第2話 追放理由の詳細と村の異常性


研究室の冷たい床に、荷物を詰めるためのカバンを無造作に広げる。俺は、昨日のことのように思い出していた。管理者たちが集まる会議室で、俺の人生を地獄に突き落とした、あの報告の瞬間を。

俺の研究テーマは、『村民が持つ特異な感覚の遺伝的要因の分析』。この村の人間が、なぜこれほどまでに優れた嗅覚を持つのか。その謎を解き明かすことは、我々の存在意義そのものに繋がると信じていた。

研究は順調だった。俺はついに、嗅覚を司る遺伝子の中に、他の生物には見られない、極めて特殊な構造を発見した。それはまさしく、我々が「選ばれた民」であることの科学的証明になるはずだった。

――だが、研究を進めるうち、俺は奇妙な事実に気づいてしまった。

「……このデータをご覧ください。これは、我々村民の特殊な感覚に関する遺伝子情報です。そしてこちらが、禁書庫から発見した旧文明時代の、ヒトの遺伝子サンプルデータです」

会議室で、俺は2つのデータを並べて表示した。

「ご覧の通り、基本構造は酷似しています。しかし……我々村民の遺伝子には、明らかに旧文明人のデータには存在しない、極めて人工的な改変の痕跡が見られます。これは自然な進化では説明がつきません。まるで、何者かの手によって、我々の感覚が意図的に『強化』され、同時に何か別のものが『退化』させられたかのような……」

その瞬間、管理者たちの顔色が変わったのを、俺は見逃さなかった。彼らの表情から、それまでの無関心な能面が剥がれ落ち、焦燥と、そして恐怖の色が浮かび上がっていた。

「黙れッ!」

一人の幹部が、金切り声を上げた。

「貴様、何を言い出すかと思えば!我々の神聖なる血統を、作り物だとでも言うのか!」

その言葉を皮切りに、同調する声が次々と上がる。先ほどまで俺を賞賛していた同僚たちでさえ、手のひらを返したように、俺を糾弾し始めた。

「そうだ、タケシ!お前は危険な思想に取り憑かれている!」

「村の調和を乱す気か!この裏切り者め!」

裏切り者?俺が?

真実を追求することが、なぜ裏切りになる。

彼らの瞳には、俺への怒りよりも、何か得体の知れないものへの「恐怖」が色濃く宿っているように見えた。彼らは真実を知ることを恐れている。いや、真実が暴かれることで、自分たちの地位や、信じてきた日常が崩れ去ることを、死ぬほど恐れているのだ。

だから、真実を語る俺を、異端者として排除しようとしている。

研究室の片隅で、最後の研究ノートをカバンに押し込む。追放宣告を受けた後、俺と言葉を交わそうとする者は誰一人いなかった。すれ違う村人たちは、まるで汚物でも見るかのように俺を避け、ひそひそと噂を交わしている。

「危険思想の持ち主だそうだ」

「関わらない方がいい」

俺は、この村で完全に孤立した。たった一人で真実を追い求めた結果が、これだ。

胸の奥が、氷のように冷えていくのを感じる。怒りも、悲しみも通り越し、今はただ、虚しいほどの孤独感だけが、俺の心を支配していた。

「……俺を信じてくれる人は、この村にはいないのか」

ぽつりと漏れた独り言は、がらんとした研究室に虚しく響き、誰に届くこともなく消えていった。

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