第3話 最強
荒れ果てた街並みを縦横無尽に飛び回っていた。
両の足は能力を使い、外骨格で包んでいる。脚力は飛躍的に向上し、軽く飛ぶだけで、10メートル離れた隣のビルまで簡単に移動できる。
建物の上を飛び回って目標地点まで一直線に移動しているが、これで犯人が見つかる保証は無い。
策も何も無い、犯人が別の区域で犯行をしていれば、それこそ徒労に終わる。…………視野を広げるためにわざと高く、大きく飛んでもいるが……どうだかな……。
すると遠くの方から大きな音がなった。何かが激突する音……微かだが、確かに聞こえた。もしも犯人なら、せめて被害者が無事でいて欲しい……。
万が一の為にスピードをさらに上げ、音の方へ進む……。
しかし、その万が一が当たってしまう。
髪の長い女が男を水にして溶かしたように見える。犯人だ。そう確信した。
スピードを殺すことなく、地面に着地する。――寸前、微かに見えた。
溶かし残った男の足と胴体半身。やはり同じような手口…………間に合わなかったか……
「よう、やっと会えたな……殺人鬼」
――――――――――――――――――――――――――――
彼女見た目は確かに異様だった。戦後の荒れ果てた町、そんな背景が似合わない容姿だ。白い髪に赤い目、身長はレンよりも小さい……というか子供?中学生?にしては露出度高い服だな。
「やっと来たか、お前強化だろ」
殺人鬼は……否定なしか。確定でいいってことだな。
「おお、よくわかったな。」
「あんだけ予測可能位置をバラけさせても、お前はここに来た。つまり最短距離で全部回ったか、山勘のどちらか。時間的に後者は薄いな。」
さて、どうするか……。
「お前が失踪事件の犯人でいいだな?首輪なしで能力使用。殺人の容疑……確保する。」
「お前らが探してんのはこれだろ?」
俺の発言に対して彼女は、なにかの肉の破片を放り投げた。
嫌な音を立て、地面にへばり付いたソレは、微かに見える指で人だった物だと判断がつく。
自白してくれるんなら分かりやすくて助かるな。これで容疑じゃない。現行犯だ。
本気で……いや。とは言っても……
「まだ、ガキだろ。間違いは誰にだってある。手加減して欲しいなら先に言いな。ちょっと痛いぞ。」
指先に……何度か地面を掻いた跡がある。苦しかっただろうな……。
皮膚を突き破るように黒い甲殻が姿を現す。そうして俺の両腕と両足は黒い外骨格で覆われる。
さて、能力は水に関する物。触れたら負け、それとも水を操るだけで生成は出来ないのか?資料だと、物を水にしてとか……まぁ試すか。
地面思いっきりを踏む。めくれ上がった巨大なコンクリートを両手で持ち上げ、彼女目掛け一直線に投げ込む。
彼女は着弾するまでの短い時間で、地面から存在しないはずの水を出し、壁にしていた。投げ込まれた岩は水壁に衝突し、粉々に砕け散る。予想は出来ていたが、ただの水が、コンクリートよりも硬くなったのは驚いたな…………。操作も硬度も自由なのか。
だが、お前がコンクリートに気を取られ壁を作っていたお陰で、容易に背後が取れたよ。
見えてない場所への防御は難しいだろ――――
とか考えているんだろうな。コイツは。
男はまぬけな顔をしたまま空中で静止した。
「――ッ!」
「何を驚いてるんだ?」
見えない無数の糸が奴の体に絡まっていた。その姿は蜘蛛の巣に引っかかった虫のようで笑いがこみ上がる。
「バカだなぁ!!この私が、水を操るとかそんなカスみたいな能力な訳ないだろ!」
手も足も出ない状況で、必死に糸から抜けようと力を入れてもがき続けている。
「教えてやるよ私の能力。」
勝ちを確かなものにする。
男の影から、男と瓜二つの人間が生まれる。頭から胴体、徐々に地面から這い上がってくる。
「私の能力は、この世の物、全てを作りだせる。」
能力により生み出された人形は、本物の首を絞めつける。このまま首を折れば終わり。
「お前ら凡人とは何かもが違うんだよ!何をしても、すべてが意のまま。そう、神だ。」
「人殺しを楽しんでるやつが……神な訳ないだろ……。」
絞められ、掠れた声での負け惜しみだ。だが、身動きが取れなくなっても首が絞められても、コイツの目がむかつく。余裕そうなこの態度。
「そう思ってろ凡人が、死ね。」
骨の砕ける音が聞こえた。
「軍人もこの程度か……こんなもんなら私から出向いても良かった――――」
後ろを向いた途端、信じられない音がした。
作った人形が砕け吹き飛ぶ音だ。彼女の後ろから体の破片や糸の残骸が飛んでくる。どういう状況だ?
振り向くと、そこに立っていたのは先程の男では無い。正確には人の姿ではない。
「流石に鈍ったか?久々だが……ちょっと本気で行くか。」
黒く、甲虫類の様な外殻が全身を包んでいる。顔も面のように覆われ、6つの隙間からは、赤黒い光がこちらを見つめる。胴体を覆う外郭の隙間から見えた皮膚は、緑色だった。強化系統の能力ならこんな風にはならない。あれは肉体の強化だ、人の形は保っていることが多い。しかしコイツの体は、到底人間の物とは思えない。
呆気に取られていた一瞬だった。目の前から男が消える。
いや、消えていない。早すぎて目で捉えられなかったんだ。
気がつくと懐に居た。
低姿勢で拳に力を込められている。奴が拳を振り上げるまでの僅かな時間で、彼女は黒い円錐状の壁を作った。が、壁はまるで飴細工の様に軽々しく粉砕される。
彼女はすぐに次の行動に移る。地面から次々と人間を生み出した。質での勝負は捨て、量での勝負に切り替える。
生み出した数十体の人間は一斉に奴目掛けて突進する。が、男は当然のように首を跳ね、胴体に風穴を開け、1体も残さず壊していく。
こいつ……躊躇しないのか?街に紛れてもバレない程の完成度だぞ。
まだだ、砕けた人間の大きなパーツから細切れになった破片まで、それを全て爆破させる。
辺り一面を粉々にするほどの衝撃と爆発。周りの建物は形を変え、残った物でさえ黒く焦げ、風が吹けば崩れ落ちる。そして、黒い煙に満たされて1歩先すら見えなくなった。いくら防御力があろうと少しは削れるはずだ。
そして、この時間を使い、彼女はその場を離れた。
奴の戦闘は攻撃に特化した脳筋。耐久値のゴリ押しでこっちが作った物を壊すだけ。ならさっきの様な手数で押せばいい。防御が高くても攻撃を当て続ければいつかは倒れる。開けた場所……いや裏目になる。確かに視野が広がるが、奴の能力との一騎打ちになりかねない。性能は彼女の能力が圧倒的に上。しかし、耐久面でごり押しをされれば負けが確定する。
確実に奴の息の根を止める為、勝利を絶対にする場所…………。
彼女が移動した先は……紛争の影響でボロボロになり、今にでも崩れそうになっている古びた図書館。中央の庭は一見広いが本館で囲まれている。
あの戦闘で分かった。速度と威力は確かに尋常ではない。だが、明確に欠点がある。直線的な行動だ。
スピードに体が付いていけてない。曲がる時には速度が落ちるし、急停止も出来ない。壁があれば私の能力で四方から攻撃ができる。後は手数だ。
「おいおい、神様が逃げるなよ。」
来た。
最初と同じように凄まじい衝撃と地鳴りを起こし、土煙が高く上がり奴の姿は見えない。が、声だけが聞こえる。
「素直に投降すれば、痛い思いはしなくて済むぞ?」
余裕が滲み出る声。
「有象無象のモブの分際で……一丁前に余裕ぶってんじゃねぇよ!!」
土煙で姿は見えない。囲んでいる壁を使い声の方向に向かって、円錐状の棘を5本叩き込む。逃げ道を塞ぎ、当たれば体に大きな風穴が開く刺突。大きな衝撃が土煙をさらに増やした。
逃げるなら上だ。しかし、上空に出ていく影はない。
「なら、仕方ないな」
土煙の中から煙を払い除けるように、正面から奴が現れた。背後には棘の残骸が散らかっていた。
「歯ぁ食いしばれ。」
真正面から常軌を逸した速さで距離を詰めて来る。罠も気にしないという意思表示か……どこまで人を馬鹿にしたような行動を……
触れた瞬間に発動する強酸の沼も、大量の火薬による爆発も、全てが通り過ぎた後に起動してしまう。
しかし、これだけじゃない。
彼女の足元から地面を突き破るように無数の棘が生み出され、奴の進路を塞ぐ壁となる。が、それでも奴は正面突破を止めようとはしなかった。勢い任せに拳をぶつけ、次々に壁は砕かれていく。もう奴に棘は効かない…………。
――だがそれは、硬度が変わらなければの話だ。
突進するしか脳のない獣は簡単に引っかかった。
棘と拳が重なる瞬間、奴の外骨格が弾かれる。新たに生み出された刃は外郭を砕くほどの硬度を持っている。そして、今まで赤黒かった棘は、白銀の光沢を帯びている。
奴の真下から、剣山の如く棘を生み出す。生み出された棘は、また新たに刃を生み出す。次第に奴の行動範囲が狭まっていき、鋼の檻に閉じ込められる。調子に乗って正面から迎え打つから負けんだよ。
男は拳が効かないとわかるや否や、正面から打ち合うのではなく、軌道をずらす様に刃を受け流し始めた。がもう遅い。無限に生成され続ける棘により、奴の体は徐々に貫かれ傷ついていく。
やがて、棘はタコの触手のよう柔軟な動きへと変化させた。外骨格すら貫く鋭さを持ち、奴の拳すら砕く鋼鉄の強度。そして無限にも等しい量。ただでは殺さない。両手足をちぎって、蛆虫のように這いずらせてから、命乞いをさせてやる。
無数の触手の一撃はとてつもない金属音と打撃音を放った。
「あはははははははは。死ね!死ね!死ね!」
無尽蔵に生成され続ける触手が、トドメと言わんばかりに、奴を潰す。
「ぶっ潰れろ!!!」
全ての触手で奴を潰すと、気持ち良い風が全身に通った。衝撃で生まれたその風は勝ちを確信させる。
……しかし……触手が…………動いた。
「はぁ……ホントに
ジリジリと擦れる金属音。先ほどから一切動かしていないはずの触手が、徐々に上へ押し上げられている。
嘘だ、押し返されている……。触手はギシギシと音を立て、ヒビ入っていく。
圧力を上昇させても、まだ押し上げられる。いや、まだ上げる必要がある。硬度も圧力も!!
「鬱陶しいな……」
次の瞬間、触手は粉々に砕け散った。破片が飛び散り、飛んできた刃先が彼女の頬を掠める。傷は能力ですぐにふさがるが…………。
触手の檻から出てきた奴の背中には、蜘蛛のような6本の足が生えていた。
「お前の弱点、教えてやろうか?少なくても3つある。」
あのムカつく声が再び聞こる。…………うるさい。
「まず、能力頼りの単純思考だ。」
うるさい…………。
「自由だとか言っておいて、作ってるのは同じものばかり。ある程度思考する時間が必要なのか、単調な頭をしてるのか……」
「うっさい。」
「2つ目。視界の範囲でしか物を作れない。地面の触手しか使ってないし。さっきも、俺の地面ごと爆破でもすれば少なくとも追撃は出来た。でもしなかった。」
「うるさい!!」
「いや、出来なかったんだろ?見えてないから。そして最後……3つ目。」
「うるさいっつってんだろ!!」
奴の足元から直接棘を出し胴体を串刺しに…………しかし、もう奴は居ない。
「どうした?図星か?」
6本の足を壁に刺し虫のように張り付いている。そのまま、地上と変わらない速さで移動を始めた。何度も鋼の触手をで叩き落そうとしたが、暸らかに速さが足りない。いくら突き刺しても壁が壊れるばかりだ。かすりもしない。
外せば外すほど奴の口が開く。
「能力は強い。認めてやるよ。でも宝の持ち腐れだ。」
「るっさい!!!!」
広間を埋め尽くす巨大な触手で、壁一面をすべて吹き飛ばした。建物は削れ、地面は抉られた。煙が周りを覆い尽くし、眼前すら明瞭ではない。
それでも声だけは聞こえる。
「視界が大事なんだろ?」
声のする方向に触手を突っ込ませ、触手が影を捉えた!しかし次の瞬間には、土煙の中から岩が飛び出してくる。
瞬時に壁を作り岩を防ぐ。不意打ちのつもりだろうが、
「そんな攻撃が私に効くと思ってんのか!」
「そういう所が持ち腐れなんだよ……。」
声は真後ろからだった。いつの間に……下がらないと――――
後ろには壁――――
拳は握られている……逃げ道が――――
咄嗟に足元から、出来うる限り大きい壁を目の前に作り出した。轟音と同時に奴は眼前から姿を消す。作り出した壁が上へと押し上げたのだ。
想定とは違ったが、どちらにせよ勝った!空中に高く持ち上げられ、受身が取れないでいる。
間抜けめ。
触手の先端は鋭利な刃を作り、奴を貫く。
気持ちのいい音だ。貫かれた奴の右腕は宙を舞っている。
「バカが!死……ッッ!」
勝ちを確信した!腕を切ったんだ!奴は空中で、このまま落下して…………
私は目を疑った――
残った左腕で触手を掴み、当然のように足場にしている。
は?
「ヒーロー……」
触手を蹴り、急激に加速し降下してくる。
「キーーッック!!!」
前に突き出された足によって、尋常ではない速度で触手が壊されていく。
右腕だぞ!痛覚はないのか?それよりも壁を!!いや、違う、硬度が必要……さっきみたいに……
しかし、目の前にある光景は砕け散っていく壁……今壁を作っても、また――――
でも、ほかに――――
棘を……それじゃ私が……
壁がすべて…………砕け……
わたし……が……まけ…………
凄まじい衝撃と轟音。金属破片が飛び散り、施設の庭は戦闘の影響で残骸しか残っていない。建物はかろうじて原型を残しているが、外壁が抉られ、内部が丸見えになっている。時間が経てばいつか倒壊する。
男の目に、真っ先に入ったのは彼女だった。
最後の最後で間に合った壁により、衝撃が多少は軽減されていたらしい。が、か弱い少女を瀕死にするには十分過ぎた。
体は切り刻まれ、自分で作った刃や壁の破片が胴体に突き刺さっている。腹部の破損と出血が先の威力を物語っていた。口からは大量の血を流し、意識がない。
「流石にやり過ぎたな。つい本気で攻撃を……早く救護班と応援を――――」
目の前には男がスマホで呑気に電話をしているという現実。そう彼女は負けた。傷だらけで……負けた。文字通り血反吐を吐き負けた……。
彼女の呼吸は浅くなって…………視界も……暗くなる……
このまま……死を……
死んで……
負け……て……捕まって……もう……お終い……
違う…………こんなのは…………間違ってる…………
嫌だ………………
イヤだ…………いやだ…………
いやだ、イヤだ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!
「いえ、そういう訳では………………ですから……なッ!」
真っ青な炎が全てを包んだ。
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