友情の黒煙
愛田雅気
友情の黒煙
今日も最前線から銃撃戦の音がする。銃が持てても標的が見えづらい私は後方で兵站をいわゆる雑用係をしている。戦争に来る以前は岐阜の片田舎で毎日誰かに罵られながら生きていた。来る日も来る日も忌み子として冷たい視線を送られ結婚などもできず熾烈な人生を送ってきた。村では学校も行かず近所の同年代の子供にも「醜男」と言われ続け友人と呼べる人間は存在しなかった。そんな私は父からの下劣な言葉を機に戦場に来た。私は最前線に行きたいと志願したが目が悪かったのと体がひ弱なのも相まって前線の後方支援に配属された。
私は前の醜く見られる自分が嫌で戦場に飛び出してきた。しかし、美の価値観というのは大衆的なものであり均一的なものであった。こけたら痛いと思うように私は醜いと思われた。子供が乱暴におもちゃを扱う態度のように私は感情の無い人形だと思われここでも罵詈雑言を浴びせられてた。結局私は皆が本来我慢するはずだった悪心を受けるサンドバックであらなければなくそれは世の理であり自然現象であるのかと絶望してしまった。しかしそのような理は急に無くなってしまった。それはここに来て三日目のことだった。その日もまた私は暴言を吐かれていた。苦しいが何も抵抗できない無力感を感じ、いつものように自己嫌悪の沼に嵌ってしまっていた。「そんな情けないことをするのはやめろ」暗がりの沼の中に危険を顧みず飛び込んできた者がいた。その声は獅子の唸り声のような気迫がありその場を圧倒していた。思わず私は顔をあげ攻撃していた人たちの顔を見た。その人たちは以前までの威勢のいい表情は消えており怯えた鹿のような顔になっていた。それから迫真の謝罪をし怯えた奴らは去っていった。「大丈夫かい?」彼の声は先ほどの気迫はなく優しくまるで女神の囁きのような声をしていた。彼は手を差し伸べてくれ私は急いで立った。感謝を述べるために私は相手の顔を見た。そして私は驚いた。その容姿は美少年そのものだった。見るだけで息をのみ、目が離せなくなりその存在に圧倒された。まるで楊貴妃を見ているかのようなそんな気分になれた。「助けてくれてありがとう」私は赤面しながらも言った。しかし彼はそんなことは気にせず「お礼なんて良いよ」と笑いながら言ってくれた。安堵感は抱いていたがやはり人という者が怖くなっているのだろうか、私はうまく会話を繋げなかった。これまでの人生で徐々に生えてきた棘の付いた蔓は急速に成長しより一層喉を締め付けてきた。心臓の音が大きくなり相手の目をうまく見れなくなっていた。そんな時彼は僕に肩を組んできてくれ「ゆっくりで良いよ」と優しく語りかけてくれた。その瞬間蔓は消え去り私を痛めつけるものは無くなっていた。「私は悠志。松田悠志です。」気づけば自己紹介をしてしまっていた。彼は少し驚いていたが「僕は渉、福家渉だ。よろしくね」とおんなじ返しをしてくれた。それが不思議とおかしく一人でツボに嵌っていると渉もまた一緒に笑ってくれた。私たちは少し仲良くなれたような気がした。それからお互いの過去について語り合った。渉は私の過去に共感し寄り添ってくれた。逆に私は渉の過去に驚いてしまった。渉は何でも政治家の息子だと言ってきた。しかし妙だ。わざわざ裕福な政治家の息子がどうして軍にきたのかがわからなかった。その疑問を投げかけると渉は表情を変えた。「復讐だ」冷たい一言が渉の口からこぼれ落ちてきた。かつて渉には家族を養うために軍に行った親友がいた。その親友と渉は文通をしていた。その内容は軍のご飯のおいしさや軍でできた友だちの話など非常に気さくなもので戦争に行っているとは思えない文通だった。しかし親友が送った最後の文通には戦争への恐怖がびっしり書かれていた。そしてその後すぐに友人の死亡通達が送られてきた。それで渉は友人を変貌させた敵に復讐を決意した。最初は最前線に志願していたが父の影響もあり兵站として働くことになった。これを語っている時の渉の顔は恐ろしく、私は直視できなかった。
それから時は経ち渉との出会いから半年がたった。私は初めての友人ができたことに日々喜びを感じていた。毎日を渉と過ごしていた。今まで感じられなかった幸せを私は感じていた。今日は夜に見張りをする渉に同行して欲しいと頼まれたので私はついていくことにした。見張りをしながらも私たちは談笑をしていた。いつも通りの日常がそこには広がる。身近な幸せが感じ取れた。この空間は永遠に続くものだと信じていた。いきなり遠くで銃声が一発鳴った。最初は誤射をしたのかと思った。
見張り台から鐘の音が鳴る。「敵襲だ」けたたましい声と連続する鐘の音で私は現実を思い知った。『ここは戦場なのだ』と。どこからか叫び声が聞こえてきた。そう遠くはないところからだ。無数の足音が茂みからこちらへ向かってくる。私は死を覚悟した。銃を音のする方に向けトリガーを引いた。その瞬間だった。私は渉に押され穴に落ちた。渉はその穴に木の板を被せようとした。「なっなんで」打撲した私は声を絞りながら言った。「お前は生きろ」その言葉とともに渉は遺書と書いた封筒を穴へ落とし板を閉めた。その後だった。渉の雄叫びと共に激しい銃声が響いてきた。その銃声はしばらく続いた。その間も私は穴の中でひたすらに願った。渉がまたこの木の板を開けてくれる事を。しかしどれだけ待っても渉は開けにこなかった。
上から何も音がしなくなり私は自ら穴をでた。足音が鳴っていた茂みの方へ向かいひたむきに銃を構え渉を探した。茂みの中にはいくつもの西洋人の死体が転がっていた。死体があればあるほど私は希望を抱いていた。少し歩くと茂みを抜けた。月光が辺りを照らし血溜まりのある野原を鮮明にうつした。そこには一つの死体が転がっていた。それを見た瞬間、私の足取りは急に重くなった。ゆっくりと死体に近づいた。死体は渉だった。体には何発もの銃弾が撃ち込まれており、もう助からないのは明確だった。血に塗れた大地を踏みしめ私は泣いた。ひどく悲しんだ。私のまほろばは蜃気楼のように消え去ってしまった。
私は渉の死体をもち陣地に帰った。陣地は壊滅状態で生き残りは私を含め18人だった。
皆が仲間の死体を焼いていた。私も渉の死体を焼いた。燃え上がる火の明かりを頼りに私宛の遺書を読んだ。その内容はとても短いものだった。『昨晩、敵軍が明日の夜に奇襲をかけてくるかもしれないという報告があったと隊長らが話している所を聞いてしまいました。しかし隊長たちは自らの事しか考えず僕らの命を投げ捨てるという選択肢を取りました。そして翌日、僕は見張りです。だから僕は死ぬことになるでしょう。そして悠志も死ぬでしょう。ですが僕はあなたを失いたくはなかった。だから見張りをする場所の近くに小さい穴を先ほど掘ってきました。銃撃戦が起きそうになればそこに悠志を隠すつもりです。怪我をしていたらごめんなさい。ただ政治家の息子だと知っても何の思惑もなくただただ友人として仲良くしてくれたのは悠志だけでした。僕はあなたを守るためなら死すらも怖くは無いです。ただ一つ心残りはあります。それは復讐を果たせなかったことです。父の根回しで兵站にされ思うように動けませんでした。きっとこの戦いで4、5人は殺せるでしょう。ですが私はこの身をもってして敵兵を殲滅したかった。心残りはただそれだけです。最後に悠志、自由に生きろ。「お前ならできる」。』
この矛盾ある遺書を読み私にはなさねばならぬことがあると理解した。それは渉の思惑であり私の使命であり絶対的な運命なのだと悟った。その心はもうすでに死を恐れていなかった。私は使命を全うするためすぐに倉庫に向かった。なるべく大きいリュックに大量のTNT爆弾と火薬をつめその上にはカモフラージュの物資と銃を入れた。そして隊長の部屋へ赴き軍のために重要な書類をいくらか盗んだ。そのあとは無線で前線の部隊に連絡をとり、後方支援は壊滅状態なことと私の思惑を話した。前線は追悼の意と共に思惑を許してくれ今から向かうことにした。
前線にいく最中の足取りは不思議と軽く疲れも何も感じなかった。重いリュックの中には渉の思いが入っているような気がしてそれを背負えているのが嬉しく感じた。たとえ操り人形だとしても私の気は悪くなかった。そして前線につき思惑の内容を詳しく語った。
その内容は『私が敵陣地に行き爆破を起こす。混乱が生じているうちに前線の部隊が敵陣を制圧する』というものだ。その作戦はシンプルなもので皆が理解をするのは容易く陣形も既存のものを使った。実行は昼頃になるため私はすぐに移動を開始した。
そして敵陣の前につき、いよいよ始める時がきた。大声を出し大きく手を挙げ私は偽の意思を敵に示した。するとすぐに囲まれ銃を突きつけられた。そして私はくすねた書類を見せ投降の意を確実なものにさせた。中に案内され持ってきた缶詰を敵兵に配った。敵は頬を綻ばし私の肩を叩いた。私は笑顔を見せた。次の缶を配る素振りをしてそのままリュックの中にある銃を持ち火薬の中に突っ込んだ。私は悔いはなかった。それどころか私の心にはいつの間にか憎悪が溢れていた。とても敵を憎く感じた。銃の重い引き金を私は軽々と引いた。「渉、ありがとう」感謝を述べたあと辺りは爆破し私の体と共に数十人の敵兵が飛び散った。爆破とともに前線の軍隊が雄叫びを上げながら敵地に乗り込み激戦を繰り広げていた。その時の空には二人で作り上げた黒い煙が浮かんでいた。
友情の黒煙 愛田雅気 @yukimaro2007
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