第6話 行動

「タネも仕掛けもございません」

 何も入っていないお皿にレストランでよく見る銀色のカバーをかぶる。

 そして再び開けると中には、桃やパイナップルなど様々なフルーツとホイップが盛りつけられた、豪華なプリンが姿を現す――――――

 

 「コレなんだけど、ここは果物そのまま乗っけて出すからオススメなんだよ。アイスも勿論おいしんだけど一番は果物だよね。あ、でもね店員が結構話かけて来たりしてね。マジックの話がうるさいんだよ。ミスディなんたらがどうとか――――」

 とりあえず、静寂は気まず過ぎたので、俺のおすすめのチャンネル。『甘味マスターシゲ』を見せながらとりあえず喋り続けることにした。

 まぁ肝心な師走さんは、より一層不快そうな目で自身のスマホを見て、堂々と無視し続けている。

 途中から師走さんに、というより俺一人が夢中になって喋ってたから、そのせいで前からくる男に気が付かなかった。


 バタッ!


 彼女倒れ視界から消える。スマホが地面を滑っていく音で俺はやっと気が付いた。

 さっきまで液晶を凝視し続けていた師走さんは尻餅を付き、前から歩いて来ていた男はうつぶせで倒れた。

「大丈夫ですか!?」

 咄嗟過ぎて、正直どっちに声を掛けたのか自分でもわからない。

 とりあえず、目つきが悪い彼女に手を差し伸べてみたが……。はたかれた後で舌打ちされる。

「あ、あのー大丈夫ですか?」

 師走さんは置いておくこう。

 そしてさっきからピクリともせず、うつ伏せで倒れ込んでいる男性に声を掛ける。すると急に動き出し、服についた汚れも払わずに歩いて行ってしまう。

「おい!待て!」

 立ち上がった師走さんは男性を呼び止める。絶対にスマホの事やぶつかってきたことの謝罪をさせる気なんだろう。

「…………」

 しかし話かけられた男性は、止まりはしたが会釈も振り返りもせずに進んでしまう。

「おい……あいつ追うぞ」

 スマホを拾い、さっきの衝撃で入ったヒビを確認してから、そう提案してきた。

「いや、気持ちはわかるけどさぁ……。流石に何もしてない人を追い回すのは良くないよ。巡回中だしね……。抑えて抑えて……」

「あっそ。じゃあここからは別行動で」

 彼女は忠告も聞かずに男性を追おうと歩き出した。


「ねぇやめない?流石に巡回ルートから外れすぎてるし……。」

 男性を尾行しだしてから、巡回予定の道からはかなり外れてしまっていた。

 軍にこういうデータは逐一送られているから、もし私情で一般人を追い回したなんて知れたら、白井先生に叱れらる……。

「ほら!スマホの画面とかって師走さんの能力でどうにかならないの?さっきも服の事で言われてたし、実際どんな能力なのさ!」

「はぁ、顔面もゴミレベルなら頭の中にもゴミが詰まってんのか?」

 話の話題をぶつかってきた人から逸らそうとしたんだけど、彼女の恨みは相当強かったらしい……。

「そんなこと言わずにさ、巡回戻ろ。楽しいよ巡回!」

 ダンッ!!

「いったぁああああ!」

 厚底の重い一撃が俺の脛を襲った。悶える俺を横目に彼女は犯人について語る。

「意識がはっきりせず、すべてに対し異常なくらい無関心になる。エリアDで似たようなのを見たことがある。要は禁断症状だ。あの症状、どうせ、同じタイプだろ……」

 痛みが響く足を抑えらがら、どうせ殴りたい理由でも話すんだろうな、っと話半分に聞いていたが、予想もしていなかった答えり少したじろいだ。

「え、エリア……え、なんで」

 なんでエリアDに詳しいのか、なんで彼と同じ症状を知ってるのか、聞く前に彼女はすぐに進んでしまう。

「ちょ、待って!」

 痛む足を引きずりながら俺も後を追いかけた。

 

 男性は足元がおぼつかないようで、フラフラと前に進んでいる。徐々に人通りも減っていき、彼女の足音が目立ち始める。

 というよりだ。元々人前ですら目を引く外見に服装、尾行に向いてなさすぎるのは事実だ。ここはひとまず変装をした方がいいのではないだろうか。

「うるさい話しかけんな。黙れ。あとその腕章と上の制服脱げ」

 まだ何もしゃべってないのに……。

「あのさ、師走さん目立つじゃん。だからさ、せめて着替えない?俺がちゃんと見張っておくからさ」

 彼女は俺の喋ったことは基本的に無視する。

 もうちょっとこう、コミュニケーションをさ、取ろうよ。そう言いたい。

 まぁとりあえずは、上の制服を脱ぎワイシャツ一枚だけになる。腕章も取り、ジャケットと一緒に丸めて持っておく。まぁこれも後ろ振り向かれて、黒い首輪見られたら全部終了なんだけど……。

 俺たち能力者の尾行はかなり難易度が高い。服装を変えても黒い首輪だけで軍の関係者ということがバレる。普段こういう尾行とかは非能力者の人がやる。だからこそ早く大人、白井先生に連絡したいんだけど……。

「師走さん」

「喋んな黙れ」

 今日の彼女との会話で黙れ系統以外の言葉を聞いてない気がする。

「これさ、首輪でバレるし、薬事件なら大人たちに任せよ。だから早く通報をさ……」

「…………」

 また無視された。

「流石に何も言われないとわかんないし!協力できないよ!」

「協力なんて誰が頼んだ。私一人で十分事足りる。役立たずは尚の事必要ない」

 彼女は犯人から目線をずらすこともなく淡々と言い放った。

「役立たずって、バディだよ!?」

「私は評価があればそれでいい。仲良しごっこがしたいなら他所を当たれ」

「なんでそうやって一人でやろうとするのさ!」

「何度も言わせるな、一人で十分だ」

 彼女のほかにも自信家というのは大勢いる。能力が強い、身体能力が高い、家柄がいいところ。理由はいろいろだが自己評価が高いというのは特別珍しいわけじゃない。

 でも、それでも彼女の自信はほかの人とは違うように感じる。

 自分への圧倒的な自信は確かに感じるけどほかの、他者を蹴落とすみたいな、見下すみたいな。

「そんなんじゃ、ミスった時に誰も助けてくれないよ。人間、一人じゃ限界があるんだよ?」

「お前らみたいな下等な生物とこの私を、同じ枠で括るな」

 犯人から目を逸らし、近づく彼女の目には光がない。

「私がバディとして望むのは4つ。しゃべらない事、意見をしない事、指示に従順である事。これを守れないならとっとと自害する事。これだけだ」

「なんでそうなるんだ!ほんといつか後悔するよ!」

 彼女のためを思って言ってるわけではない。ほとんど売り言葉に買い言葉だ。それでも彼女は何かが異常だと感じる。なんでそんなに他者を拒むんだ。

 彼女の言葉はなんか許せなくって、その後もつい言い合ってしまった。

 でも、後ろでこんな言い合いをしていれば当然、


 ターゲットが振り向く。


 男は後ろをぼーっと見つめている。

 飲食店のメニュー看板の後ろに隠れたけど、足元は隠しきれてない。師走さんの髪の毛も下からはみ出ている。

「おい離れろ……」

「喋んないで!バレる!」

 咄嗟に手を引っ張ってしゃがむ姿勢を取った。だからか、彼女はバランスを崩し、俺の膝上にもたれ掛かるように転んだ。

 それでも師走さんは顔を上げる。

 顔が、ち、近い。確かに師走さんの顔の破壊力は凄まじい……。赤く光る眼はじっと見ているだけで引き込まれそうになるし、それに欠点のない顔のパーツが、絶妙なバランスで配置されている。まさに左右対称。自然に出来たとは思えない顔立ちだと再認識する。けど今はそれどころじゃない。

「…………気のせい、か」

 男はそのまま角を曲がっていった。

 彼女の小ささが幸いした。男二人組なら、確実にはみ出て気づかれていたはず。

「触んな。離れろ」

 顔の前につないでいる手を「離せ」と言わんばかりに見せつけて来る。

 

 パンッ!!


「どっちに行った」

 そうこうしているうちにターゲットの男性を見失ってしまった。左頬の紅葉が地味に痛い。

「さっき振り向いた後で右に曲がったよ……」

 微かに見えていたから間違いない。

 とりあえず曲がったであろう道まで駆け足で寄った。

 尾行する際、こういう曲がり角は最も警戒心が必要とされている。待ち伏せ、目の前に犯人のアジトなど、様々なケースが考えられる。

 なので、まず通り過ぎてから場所の確認。通行人を装うことで安全に見ることができる。今回は二人だ、俺が通行人になれば後から来た師走さんが追跡を再開できる。

 何も知らない通行人の顔をし、曲がり角を通過する。風景を楽しんでる若者を装いチラリと覗くと一人の男がドアの前に立っていた。煙草をくわえ、暇そうにスマホを触りながら待機するスキンヘッドの大人だ。誰かを待っている様にも見える。

 さっきの男性は居ない。道はなく建物とそのドアしか見当たらなかった。曲がった場所はここで間違いないはず……。

 建物はツタなどが生えていて、汚れからもわかるが手入れはされていない感じだ。人通りが少ないし、こういう事件での条件は出来すぎなくらい整っている。

 よし!そうなれば簡単だ。先生に報告をして後の事は大人に任せる。俺たちは外から見張りを続けて、出ていく人たちを追跡すればいい。反対側で待機している師走さんに作戦を共有するために、手でジェスチャーを――――

「なんだ嬢ちゃん、何か用かい?」

「その有害物質を消して、臭い口を閉じろ。ここに男が入ったな、麻薬持ってんだろ。出せ」

 師走さんんんんん!!!!何やってんのあの人。堂々を超えてもうそれはカチコミだから!!

「なんだガキ。ままごとなら相手を間違えてる…………お前軍の!?」

 やばい、首輪が気づかれた。

「口閉じろっつったよな!」

 彼女が手を前に突き出し、大きく横に払うと………………。

 何も起こらなかった。

 スキンヘッドの男は間髪入れず師走さんに殴りかかる。

「危ない!!」

 重い拳が槍を通じて腕に響く。

 間に合った……。何とか防げたけど、ここからどうするか。

「こいつら……てめぇら!ガサ入れだ!ずらかるぞ!」

 建物の中で物音がする。今の一声でメンバーにも伝わったか……。最悪すぎる。なんで師走さんは正面切って入ろうとなんて…………。

「そうか、つかえないんだったな。だとすればどうするか。壁を壊して中に、いや、そもそも破壊出来ないし」

 なんか一人でブツブツ言ってる……。

 男の左拳が腹から顎を掠めた。槍に加わる力が緩まった瞬間に後方へ引いたのが正解だった。

 さっきの拳を受けてわかる。この人、ちゃんと強い。喧嘩慣れしてるし、何より攻撃を受け止めた両手がジンジンする……。

「師走さん早く通報して!今なら申請すればすぐに能力も使えるから!」

「申請……」

 彼女は首輪を弄りながらぼーっと立ち尽くしている。

「何してんの!早く!」

 そうこうしているうちに前の男も、中のメンバーも待ってはくれない。

 何度も拳が振られ、受け流そうにも路地が狭い……。槍を振り回すのには場所が悪すぎだ。

「申請。申請……」

 

 首輪が申請を許可した時、装飾の十字になってるくぼみが発光する。しかし彼女首輪は戦闘中だというのに一向に光らない。

 軍人である俺たちの首輪は公務の際なら基本的に申請はすぐに通る。

 なのに彼女の首輪が反応していないのはどういうことだ?

 転校生は許諾に時間がいるとか?いや聞いたことがない。

 軍人で許可されない人……理由……。…………犯罪……者。

 

 司法取引をした前科持ち!?

 

「まず!!」

 槍に強い衝撃伝わり、手から離れてしまう。両腕で拳を防いだが、あまりの重い一撃にガードが緩んでしまう。

 開いてしまったガードは見逃してもらえなかった。

 顎に重い拳が入る。

 拳の衝撃で後方にのけぞるが、ギリギリのところで踏ん張る。倒れないためにも足に力を入れているが、頭や全身にも衝撃が伝わっていた……。

 自分の重心が全くわからない。

「オラッ!」

 ズド!!

 ガードを緩めれば一方的に攻撃される。

 しかし、右頬にも同じように重い一発……。痛い、よりも苦しいが勝つ。足も、手も、思い通りに動かない。体が鉛のように重くなった途端、地面が襲い掛かってきた……。

「まずは一人だ。流石に無事では返せねぇからなぁ。悪く思うなよ」

 横たわる俺を踏み超え、男は師走さんの方へと進んでいく。

「まッ、しわすさ……ん、にげ……」

 さっきから彼女は能力使っていないんじゃない。使えないんだ。理由はわからないけど、申請すら通ってない。肉弾戦になれば確実に負ける。腕力は車で組み合った時、頬を叩かれた時に確信した。普通の女の子程度だ。

 片足だけでも抑える。ちょっとでもいい。時間を……稼ぐ……。

 逃げて!

 

 霞んでいく視界に微かに見えた。それは十字に差す紫の光だった。


 コンクリートの壁が崩れ落ち、男が頭から血を流し、下敷きなってる。意識が飛んでいるのか動く気配がない。

「悪くなんて思わない。むしろ感謝してる。この私がだ」

 目の前には、堂々と長い髪をなびかせ、胸を張る師走さんが立っていた。

「感謝するぞ、クソ虫共。」

 彼女の横には見たことない、円錐状の棘?触手?のようなものが地面から生えていた。

「どうして…………」

 師走さんは近くに寄るなり、

「ああ、今は気分がいいからな」

 高下駄のようなブーツで顔を蹴られた。

「痛った!!…………くない」

 嘘のようだ。蹴られた頬もだが、全身の傷や痛み、体の重さが全くない。すぐにでも立ち上がッ…………。

 ドサッ

 膝が痺れて四つん這いになってしまった。

「脳か……。自分でどうにかしろ。まぁ安静にしてればすぐに立てんだろうがな」

「1人じゃ――――」

「能無しは邪魔だ」

 何故か巡回の時の態度よりも生き生きとしてる様に見える。

 笑みを浮かべながら顎に手を置くと、何かを閃いた様に怖い提案をし出す。

「10分だ。お前が今後私に逆らわない為にも、如何に実力が違うかを見せてやる。10分以内で……6分以内で全員の首を持ってきてやる」

 ゲーム感覚のバカげた提案だった……。首!?

「殺すのは――」

 言い終わる前に、彼女の姿は扉の向こうへと消えていっていた。

「じょ、冗談だよな……流石に……首って……」

 いや、完全に否定も出来ない。もしも能力の使用制限が、司法取引によるものなら。いや、無い無い。だとしたら俺が知らされてないのはおかしい。先生なら言ってくれる。

 この時、一瞬。一昨日の会議がよぎった。連続殺人…………。いや、そんな事……。

 こんなこと考える暇は無い。早く師走さんを追わないと。

 壁にもたれ掛かり、立ち上ろうとした。すると頭上から窓ガラスの破片と大人が降ってくる。

「あっぶな!!」

 咄嗟に丸めたジャケットで頭を覆った。そして目を開くと白目をむいた男性が地面に転がっている。息を確認し脈拍を図るとまだ生きていることが分かった。

 首を揃えるというのは流石に冗談であったことに安堵していると、ゆっくりとドアが開いた。

 そこに居たのは間違いなく、能力により全身変身した白井先生だ。

「先生!来てたんですか!?」

 師走さん、何気に通報してたんじゃん。なんだかんだ言ってちゃんと規則を守ってる。

 先生の左手には尾行対象だった瘦せた男性が引きずられていた。

「すみません。最初に通報しようとしたんですが…………」

 近くによって事情を説明しようとしたが、無視され瓦礫に上へ男を投げ捨てる。目すら合わせてくれない。

 何かがおかしい。頬り投げられた男性はこれでもかというほどに痛めつけられている。足の骨が皮膚を貫通して、腕もあり得ない方向へ曲がっている。

 俺の知っている先生なら、そんなことはしない。

 本当に彼女は、通報していたのか?もしもしていないなら……俺の横に立ってるコレは……一体……。

「3分だったな」

 開いていた扉から、歩いてきたのは楽しそうに笑う師走さんだった。

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