第7話 気になっていたこと

「……お、お待たせお姉ちゃん。厚焼き玉子のホットサンドとブレンドコーヒー、だよね?」

「うん、ありがとう鴇杜ときとくん」



 それから、ほどなくして。

 そう、いつもの通りたどたどしい口調でそう口にする鴇杜くん。そして、いつもながらこうして控えめに確認してくれるところがいと可愛い。


 ちなみに、さっきのあのお客さんはと言うと……つい先ほど、何ともバツの悪そうにそそくさとお店を後にしてしまって。尤も、お店側が追い出したわけじゃないし出禁にするつもりもないみたいだけど……まあ、流石に今日は気まずいよね。他のお客さんからの視線も見るからに痛かったし。




「……それにしても、ほんと大変だよね鴇杜くん。私はここに来てまだ六回目だけど、もう11回もあれに近い光景を見てるし」

「……へぇ、すごいねお姉ちゃん。回数まで覚えてるんだ」

「……あっ、いやその……」



 その後、そう告げると感心したような表情を見せる鴇杜くん。……いや、その、なんか無意識に数えちゃってて……うん、恥ずかしい。


 ともあれ、今言ったように、あれに近い光景はもう幾度も目にしていて。それも、基本平日に来る私がここにいられるたった二時間くらいの間にもう幾度も目にしていて。そして、中にはさっきのより酷いのあって……うん、ほんと大変だと思う。なので――


「……あのさ、鴇杜くん。その、こんなこと聞くのもどうかとは思うけど……でも、嫌になったりすることないの? このお仕事」

「……へっ?」


 そう、逡巡しつつも尋ねてみる。……うん、分かってる。鴇杜くんが、本当にこのお仕事を好きなことは。だから、不躾な質問といだとは分かってるつもりだけど……それでも、あんなことがこうも頻繁に起きていたら――


「……心配してくれてありがと、お姉ちゃん。でも、嫌になったりなんてしないよ。だって……こんなおどおどした僕の接客を、みんな嫌な顔一つせず笑って受け入れてくれて、僕の淹れたコーヒーをほんとに嬉しそうに飲んでくれて……だから、僕はここに……RUHEに来てくれるみんなが大好きなんだ。もちろん、愛斗まなとくんや颯也そうやくんのように、こんな情けない僕を支えてくれるチームのみんなも大好きで……だから、嫌になったりなんてしないよ」

「……鴇杜くん」


 すると、ゆっくりと……それでも、彼かしらかぬ淀みない口調でそう口にする鴇杜くん。……うん、ほんとに余計なお世話だった。パッと咲く満開の笑顔を見て、改めてそう思う。



 ……ところで、それはそれとして……少し前から、気になっていたことがあって――



「……あの、鴇杜くん。店長さんって、どの人? 私も見たことある?」


 そう、控えめに尋ねてみる。颯也さんが副店長なのはさっきのようなやり取りから知っていたけど、店長がどの人なのかはまだ知らなくて。……私も、会ったことあるかな? それとも、まだ一度も――



「……その、実は……僕が、店長で……」


「…………へっ?」



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る