第10話 懸念

「……お、おかえりなさいお姉ちゃん! きょ、今日はどうだった?」

「うん、ただいま鴇杜ときとくん。……うーん、今日もほどほどかな」

「……そ、そっか」



 それから、二週間ほど経て。

 カフェ『RUHE』にて、例のごとくそんなやり取りを交わす私達。いつものことではあるけど、ロクに返せる答えもなく申し訳ないけども……でも、基本そんなもんだしね、私にとっての学校って。……ただ、それはともあれ――



「……あの、鴇杜くん。最近、何かあった?」


「…………へっ?」


 

 ふと、そんなことを尋ねてみる。すると、少しの間があった後――



「……えっと、どうして、かな?」

「……その、最近ちょっと元気がないように見えてたから、何かあったのかなって……」

「……そっか。ううん、何でもないよ。心配してくれてありがとね、お姉ちゃん」

「……そっか。ううん、気にしないで」



 そう、穏やかな微笑で話す鴇杜くん。本人が何でもないと言っているのだから、単なる私の思い過ごし……うん、だとは思えない。でも、大いに気掛かりではあるものの、彼自身がそう言っている以上これ以上の追求は今のところ難しい。……うん、ならばやっぱり――





「ん? なんだよパンチラ女」

「いやだからパンチラ女と……いや、いいや。良くはないけど、今はいいや。そんなことより――」



 その後、しばらくして。

 そう、近くを通った愛斗まなとさんを捕まえ控えめに話し掛ける。いい加減、その呼び方は止めてほしいのだけど今はいい。全く以て良くはないけど、今はそれどころじゃない。そんなことより――




「……それで、愛斗さんなら何か知ってるかなって」


 ややあって、そう締め括る私。尋ねたのは、もちろん鴇杜くんに関して。彼がこちらに注意を払えないタイミングを見計らって、こうして愛斗さんから事情を聞き出そうと……いや、分かってるけどね。他人ひと様の繊細なプライベートを、こうしてこっそり引き出そうなんて褒められた行為ことでないことは。


 ……それでも、やはりどうしても気になって。会ってまだ間もないのに、こんな知ったようなことを言うのもどうかとは思うけど……それでも、彼が何かしらの悩みを抱えているのは間違いないと断言できて。

 ……それなら、私だって……あの日、彼が私を救ってくれたように、私だって彼を――



「……気付いてたのか、お前」


 すると、ポツリとそう口にする愛斗さん。大きく目を見開いたその表情かおからも、演技でなく本当に驚いていることが伝わって……いや、そもそも演技する必要とかないんだけども。

 ともあれ、彼のその気持ちも尤もで。と言うのも、傍から見るとここ最近も鴇杜くんはほぼいつも通り――なので、恐らくは頻繁に来てるお客さんの中でも気付いてない人の方が多いだろうし、私だって最初の方だと気付かなかっただろう程度の違和感でしかなくて。やっぱりプロなんだと改めて感心する一方、心配はいっそう募るばかりで――



「……まあ、色々とあってな。けど、お前は何も気にしなくていい。こっちでどうにかするから」

「……愛斗さん」


 すると、軽く頭を搔きそう口にする愛斗さん。気にしなくていいと言われてしまえば何とも寂しいけど、適当にあしらっている感じはないのでこちらとしても何も言えなくて。


 ……まあ、そりゃ言えないよね。なにせ、当の鴇杜くんが伏せてることなんだから。……うん、分かってはいたことだけど、やっぱり部外者が立ち入るべきじゃないんだろうね。






「…………ふぅ」



 それから、数時間経た宵の頃。

 自室のベッドにて、横になりそっと息を吐く私。あれ以降――何かあったかとの問いを掛けた以降も、やはり彼はいつも通り。いつもの通り、優しく暖かな笑顔で終始――



『……でも、嫌なわけなんてない。すっごく魅力的で素敵な、お姉ちゃんの個性だよ』



 そう、陽だまりのような笑顔で告げてくれた鴇杜くんの言葉。……うん、分かってる。これが、お節介ってことくらい。きっと、大人しく愛斗さん達に任せた方がいいってことかくらい。……それでも――



「……やっぱり、力になりたい」



 そう、決意を込め呟く。……うん、分かってる。大人しく任せた方がいいってことくらい。でも、生憎ながら私は大人じゃない。私だって、彼のために何か――









 

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