渡せなくても判ってしまった

木場篤彦

第1話過去の失恋

 私はあの日、便箋に認めた野田孝徳への想いを込めた手紙を渡せずに終わった。


 野田の瞳が捉えているのは私ではない遠くにいる誰かだ。


 そんなことは今日まで知らずにいたわけではない。


 あの切ない映画のようで心臓が張り裂けそうだ。

 思い出すだけでも、私はどうにかなりそうである。

 告白するまでもなく、失恋なのは彼の隣に居たときに痛感した。


 夏が訪れるとあの日々の彼が下校する駐輪場に姿を見せるのを見計らって校舎の裏で待ったあの感情が湧いてくる。


 甘酸っぱい恋とドラマやアニメ、映画で散々聴いていたけど、実際はそんなものではなかった。


 彼とは話しは交わせた。二人で下校できた。

 しかし、彼に彼への胸中にある想いは吐露出来なかった。

 手を繋ぐことが出来なかった。

 手を繋ぐことすら叶わなかった。


 二人で過ごした刹那じかんが一秒でも長かろうと、私は彼に触れられることは無かった。


 一秒でも長く彼の隣を占領しても、彼との距離は縮まることは無かった。


 夜空に散らばって輝く無数の星を仰ぎ見て、隣に居る彼を直視出来ずに、高校を卒業するまであと半年という時間トキを迎えてしまった。


 あの映画の登場人物に感情移入した。


 私も恋は成就しないのかとあのけたたましく鳴く蝉の声を聴きながら、悟った。


 幾ら忘れようとも野田孝徳のことは忘れられない。


 母親に恋人は出来ないのかと迫られても、出来ないとしか返答出来ない。


 ジョッキでビールを呷って、同窓生の溝端の愚痴を訊いて、焼き鳥を頬張る私だった。


「紗南ァァ、あんたも誰かいい奴ゥ見つけて、幸せになんなぁ!」

 呂律の回らない舌でそんなお節介を焼いてきた彼女だった。


 居酒屋での他愛無い雑談に飽きた頃、居酒屋へ入店してきた男性がカウンター席に腰を据えた。

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渡せなくても判ってしまった 木場篤彦 @suu_204kiba

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