紫陽花のささやき

すばる

朗読用 約800文字 5分程度

雨がしとしと降る夜、ハルはソファに沈み込んでいた。

腹痛が収まらず、頭は重い。


「また迷惑をかける…」


締め切りに追われ、休めない自分を責める声が響く。


「もう、なんとかならないかな…」


と呟くと、窓辺の紫陽花がキラリと光った。え、なに?


「ハル、聞こえる?」


囁くような声。

紫陽花の紫の花びらが揺れている。



「私たち、紫陽花。雨の夜は、秘めた魔法が目を覚ますの」



ハルは眉を上げた。


花が話す?

疲れすぎて幻聴か?



「魔法?そんなもの…」


「見てて」


紫陽花がささやくと、庭の花々が輝き始めた。


青、ピンク、紫…まるで夜空に星が瞬くよう。


「ハル、心が重いんだね?」


ピンクの紫陽花が柔らかく言った。


「私たちの色は、心の影を映すの。どの色に惹かれる?」


ハルはため息をつき、


「紫…かな。静かで、落ち着くから」


紫の紫陽花がふわっと光り、涼しい風が部屋を撫でた。


腹痛が少し和らいだ気がする。


「何がハルを縛ってるの?」


青い紫陽花が穏やかに尋ねた。

ハルはぽつり。


「仕事…。ミスが怖い。みんなに失望されたくなくて、でも限界で…」


紫陽花たちは静かに頷いた。


「雨粒を見てごらん。一つ一つ違う形なのに、共に輝く。

葉から零れた滴も、また新しい光になる。ハルも、今のままでいいのよ」



言葉に胸が軽くなる。


花びらから小さな光が舞い、ハルの手のひらに落ちた。

紫の花びらのお守りだった。



「これがあれば、私たちがそばにいる」



ハルはお守りを握った。温かさが広がり、瞼が重くなる。


「ありがとう…紫陽花」


呟き、眠りに落ちた。



朝、雨が止み、ハルは清々しい気分で目覚めた。

腹痛も静かだ。


窓の外、紫陽花が朝日に輝く。


「また話そう」


風に揺れる花がささやいた。


ハルは微笑み、お守りをポケットにしまって会社へ向かった。



(おしまい)


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