リーズ14歳
第15話 ジェラルドの変化
私が巫女の加護の力を得てから2年が経った。
その1年後くらいにはベアトリスも巫女の加護の力を得ることが出来た。
彼女の力は天気を詠む力。
その頃、ジョシュが西方の農地で天気の予測が付かずに困っているという話をたまたまベアトリスにしたところ、ベアトリスがジョシュのためになりたいと思ったから得られた力だった。
天気を詠む力は何かと便利で、様々な行事や国の活動にベアトリスの力がかなり重宝して使われた。
国民にも広く翌日の天気などを伝えていくことで、国民の活動もしやすくなっているようだった。
ベアトリスはすっかり国民のお天気巫女様と呼ばれて慕われていた。
かくいう私は、学校に戻り学生生活を送りながら、
この世の中、よく見てみると現の死者だらけだった。
この世に心残りがある人は意外に多すぎる。
そして、それらはこの世を生きる人達の問題と直結することも多く、たくさんの現の死者と対面し、その死者の憂いを晴らすようにこの世の人達に働きかけていた。
気がつけば、私は現の死者との通信巫女様などと呼ばれ、毎日のようにあちこちに駆り出されるようになっていた。
なんだか私達姉妹のあだ名、ちょっとおかしくない?
伯母なんて風の精霊巫女様とか呼ばれているのに!
昨日も夜遅くまで、王都の外れの下位貴族のタウンハウスに現れるという現の死者に向き合っていた。
現の死者となってしまったそこの使用人の女性の憂いを晴らしに行ったのだが、内容が内容だったのでなかなかの事件だった。
というのも、その使用人の女性は主人に暴行されていたらしい。
彼女も仕えている相手のことだったので全く抵抗できなかったとのこと。
彼女はその暴行が原因で亡くなったのだが、今は同僚が同じ目に遭いそうになっていてなんとか救いたいという思いで残っていた現の死者だった。
そのクズな主人は、現の死者となった彼女の不穏な空気をずっと感じていたらしく、現の死者をどうにかして欲しいと訴えてきたのだ。
まさか私のような小娘にすべてを明かされるだなんて考えていなかったでしょうけれど、自業自得よね。
仕方がない。
きちんと裁かれてください。
『リーズ、疲れているかい?』
学校の休憩時間、中庭のベンチに座りほっと一息ついている私のすぐ横に、エグモントが来てくれた。
そして私の頭をふわっと撫でる。
このふんわりした柔らかな感触がたまらなく心地良い。
実は、バシュラール家の宝具であるあのブレスレットは、私が預かって常に身につけるようにしている。
理由は、現の死者がはっきり見えるようになるだけでなく、触れられるような感覚まで得られるようになったからだった。
こちらから触れてもその感触を感じることが出来るくらい、現の死者が実在している存在に近しいものとして感じることが出来る。
少なくともすり抜けてしまうことはない。
それは実際の感覚とはかなり違うものだが、少しでもその感覚があるというのは嬉しいものだった。
エグモントにしても、私に触れているという感覚があるらしい。伯母にしてもベアトリスにしても、今はそれほどブレスレットを要していないとのことなので、私が預かってこうしてエグモントとのささやかなふれあいを楽しむために使わせてもらっている。
大事な宝具だけれど、大切に扱っているから良いわよね。
「昨夜の現の死者との対面は気持ち的に色々と疲れたので、今も疲れているといえば疲れておりますが、こうしてエグモント様と居られるだけで元気が出ます」
『そう、それは良かった』
エグモントは亡くなったときのままそれ以上見た目の変化が起こらないので、私が一方的にエグモントに近付いていく。
月日の経つのは早いもので、私とエグモントの年齢差は5歳まで縮まった。
そして、エグモントから妙な色気を感じることが増えてきた。
元々そういったものを醸し出している人ではあったけれども、私も多少は女性らしく成長したと思うので、少しはそういった目で見てもらえるようになったのかしら?などと考えるものの、まだまだお子様扱いしかされていないような気もすることが多いのでなんとも言えない。
「お姉様!こんなところにいらしたのですね」
校舎の窓の方からベアトリスの声が聞こえる。
すぐ横にはジョシュとジェラルド。
彼らはこの学園で生徒会に属していた。
ジェラルドが会長でジョシュが副会長。
まるでこの国の未来のようだ。
ベアトリスは書記として所属しているが、彼女は彼女で巫女の仕事もあるため毎日慌ただしい。
私はベアトリスの巫女の加護の力と違って、自らあちこちに動き回らなければならないため、生徒会のような忙しいところに所属するなど到底無理だった。
一応ジョシュに勧誘は受けたけれど丁重にお断りした。
ベアトリス達が中庭に続く通路を通りこちらへやってきた。
私は立ち上がり、ジェラルドとジョシュに軽く挨拶をした。
「お姉様、昨夜もお疲れ様でした。お帰りすごく遅かったですわよね?」
「ええ。ちょっと私の気持ち的にダメージの大きな現の死者だったから、さすがに疲れてしまったけれど大丈夫よ」
「いつも大変だな、リーズ」
「ジルこそ忙しそうね。お気遣いありがとう」
ジョシュは私をいつも気遣ってくれる。
彼は気がつけば私やベアトリスよりも頭1個半分くらい背が高くなっている。
本の読みすぎで目を悪くしたとかで眼鏡をかけだしているが、これがまた似合っている。
知的なイケメンとして多くのご令嬢から人気があるものの、ベアトリスのことを溺愛していることは周知の事実なので、最近では明るく天真爛漫なお天気巫女様のベアトリスとワンセットで人気が上がっているらしい。
そして。
すっかり本物の王子様と化したジェラルド。
ひとつ上の彼は、あと2ヶ月ほどで学校も卒業という歳なのだが、エグモントの死以降より一層真面目に王太子としての勉強をしだした。
帝王学をきちんと学び、王太子として相応しく成長していた。
身体を鍛えることも忘れず、人前では自分を律することも出来るようになっていった。
まだ私達には意地悪を言うものの、あのやんちゃだった幼い頃を思えばかなり変化したのではないか。
もちろん見た目もだ。
彫り深く整った顔立ち。
印象的な碧眼の目。
バターブロンドの長めの髪は一括りにしており、長めの前髪は公式な場では上げているものの普段は前に垂らしている。
これが色気全開でイケメン度を上げていると女の子たちから黄色い声が上がっていた。
私の中では、ジェラルドに対する評価が、幼い頃は10点満点中マイナス100点ぐらいだったのだが、今現在は3点くらいまで上がってきている。
やっと普通の知り合い程度にはなってきた。
大進歩だ。
「リーズ、今ここにエグモントがいるように感じるのだが」
そして、なによりジェラルドは現の死者であるエグモントを感じることが出来る数少ない人の一人でもあった。
元々ジェラルドの護衛でもあったエグモントの、心残りのひとつがこのジェラルドのことなので、当然といえば当然だった。
『また殿下にバレてるな。もう居ないって言ってくれるかな』
最近、エグモントはジェラルドを少し避けているようだった。
なぜなら、ジェラルドはエグモントと秘密の通信をする手段を自分で考えだしたからだ。
聞かれたくないことなどは私に分からないように紙に書いて伝えて、返事は私を通してする。
イエス・ノーで答えられるような返事ばかりなので、私には意味がわからないのだけれども、どうやら面倒くさいことをたくさん言われるらしい。
私は思わず苦笑いをしてしまった。
「絶対そこにいるな。おい。エグモント。バレている。ちょっとこっち来い」
私の表情で、エグモントがここにいることがジェラルドに伝わってしまったようだった。
ごめんなさい、エグモント様。
でもどうせバレているから諦めて。
エグモントは少し表情を曇らせながら、ジェラルドの方に移動した。
ジェラルドは手元のノートに何やら書いている。
それをエグモントに読ませて、私を通じてエグモントに返事をさせるのだ。
その内容が何なのかは私にはわからない。
ジェラルドがノートに何やら書き終わると、エグモントはそれを覗き込んだ。
読んでいるうちに少し表情が固くなったように感じられたが、最終的にはいつものエグモントに戻っていた。
「エグモント。これは王太子として仕方のないことだ。だから諦めてくれ」
「今回ばかりは僕からもお願いします」
なにやらエグモントにお願いされているらしい。
ジョシュまで加勢しているみたいだから相当大事なお願いなのだろう。
エグモントの方を見やると、しばし考え込んだような顔をしてから私に言った。
『殿下のみならず、ヴィオネ閣下の御子息にまでお願いされてしまうようなことならば、仕方がないですね。リーズ次第だけれどね』
なんだろう。
ジェラルドは多分エグモントに何か頼もうとしたのだろう。
「殿下からの頼まれ事は、私に何か関係のあることなのですか?」
ジェラルドの眉間に皺が寄る。
そういえば、私達姉妹の中では、ジェラルドのことをシャルと呼ぶのは私が巫女の加護の力を得てからはやめていた。
さすがに馴れ馴れしすぎるからだった。
幼馴染はどこかで線引しないと、ジェラルドのためにもならない。
彼は王太子なのだ。
いつまでも私達のような幼馴染が周りをチョロチョロしていると思われては、国の将来に影響する。
そうでなくとも、エグモントがいなくなってしまった今、また私は婚約者候補筆頭などと噂されているのだから早くそばから離れなければならない。
ジェラルドももうすぐ卒業となるし、そろそろきちんとした婚約者が必要な頃だ。
エグモントは私の横で少し寂しそうな笑みを浮かべながら言った。
『卒業パーティーで、殿下がリーズにパートナーになって欲しいそうです』
「え?!」
思わず目を見開く。
必要以上に近付かないでおこうと考えているのに、そんなことをしてしまったらまた色々なところから勘違いの噂が立ってしまう。
『僕としてもリーズの気持ちを考えたら殿下のパートナーとして公式の場に行かないほうが良いとは思うのだけれども、殿下にはお相手が全くいないらしいんだ。だから、リーズ。今回は殿下のためだと思ってお相手を務めてあげて』
「正直なところすごく不本意ですし、殿下にお相手がいないだなんてそんなこと考えにくいじゃないですか」
『いないらしいよ。殿下の立場からすると変な噂が立つような相手だと後が困るでしょう。その点リーズならお互い割り切った関係でいられるから良いんだろうね』
「……納得しかねます」
すごく嫌だ。
ジェラルドとこれ以上噂になりたくないという気持ちが大きかった。
それになぜ私に直接でなくてエグモントに頼むのだ。
ものすごくもやもやする。
「リーズ!エグモントに、あの時の約束を忘れたわけじゃないよなと伝えろ!」
ジェラルドの怒号に私達は呆気にとられる。
王太子にあるまじきひどい言葉遣い!しかもそれって脅迫じゃないの?!
それに、伝えろも何も私達の声はすべてエグモントに聞こえていると何度言ったら分かってくれるのか。
見えない聞こえない相手だとどうしてもそうなってしまうのは仕方のないことなのか。
『約束……約束ね。一方的ではあったけれども、確かに殿下と約束を交わしているんだ』
「なんのお約束なのですか?」
『それは具体的には言えないけれども、僕は殿下の言うことを聞いてあげなければならない。リーズ、今回は殿下のパートナーになってあげてくれないかな』
エグモントが少し困ったような微笑みを浮かべながら私にお願いをしてきた。
ちらりとジョシュとベアトリスの方を見やると、こちらも困った顔をしながら目線でお願いと言っている。
ジェラルド、ジョシュ、ベアトリス、エグモントと包囲網に囲まれた私は、イエスと答えなければならない状況にさせられていた……
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