第9話 加護の力の使い方1
わたしの巫女の加護の力が遂に明らかとなったため、王都神殿まで報告へ行かなければならなかった。
さすがにもう領地に引きこもってはいられない。
どのような力を得て、どのようにそれを使っていくか。
そういった今後の流れを神殿で識者たちと決めていかねばならなかった。
父と母は、わたしに出現したこの力のことを聞いてかなり驚いていた。
ただ、わたしがどれだけエグモントの死を悲しんでいて、エグモントを恋しく思っていて、沈み込んでいたところを間近で見ていた両親には納得してもらえた。
相当心配されていたみたいだということにやっと気がついた。
親不孝なことをしてしまっていたのだと今更ながら反省させられた。
「現の死者と繋がることが出来る能力がこれからどのように国のためになるのかはわからないけれども、ラオネルの導きがそういう力をリーズに与えたのならばきっとなにか役に立つことがあるのだろうな」
父にそう言ってもらえて、エグモントと繋がれるこの力が自分本意なものではないかと少し不安に思っていた心を軽くしてくれた。
エグモントは、ずっとわたしのそばにいるわけではなかった。
話を聞いてみると、行きたいところを願って目を閉じると、次に目を開けた瞬間にそちらに移動しているらしい。
便利な力だ。
エグモントが現の死者としてこの世に残ってしまった心残りについて、王都へ向かう馬車の中で色々と聞くこととなった。
まずは、突如として命を落としてしまったものだから、実家のことを気にしていた。
キルシュネライト侯爵家の嫡男で、将来は侯爵を次ぐものであったエグモントだから当然のことだろう。
エグモントには年の離れた弟がいるが、13歳も離れていてまだ幼いため、これから侯爵家の跡取りとしての教育をしていかなければならない。
突然自分が命を落としたことによって幼い弟に負担を強いることに申し訳無さを感じているとのことだった。
だから、弟の成長とキルシュネライト家の今後について見守りたいというのが一つ目だ。
そして、近衛の仕事についても同様だ。
自身がいなくなったことで、ジェラルドのワガママに付き合えるような近衛がもうローランしかいなくなってしまうため、ローランへの負担が大きくなるのではないかと考えていた。
お兄様のことはなんとかなるだろうから大丈夫でしょう!とわたしは言ったけれど、苦笑いされてしまった。
確かに裏表が激しく、感情の起伏が大きいあのジェラルドの側付き護衛なんて、ものすごい負担が大きいでしょうね……
お兄様やエグモントの今までの苦労が目に見えるようにわかった。
なので、次の担当の近衛が育つのも見届けたいし、出来ればジェラルドの成長もの一緒に見ていきたいのだそうだ。
そして、最後にもうひとつがわたしのこと。
婚約をしてまだ日も浅いのに、このようなことになってしまい申し訳ないという気持ちと、わたしが巫女としてどのような力を得て、それをどのように使っていくのか。
立派な巫女としてやっていけるというところを見届けたいということが最後の理由だった。
エグモントのこの世への心残りに、わたしのことも含まれていてすこしむず痒いような気持ちにさせられた。
心の何処かで思っていた。
勝手に片思いをしていたわたしの想いを汲んで、エグモントとの婚約を周囲が用意してくれたけれども、エグモントの気持ちを無視してしまっていたのではないかという不安。
わたしのような小娘のことを考えていてくれる、その事実だけで胸が一杯になった。
*****
馬車は王都へと進んでいく。
バシュラール領から王都は1日で行ける距離ではない。
そのため道中で宿を取っており、今夜はそこで泊まることとなっていた。
今日の道中はわたしと侍女が一人。
そして護衛が一人と護衛兼御者がひとり。
プラスして現の死者のエグモントであった。
宿屋の手続きを侍女がしてくれ、わたし達はそれぞれの部屋に向かった。
『バシュラール領はやはり王都へ行くには一苦労だね』
「そうなんです。馬車でどれだけ急いでも3日はかかりますもの。あ、でもお父様が一度一晩で着いたことがあると言っていました」
『一晩で着くなんてありえないでしょう?』
「急ぎの用事だったから、馬をとっかえひっかえしながら行ったと聞きましたわ」
『それはかなり無理して頑張られたんだね』
「多分。わたしも巫女でなければ基本的に学校へ入学するまでは領地にいたと思うので、早いうちからこの距離を移動しなければならないという感覚に慣らすことが出来て良かったのかもしれません」
『リーズは7歳からずっとひとりで王城で頑張ってきたでしょう?まだ領地にいてもおかしくない年齢なのに。本当に尊敬するよ。すごく大変だったよね』
そういって、エグモントがわたしの頭を撫でてくれようとした。
……したのだけれど、エグモントの手はわたしの頭を触れることはなく、その手は虚しく宙を切った。
『あれ?触れないな。やっぱり駄目か』
「え?今触ろうとしてくださったんですか?」
『あぁ、リーズが僕を見えるようになってから、もしかしてと思って色々なものに触れて確かめてみたんだけれどどれもちゃんと触れることが出来なくてね。もしかしてリーズならとも思ったんだけれど、やはりそれは難しいみたいだね』
エグモントは肩をすくめながら困ったように笑った。
確かに、馬車に乗っている時でもエグモントは座ることはなかった。
よく見ると、今もすこしだけ宙に浮いている。
馬車がどれだけ揺れようともバランスを崩したりしないのはそういった理由のようだった。
それに、どれだけ輪郭もはっきりして色付いてエグモントのことが見えるといっても、やはりうっすらと向こう側が透けていて、普通の人ではなく現の死者なのだという事実から目をそらすのは難しかった。
わたしたちが宿に泊まっている時には、エグモントはキルシュネライト領の弟のところへ行くとのことだった。
やはり自分の家のことは相当気になるようなので、王都に着いたらキルシュネライト家のタウンハウスにいるだろう侯爵夫妻のところへ行き、エグモントのことについて伝えてあげるべきなのだろう。
これについてはエグモントに相談してみなくちゃ。
今夜泊まるこの宿は、小さな村の宿。
いつも王都との行き来に使うこの宿は、この村の中では最も大きい村長の家の別邸を宿泊施設としたような場所だ。
慣れたもので、宿の数人の使用人たちともすっかり顔見知りだった。
部屋へ移動しながらすれ違ったのは、見慣れた30歳前後の赤毛の女性の使用人だった。
立ち止まりこちらに向かって軽く頭を垂れている。
その姿に少し違和感を覚えたけれども、特に気に留めることでもなかったので微笑みを返して部屋に入った。
割り当てられた部屋で寛いでいるとドアがノックされる。
「どうぞ」
「失礼いたします。湯浴みの準備をさせていただこうと思うのですが、少しお時間いただけますか?」
「あぁ、別に構わないですわよ。どれくらいかかりそうかしら?」
「1時間……いや、2時間ほどかかってしまうかもしれません」
この宿は、温泉が近くにあるのでそちらからお湯を運んで来ている。
いつものお風呂よりもとろみのあるお湯で、お肌がすべすべになるような感覚があるから毎回入浴が楽しみだった。
湯を沸かす必要がないから湯浴みの準備も楽だと聞いていたので、それほど時間がかかるという話に少し驚いた。
「いつもよりも時間がかかるようですね」
「はい……実は、2週間前に使用人がひとり事故に遭いまして」
「まぁ、それは大変だったのですね。人手が足りないのならば仕方ないですわ。時間がかかっても大丈夫ですので、よろしくお願いします」
どうやらそういった事情で、仕事の手が回っていないようだった。
彼女は深くお辞儀をすると、パタパタと急ぎ足で去っていった。
事故に遭ったとか大変ね、怪我でもしたのかしら……大事じゃなければいいけれど。
……ん?人手が足りない?
いや、そんなことは無いのではないかしら?と思い直した。
ここについてから会ったのは、女将ともいうべき女性と、今連絡に来た25歳前後の女性の使用人、30歳前後の厨房のコックが一人と40歳前後の馬房の管理をする馬丁の男性が一人。
そして先程廊下で会った30歳前後の赤毛の女性の使用人が一人。
ここの使用人はこれだけの筈だ。
今日は全員とすでに挨拶をしている。
使用人は一人も欠けてなどいない。
思わずドアを開ける。
すると、廊下では、先程すれ違った30歳前後の女性の使用人がウロウロとしていた。
よく見ると輪郭がぼやけて向こう側が透けている。
足も床についていなかった。
先ほど感じた違和感はこれだったのか。
「現の死者……」
この人は現の死者だ。
彼女と目が合う。
最初はえ?と驚いたような顔をしているが、わたしが明らかに彼女のことに気付いていると分かるやいなや、そそそとこちらに寄ってきた。
『あ、あの……お嬢様。もしかして、見えていますか?』
彼女が私に話しかけてきた。
あぁ、怪我なんかじゃない。
事故で逝ってしまったのね。
そして、彼女はこの世に心残りがあってここに残ってしまったのか。
「ええ。見えているわ。声も聞こえているもの。こちらの使用人の方ですわよね。いつも笑顔をみせてくださるのに、今日は暗い顔をしていてどうかされましたか?」
ものすごく驚いたような顔をされたが、その直後に彼女の表情は嬉しさと悲しさが入り混じったような表情に崩れた。
「あ、あらやだ。そんな顔しないでください。ひとまずわたしのお部屋でお話を聞きましょう」
廊下で話をしていても、きっとわたしの独り言のように思われてしまう。
わたしについてきてくれている侍女や護衛はわたしの巫女の加護の力の事情を知っているが、それでもまだ現実にわたしの巫女の加護の力を見たわけでもないので、この状況を見たら違和感しか無いだろうし、この宿の使用人に見られたらうまく説明できる気がしない。
いったん彼女を部屋の中に招き入れて事情を聞くことにした。
宿の部屋は小さなソファとそれに合った小さなテーブル。
そしてベッドのみのこじんまりとしたところだ。
わたしがソファに座ると、彼女はそのすぐ側にフワフワと浮きながら立ち竦み、ずっと下を向いている。
「えぇと。先程他の方からあなたが事故にあったと聞きました」
『事故……事故といえば事故なのかもしれませんが、すいません』
「いえ、謝らないで。なにかお辛いこととかあったのですか?」
『……』
「今こうしてここに残ってしまっているということは、なにかあったのですよね?」
『……お嬢様はどうしてわたしのことが分かるのですか?わたしはどうやら死んでしまったようなのですが、なぜかここに残らされています。どうしたらいいのかさっぱり分かりません』
自身が死んだということはなんとなく理解をしていても、ここに残ってしまった理由が分からないという。
現の死者とはそんなものなのか。
「どうして分かる、というと、わたしがラオネルの巫女だからです。まだ巫女の加護の力を授かったばかりなので、本当にそうなのかは分かりませんが、どうやら現の死者と交流出来るような力を得ています」
その話を聞いた途端、ずっと下を向いていた顔が勢いよく上がり、わたしの方を更に驚いたような目で見ていた。
『ラオネルの巫女とはそのような力まで授かることがあるのですか』
「わたしもこのような力を得たばかりなのでよくわからないことが多いのです。現の死者と話をするのはあなたが二人目ですし、この力を得た意味とかこの力がどれだけの範囲に及ぶのかとか、まだ分からないことばかりです」
『二人目?……そうなのですか。死んでしまってから本当にどうしていいのか分からなかったので、こうしてお嬢様と話が出来て、幸運です』
彼女は明らかに動揺していたけれども、わたしの事情を聞いて驚きのほうが強かったようで目を丸くしている。
「今わたしはこうしてあなたが見えてお話ができています。すこしお話を聞くくらいなら出来ますよ?わたしのような小娘にするのは気が引けるかもしれませんが、気分転換にでも少しお話をしましょう?」
彼女はわたしの話を聞くと、ごくりとつばを飲み込んでいた。
そしてゆっくりと語りだした。
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