『ごんぎつね』RTA any% 〜 バグ無し・最速クリア 〜

下田 空斗🌤

区間1 ごん、撃たれる

 これは、わたしが小さいときに、村の茂兵もへいというおじいさんからきいたお話です。


◉「さあ、始まりました。全国ごんぎつねRTAReal Time Attack選手権! 実況はわたくしかちかち山のたぬき。そして解説はおなじみの——」

★「やまなしのクラムボンです」


◉「クラムボンさん、よろしくお願いします」

★「お願いします」


 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなおしろがあって、——


◉「今回のレギュレーションは、any%RTAです。いかがでしょう、クラムボンさん」

★「そうですね。ルール無用のなんでもあり。正規エンディングに至る道筋をどう作るかがポイントとなるでしょう」


 山の中に、「ごんぎつね」というきつねがいました。


◉「ここで選手入場! 『ごんぎつねとは、死ぬ事と見つけたり。俺様の死に急ぎっぷり、とくとその目に焼き付けろ!』と意気込みコメントをくれたのは、この狐、カル那須ナス・ごーんさん!」

★「いい狂いっぷり。仕上がってますよ、これは」


 夜でも昼でも、あたりの村へ出ていって、いたずらばかり——


◉「今回も穴から出たタイミングで計測開始となります。クリア条件『火なわじゅうで撃たれて兵十に最後のセリフを言わせる』を達成した瞬間タイマーストップです」

★「100%カテゴリと違い、段落スキップも可能なのがany%の魅力ですね」

◉「今回のRTAで、一体どんなプレイングを魅せてくれるのか。今、その火蓋ひぶたが切られようとしております!」

★「ちなみに『火蓋を切る』という言葉の語源は、火縄銃が元になっていて——」


 ある秋のことでした。二、三日雨がふりつづいたそのあいだ、ごんは、ほっとしてあなからはい出しました。


◉「さあ、スタートです!」


 ごんは脇目も振らず、兵十ひょうじゅうの家へと駆け出しました。


★「出ましたね。おっかあ謀殺ルートです」

◉「ごーん選手、血も涙もない!」


 家に至ると、ごんはとこについた兵十のおっかあに近寄ります。


◉「any%カテゴリで数々の奇手が生まれた、この第一区間。ごーん選手は何を見せてくれるのか!」

★「原作には銃殺シーンがあるので、残虐性が無ければ倫理的に許されます」


「ほら。おいしい栗ごはんだ。たんと食べな。」と、ごんは兵十のおっかあの口にくりをねじ込みます。


◉「こ、これは、全くの新規ルートか!?」

★「この先の展開が予測できません」


 パサパサの栗が、みるみる兵十のおっかあの口に詰まり、やがて事切れてしまいました。


◉「ああっと! 謀殺ッ! やはり謀殺ですッ!」

★「随分と回りくどい手段でしたね」


 ごんは茶わんを放置し、土間にくりを固めて置くと、家のうらへとかくれました。


◉「クラムボンさん。なぜany%では謀殺ルートが多用されるんでしょうか?」

★「通常のルートですと、第二段落の葬式イベントまでに十日を要します。しかし謀殺する事で、それが大幅に短縮されるんです」

◉「人の心とか無いんですかね」

★「キツネですからね」

◉「たしかに」

★「ばばあ汁を作ったタヌキよりマシです」


 やがて、足音が聞こえてきました。

「兵十だな。」と、ごんは思いました。


◉「さあ、兵十がこの事件現場に帰ってきます!」

★「本来、川下で出会う時に使われる一文を、ここに挟んでくるのは洒落てますね」


「お、おっかあ!」

 兵十がかけ寄りますが、おっかあはすでに息をしていませんでした。


◉「感動のシーンですね」

★「まだ第一段落です」


 兵十は辺りを見回し、土間にくりが固めて置いてあるのが目につきました。


◉「おや? このシーン、原作の第六段落と似ていますね」

★「まさか……」


 そのとき兵十は、ふと顔を上げました。と、くりを抱えたきつねが家の中へ入ってくるではありませんか。


◉「これは……!」

★「考えましたね、巧妙です」


 ドンとうちました。ごんはばたりとたおれました。


◉「疾いッ! 恐ろしく速いクイック・ドロー!」

★「兵十の怒りが成せる技ですね。これも時間短縮に熱意を注ぐ、ごーん氏の策の内か」

(※安全のため競技用ゴム弾が使用されています)


「ごん、おまいだったのか。くりをくれたのは。」


◉「ここでタイマーストップゥッ! なんと驚異の初日決着ですッ!!」

★「好感度をマイナスに振り切って、ラストの台詞を引き出すとは。お見事です」


 ※おまけエンディング※


 ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなづきました。

 兵十は、火なわじゅうをばたりと取り落としました。青いけむりが、まだつつ口から細く出ていました。


 ※エンディングおわり※


◉「なんだかエンディングの印象がガラリと変わって見えますね」

★「原作では、思い違いの末の悲劇による寂寥感せきりょうかんがありましたが、今回の場合は、復讐を成し遂げた哀愁を感じさせます」

◉「しかし、ごーん選手が見せてくれた攻略手順は本当に予想外でしたね!」

★「まさかこんなチャート構築があるとは、思っても見ませんでした。ごんぎつねRTA界の未来は明るいですね」


 ザワザワ ザワザワ


◉「おっと? 何事でしょうか」

★「審議中のようですね。倫理的には問題無さそうですが」


◉「結果が出たようです。——ああっとォッ!! この記録、無効ッ! なんと無効ですッ!!」

★「一体何がダメだったんでしょうかねぇ」


◉「今、審議結果が手元に届きました」

★「なになに……あ、なるほど」

◉「セリフです! 兵十の台詞が違っていたため、クリア条件は未達成と判定されましたッ!」

★「正式には『いつも﹅﹅﹅くりをくれたのは。』でしたね。私も見落としていました」


◉「惜しくも記録として残らなかった、カル那須・ごーん選手に感想をお聞きします」

▲「いやあ、残念ですね」

★「発想は面白かったんですけどね」

◉「一応、兵十さんにも聞いてみましょう」

◆「いやあ、(鉛玉を使えないのが)残念ですね」

◉「ありがとうございました」


◉「今回は不成立となりましたが、クラムボンさん如何でしたか?」

★「そうですね。彼のチャレンジ精神は評価に値すると、私は思いますよ。次に期待しましょう」

◉「本日の解説、ありがとうございました」


◉「来週のこの時間は『わたしと小鳥とすずとRTA 〜 私だけいればいい 〜』をお送りします」

★「小鳥とすずは?」

◉「それでは皆さん、ごきげんようッ!」


   ▲ ごんぎつねRTA 完 ▲

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