第48話 憧れの存在へ

 戦争締結300年の今年、戦没者追悼式が大々的に行われることとなった。

 当時の戦地だったバシュラール領の平原で、対戦国の隣国や周辺諸国の要人を招待して大々的に行うのだ。

 今回、ジョシュと二人で企画した内容が遂に通った。

 それは巫女の加護の力を対外的にもアピールしていくということだった。

 我が国は、それなりに資源も豊富で気候もある程度穏やかで落ち着いている。

 戦後は隣国に対して有利な条件下で経済的取引も行うことが出来ていることもあり、現在は外交的には平和で落ち着いたものだった。

 けれどもそういった平和はずっと続くとは考えにくい。

 平和に胡座をかいていたらいつ寝首をかかれるか分からない。

 常に他国に対して有利に立つためには、そろそろ切り札のひとつでもある巫女の力を少しずつ外交に使っていけないかというのが出した結論だった。

 リーズの力はこの戦没者追悼式にちょうど良かった。

 300年経つとはいえども、当時戦争で殉死した人達の憂慮を今からでも解いてあげることは、友好の証としてまさにピッタリだった。


 事前に調査でリーズに動いてもらう。

 その間、式典準備で早めにバシュラール領入りしていた俺たちは様々な準備で忙殺されていた。

 リーズは現の死者として残ってしまっている戦没者たちをリスト化し、その心残りを一つ一つ解決できるようにまとめていっていた。

 個人を特定し、それぞれの子孫や遺族に丁寧にその内容を伝えるレポートとしてまとめていく。

 それだけでもかなりの量で、多くの人員を割きながらも毎日毎日準備に明け暮れることとなった。

 そんな中で、隣国の戦没者でも高官クラスで残っていた現の死者たちの心残りが、現在の我が国との国交関係であることが分かった。

 戦争締結時に結ばれた条約は、戦勝国である我が国に有利なもので、現在までそれが継続している内容も多い。

 そのせいで隣国がどうしても不利益となっているところもあり、なんとかこの辺を少しでも改善出来ないかというものだった。

 確かに様々な点で我が国のほうが有利な部分は多いが、経済的にも物的・人的にも、何かを変えるとなると議会を通さなければ出来ないし時間がなさすぎた。

 けれども出来ればそのような高官クラスの現の死者を、式典当日に次の生に向かわせてあげたい。


 ふと、リーズの腕に光るブレスレットに目がいった。

 これはバシュラール家に伝わるブレスレットで、巫女の加護の力を強めるものだと聞いている。

 リーズがつけていることで、現の死者をよりはっきりと感じることが出来るようになっているらしい。

 ただ、無くとも存在は一応見えるし会話も可能なのだそうだ 

ブレスレットの力がどの程度力の強化に役立つのか分からないのだが、ベアトリスも風を操る公爵夫人もリーズが持てばいいと言っているからリーズがつけていると報告を受けている。


 ふと気になった。

 これを、ベアトリスが付けたらどのような力の強化が作用として起こるのだろうか。

 リーズの巫女の加護の力によって得られる情報を隣国に渡すのであれば、ベアトリスの力も渡せないだろうか。

 ベアトリスの天気詠みの力は、きっと我が国よりも安定しない気候の隣国にとって喉から手が出るほど欲しいはずだ。

 現在のベアトリスの力では隣国の天気までは分からない。

 だからブレスレットを使ってみれば……?


 ベアトリスにブレスレットを付けて広範囲の天気詠みが出来るか確認させると、想像した通り、隣国の天気まで詠むことが出来た。これは使える。

 早速、式典の目玉のひとつとして、ベアトリスの天気詠みの力を隣国に情報として必要に応じて渡していくことが加えられた。リーズは、ブレスレットをベアトリスに渡したことで少し不安でもあったのか暗い顔をしていたが、一応笑顔を保っていた。



*****



 式典当日。

 ベアトリスが午後から雨が降ると天気を詠んでいたが、そんなことは信じられないくらい午前中は晴天だった。

 おかげで恙無く式典は進んでいく。

 ベアトリスが紹介され、天気詠みの力が発表されるとざわつきが大きくなり、歓声が起こる。

 ベアトリスの巫女の加護の力は、世界中に革新的な情報として今後使われていくのではないだろうか。

 天気を事前に知ることが出来るということは、大きな文明の進化だとジョシュに言われていたが改めてそれを実感していた。


 ふと、前の方に立っていたリーズに目がいった。

 回りが歓喜に溢れた声を上げる中で一人青褪めている。

 よく見ると足元が震えている。

 さすがにこの場で緊張しているのだろうか。

 俺はリーズの横にするりと移動し、リーズの背中をそっと支えた。

 こんな場で緊張するなという方が難しいのはよく分かる。

 まずはリーズを落ち着かせなければ。


「動揺するな。俺が今は支えてやるから深呼吸して気持ちを落ち着けろ。リーズの力は特別だ。今までにない新しい時代に必要な力だ。だから自信を持て」


 震えるリーズだけに聞こえるくらいの声でそっと励ました。

 こんなことしか声を掛けられないけれども、今回の式典のメインコンテンツとしてリーズをこの場に引きずり出した責任がある。

 リーズのことを最後まで支える必要があるのだ。


 リーズが壇上に上がる時が来る。

 当初の予定ではリーズは一人でそこへ行くのだったが、震えていたリーズをそこまで一人で行かせるのは心許なかった。

 そっとエスコートし、壇下まで誘導する。

 リーズは壇上に上がり、当初の予定通り現の死者に語らいかけ、そして白い光が一瞬舞い上がり消えていく。

 現の死者が次の生に向かっていった瞬間、唯一目にすることが出来るその光。

 その不思議な現象をここにいる多くの客人たちが目にすると、一瞬の沈黙の後大きな歓声が上がる。


 リーズは笑顔だった。

 ホワイトブロンドの髪が風に揺れ、穏やかな微笑みを浮かべている。

 そんなリーズと目が合った。

 俺にもその笑顔を見せてくれた。


 あぁ、リーズはやっぱりお姫様だ。

 あんなに輝いて可愛らしい彼女は、俺にとって唯一の姫だ。

 これだけの客人の前で皆に注目されて輝いているお姫様。

 俺は、そんなリーズにふさわしくなりたい。

 ふさわしくあれるようにもっと頑張らなければならない。

 彼女の気持ちがたとえエグモントに向いていたとしても、リーズだけを護って生きていきたい。

 リーズの為なら何でも出来る。

 俺の立場だって捨てられる。


 リーズが好きだ。

 大好きだ。


 改めて、リーズのことしか考えられない自分がおかしくなった。

 もう何年越しの片思いをしているというのだろう。

 あぁ、もう10年か。

 もうリーズ以外を好きになれる気がしない。

 リーズのことしか分からない。



*****



 今日の式典はいい式典だった。

 外交という意味でも成功だったし、未来に向けた巫女の在り方を示せたのではないかと思う。

 ジョシュたちと上機嫌になりながらバシュラール邸へ戻ってきた。

 砦も兼ねている石造りの城のようなバシュラール邸はとても広いため、戻り次第、今日の関係者は一度運営控室に全員集合する段取りとなっていた。


「リーズはまだ戻らないのか?」


 ジョシュがベアトリスに聞いていた。

 確かにリーズがまだ来ていない。

 ベアトリスがソワソワとしている。

 確かベアトリスとリーズは一緒に会場を後にしていたはずだった。


「えぇと、お姉様なのですが……エグモント様に呼ばれたといってラオネルの石碑に寄ってくると……」

「今から雨が降るというのにか?大丈夫なのか、リーズは」


 エグモントに呼ばれてラオネルの石碑に?

 俺はパッと窓の方を見た。

 先程までの晴天が嘘のように、厚い雲が空を覆いだしている。

 雨が今すぐにでも降りそうだ。

 エグモントは何故こんな天気になると分かっていながらリーズを呼び出したんだ!

 心の中がざわつく。

 嫌な予感がしてたまらない。


「ローラン!石碑まで案内しろ。リーズを呼び戻す!」


 居てもたってもいられなくなり、俺はバシュラール邸を飛び出していた。

 バシュラール邸のすぐ側にある森の奥深くに、ラオネルの教えが刻まれた石碑がある。

 そこを守り続けることがバシュラール辺境伯の仕事の一つでもあった。

 この石碑は気が遠くなるくらい昔からそこに存在する。

 そこには、我が国の考え方の根幹となるラオネルの教えの全てがあった。


「殿下!ちょっと待ってください。石碑には、バシュラールの血脈のものしかうまくたどり着けません。下手に行くと森で道に迷います。俺に着いてきてください」


 ローランが後ろから追いかけながらそう言ってきた。

 石碑のある場所には、バシュラール家の者しかうまくたどり着けないのだそうだ。

 何故か森で迷う。

 どんな力が作用しているのかは分からないが、そういうものなのだそうだ。

 ローランが少し早足で、俺のことも気にしながら進んでいく。

 15分ほど森の中を歩いただろうか。

 ぱっと開けた場所が見えてきた。


「あそこに石碑が……あ、雨が。うわっ、一気に強くなってきてしまいました」


 パラパラっと降り出したかと思ったら、すぐに強い雨に変化する。

 けれども今はそんな事は言っていられない。

 石碑、石碑は?

 奥に行くと、開けた場所の奥に石碑があり、そこにリーズがもたれかかるように立ち竦んでいた。

 雨に濡れながら、恐怖の表情を浮かべながら。


「リーズ!そこにいるのか?!」


 慌ててローランと共にそこへ行き、リーズを自分の方へ引き寄せた。

 びしょ濡れになった体が冷えてきていて、顔は青褪めている。

 一体何があったというのだ。

 この雨の中、リーズに何が起こっていた?

 エグモントか?

 エグモントのせいなのか?


「エグモント様……」


 リーズが石碑の方を見ながらエグモントの名前を呼んだ。

 どうやらそこにエグモントがいる。

 俺はエグモントに対して思わず声を荒らげた。

 雨が降ると分かっていながら、今日は大事な式典で、その後には客人を招くパーティーも行われると分かっていながらこうしてリーズを呼び出すなどという愚行を、エグモントがするなど今まででは考えられなかった。

 それほど、エグモントも追い詰められているというのだろうか。

 エグモントも、ずっとここにいる。

 現の死者として。

 それだけこの世に未練があるということなのだろう。

 あぁ、きっと、俺は恨まれている。

 エグモントの憂いを晴らすために、俺という存在がきっとどうしようもなく邪魔でしか無いのだろう。

 エグモントの死の原因を作り、リーズの側に意地になっていようとする俺になど、エグモントからしたら恨みしか無いだろう。

 リーズをローランに預けて、石碑に向けて俺は叫んだ。


「エグモント。俺はどうしたらお前に償える?俺への怒りをお願いだからリーズに向けないでくれ。あの時、俺が無理やり外出しなければあいつらに目をつけられることもなかった。あの事件の発端は俺の身勝手な行動のせいだったのは分かっている。本当にすまなかった。エグモントにもリーズにも、キルシュネライト家にもどう償っていいのか未だによく分からない。だけれど、リーズをお前のいいように使うのだけは止めてくれ。リーズは関係ないだろう?」


 頼むから、リーズにだけはその恨みの矛先を向けないでくれ。

 俺の出来る償いは何でもする。

 リーズのことを諦めろというのであれば努力する。

 リーズを好きな気持ちだけは持ち続けてしまうかもしれないけれど、それを表には絶対に出さないから、頼むからリーズにだけは強く当たらないでやってくれ。


 しばらく雨風の音だけがそこに響いていた。

 リーズとローランは何かを話ししているが、雨の音にかき消されてよく聞こえなかった。

 ただ、リーズがずっと石碑の方を見ているから、もしかしてエグモントは何か言っているのかもしれない。

 そこに居るエグモントの存在だけはずっと強く感じていたけれども、そこから感情を読み取れる訳でもない。

 ただ、俺は感じるだけでその存在をはっきりと確認出来ないエグモントへの言葉を連ねていた。

 エグモントの未練が昇華されることを祈りながら。


 エグモントは、俺にとっては憧れの存在だった。

 エグモントのように成長出来れば、エグモントのようになれれば、リーズからも好かれるのではないかとも思っていた。

 リーズがエグモントのことを好きだと?

 そんな、当たり前じゃないか。

 だってエグモントだぞ。

 あの完璧超人のエグモントだぞ。

 リーズが好きになるのも当然じゃないか。

 現の死者としてそこに居る?

 リーズが喜ぶのだからそれだって当然だろう。

 それに、エグモントと繋がれるリーズが少し羨ましかった。

 現の死者となってもエグモントはエグモントらしかった。

 俺のことを見守りたいと言ってくれたり、実家の今後のことを憂いていた。

 リーズの巫女としての在り方までも気にしていた。

 死して尚、俺たちのことばかり考えていた。

 エグモントらしいこの世への未練だった。


 俺は、エグモントからもっと学びたいことがたくさんあったんだ。

 エグモントのように、強く優しくありたかった。

 側にいてくれて、俺のことを護ってくれてありがとう。

 エグモントは、生涯俺の目標だ。


 だから、安心して次に向かってくれていい。

 なぁ、エグモント。

 このままここにいても、エグモントが不幸になるだけだ。

 次の幸せに向かってそろそろ動き出しても大丈夫なんだ。


 返事が分かる訳ではない。

 けれども、俺はエグモントに向けて今の気持ちを発していた。

 全てが伝わるかなんてわからないけれども、エグモントはそこに居るから、俺の思いをきっとエグモントなら分かってくれる。


 ふわりとエグモントが動いた感覚があった。

 その感覚を追うと、ローランとリーズの方へ行ったようだった。

 ローランとリーズが何か話をしている。

 リーズは時折エグモントがいると思われる方向を向いて何かを言っている。

 先程よりも強くなってきている雨風のせいで殆ど聞こえないが、俺のことも話をしているようだった。


「……エグモント様が行くようです」


 そっと近寄ると、リーズからエグモントが旅立っていくことを伝えてくれた。

 ふわっとエグモントの感覚が舞い上がるように感じると、一瞬だけ弱まったように感じた雨の中で一際明るく白い光が散る。

 キラキラと輝くと、それが雨に溶かされるように消えていった。


 あの頃も今も、俺は、エグモントにだけは素直になれた。

 憧れの存在であったエグモントに、少しでも近付けるように。俺は前に進んでいかなければならない。


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