の葬儀が王都神殿で行われた。王妃の葬儀ともなると多くの参列者が並び、母との最後のお別れをしようとしてくれていた。
大神官がお別れの言葉を述べている時、ふと横を見ると物凄く動揺しているリーズがいた。
どうしたことかとリーズの腕に触れて訪ねながら、リーズの目線の先を辿ると、ふわふわと空に浮いている母がいた。
見間違いか?何だあれ?思わず声を上げる。
慌ててもう一度見上げてみるものの、特に見当たらない。
幻だったか?と思い、リーズの腕を引き何があったか尋ねようとしたら、リーズが小さく指を天井の方に向けた。
再度見上げてみると、やはりそこには母がいた。
「や、やっぱり!母上!!」
*****
リーズの巫女の加護の力は、俺と一夜を共にしたことによってその力を強めて定着させた。
その強まる方向が、“現の死者を感じることが出来る者がリーズに触れることによってその存在を見聞き出来るようになる”というものだった。
リーズの力は、ずっとリーズにしか分からなかったため、今までも一部の者に詐欺ではないか、嘘をついているだけではないかと噂されているらしいという報告は受けていたが、第三者にも現の死者を見せることが出来るようになったその力は、ラオネルの巫女としてリーズをより多くの民に受け入れられるようにしてくれた。
俺や父である国王も、母との最後の別れをゆっくりすることが出来た。
久しぶりに元気な母と会話が出来、母だけでなく、俺や父の、最後にちゃんと会話すらできなかったという心残りも全て昇華することが出来た。
どれもこれもリーズのおかげだった。
エグモント、俺はずっとリーズとこの国を大切に護っていくから、いつかどこかでまた幸せな生を迎えてくれることをずっと祈っているぞ。
俺の最愛のお姫様は、出会ったときよりも数段美しい輝きを持って俺の隣に立ってくれている。
この人を生涯護り抜いていくんだ。
それが、未来の俺への誓いなんだ。
終
亡き者と通じる加護の巫女 あお @aaacccooo
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