7月の夢

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7月の夢


その町では、七月になると空に「もう一つの月」が浮かぶ。

ふつうの月よりも小さく、薄く、透けていて、よく見ないと気づかないほどだ。


人々はそれを「夢の月」と呼び、静かに眺めていた。


夢の月が出ている間、人は夜に未来の夢を見るという。


ただし、その夢は一度きり。目覚めるとすべて忘れてしまう。

けれど、心のどこかには残る。たとえば、「ふと取った電車が正解だった気がする」とか、「初めて会ったはずなのに懐かしい」とか。


リクはその月を毎晩見上げていた。

何かを思い出せそうで、でも届かない。


ある晩、夢の月が異様に近くに見えた。

吸い込まれそうな感覚。世界が静止して、空気が青白く震える。


気がつくとリクは、白い砂漠のような場所に立っていた。

遠くには、高く積まれた透明なキューブが並んでいる。近づいて中を見ると、どれも「誰かの夢」だった。


小さな子が星を抱えて走る夢。

海の底で誰かと話している夢。

空が反転し、街が浮かぶ夢。


そして、その中に――

ひとつ、自分自身が歳をとった姿で微笑んでいる夢を見つけた。


「これは……」


背後から、やさしい声がした。


「あなたが、いつか選ばなかったはずの人生。」


リクはゆっくりと目を閉じた。


そして願った。「忘れてもいい、でも……どこかに残っていてほしい。」


目が覚めたのは、朝だった。


夢は覚えていなかった。でも、なぜだかすこし泣いていた。


ベランダに出ると、空にはまだ、かすかに夢の月が浮かんでいた。


それだけで、なぜか今日は、大丈夫な気がした。

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7月の夢 sui @uni003

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