トゥルーデおばさんちの公衆電話は撤去されないぞって話

崇期

その一

 ともに専門学校生である真色まいろ音羽おとは。音羽の家にて無駄話に花を咲かせておりました。


「音羽のお兄ちゃんの店、超やばかった〜。内装がレトロチックでさ。『ルービびしに』とかいう回文的ポスターが意味不明なんだけど、感じ出ててさ」

「ちょ、回文とかマジでウケるんですけど。あれ、『にしびビール』だから。昔の横文字は右から左へ読んでたんだよ」音羽は呆れ顔で訂正するものの、まんざらでもない様子でした。「内装は結構こだわったって言ってたからね。さっそくのこと行ってくれてサンキューだわ」

「カウンターに黒電話も置いてあった。わたし、実物はじめて見たかも」

「フワッツ! マジで?」驚く音羽。「電話としては使えんけど、インテリアとしてイケてるよね。ピンクの電話とか公衆電話とかも、今はほとんど見かけないもんね」

「公衆電話ってなんだっけ?」

「はあ? 真色ってば、マジで言ってる? 公衆電話知らねーとか」音羽は、んー……とあごに指を当てて考えます。「無理宮むりぐう町にある公衆電話の残機っつったら、もうトゥルーデおばさんちの前にあるやつぐらいかもね。日本電報電話局が町に設置している電話機でさ、人が入れる大きさのガラスケースの中にあって、お金を入れたら誰でも一定時間使えるわけ」

「なにそれ、自動販売機じゃん」

「だから公衆電話なんだって」

「ところで、トゥルーデおばさんってさ」真色は嬉々ききとして話題を変えます。「なんか、やばいとかいうおばさんでしょ? 前々から噂で聞いて気になってはいたんだ。公衆電話もあると聞いたら、鴨とネギがセットで置いてあるみたいなもんじゃん。ちょっと行ってみたいなーなんて」

「バカ言いなさんな!」音羽は叱りつけます。「あの人マジでやばいんだって。なんか〝のっぴきならない事情〟ってやつでドイツから引っ越してきたらしいんだけど、日本の信号機が気に入らないとか言って何本かへし折ったって話よ。素手でよ?」

「やたらファンキーじゃん。九州には熊がいないからその代わりって感じ? でも日本語しゃべれるんでしょ?」

「あんたねー、マジで興味持つのやめなよ。絶対に関わらない方がいい人なんだって」


 

 親友の忠告もこの女主人公には響かなかったのか、ある夜、音羽の携帯電話に真色からヘルプの電話がかかってきました。

「『公衆電話』って恐ろしい表示が出てたからまさかと思ったら……あんた、もしかして──」

「今、トゥルーデおばさんちに来てるの」切羽詰まった様子の真色の声です。「あんたの言ったとおりだわ。めったくそやばいわ、あのおばさん」

「ウケる〜。マジで行ったんだ。……てか、今どういう状況?」

「公衆電話のボックス内に避難してる。公衆電話ってさ、やっぱレトロ感満載だわ。使い終わったテレフォンカードが捨ててあったり、いかがわしい広告がガラスに貼られてあったり、ぼっろぼろの電話帳の黄色い表紙には『たすけて』とかマジックで書かれてあるの。これってダイイングメッセージってやつじゃない?」

「わたしに電話するより警察に電話しな。ね、緊急ダイヤルだったらたしか無料でできるはずよ?」

 再度の忠告も無視して、真色は興奮冷めやらぬといった様子でしゃべり続けます。「ねえ、聞いて。トゥルーデおばさんちに足を踏み入れたらさ、日に焼けたわけでもないのに真っ黒な肌の男がいてさ、倒れている冷蔵庫とか、ドラム缶とか大木とか、倒れている人とかを軒並み起こして、立ててやってるの。倒れている人は意識がないみたいで自立できないから、体にロープを巻きつけてさ、木の枝にぶら下げる形で立たせてやってるわけ。リアル操り人形よ。それでわたし、『なんで立たせているんですか?』って訊いたの。そしたら黒い男が──



 その二へ続く。

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