人生調味料
ちびまるフォイ
調味料を味わうための人生
「はあ……」
「どうしたんだよため息なんかついて。
もうすぐ退勤時間だろ。家に帰れば天国だ」
「家に帰っても寝るしかないし……」
昔はこうじゃなかった。
学校から帰れば一目散に好きなことをやっている。
RPGのダンジョンにワクワクしていたし、
知らない場所にいくときにはドキドキしていた。
それが今や会社と自宅を反復横跳びするだけの毎日。
「毎日退屈だ……。でもそれを変えるすべもないんだよ……はあ」
「それならいい場所を知っているよ」
「えっちなお店とかはやめろよ」
「違うよ。調味料専門店が近くにあるんだ」
「悪いが料理は得意じゃなくて」
「いいや人生の調味料だよ。
今も塩ひとつまみを人生にかけてるんだけど、
これまでの人生なんだったんだっていうくらい充実してる」
「本当に……?」
半信半疑ではあるものの人生の調味料に興味を惹かれて店を訪れた。
店内には小さな小瓶がたくさん棚に並んでいる。
「人生はちみつに、人生コショー。
人生唐辛子まである。いったいどう使うんだ……?」
なにがどう作用するかわからないので、
とりあえず様々な調味料を買い込んで試すことにした。
最初は人生
小瓶をつむじの上からふりかける。
「これでいいのかな? なんか変わってるか……?」
人生調味料をかけてみたが、特に変化はなかった。
ガセだったのかとテレビをつけて時間をつぶそうとした。
たまたまやっていたお笑い番組を見て急に顔がゆるむ。
「あっはっはっは!! おもしろい!!」
笑ったのなんて何ヶ月ぶりだろう。
たいして面白くないはずの番組なのに大爆笑してしまう。
「あれ? なんか感情の沸点が下がった気がする」
喉が乾いたので水を飲むとこれがウマい。
「水ってこんなに美味しかったっけ?」
水だけじゃない。
同じ調理法でいままで食べてきたカップ麺すら美味しく感じる。
やっとそれらが人生調味料の影響だとわかった。
翌日、会社に行く前に塩をふりかけて向かった。
新入社員のような熱意に体が包まれる。
「おはよう!!」
「おお、元気だなぁ。どうしたんだ?」
「あれから人生調味料を試したんだ。
塩をふりかけるだけでこんなに変わるんだな」
「だろ。人生の味わいが一気に変わるよな!」
「もう手放せないよ!」
すっかり人生調味料のとりこ。
次々に人生調味料をかたっぱしから試すことに。
人生はちみつは、嫌なことをマイルドにしてくれる。
なにか失敗をしたとき使っておくと、優しめに怒られるようになる。
人生唐辛子はスリルをアップさせてくれる。
ちょっとした挑戦や刺激もハラハラ・ドキドキの大冒険。
他にも様々な調味料が、味気ない自分の人生に変化を加えてくれる。
調味料を使い続ける日々が続いた。
しかし問題もあった。
調味料の重ねがけはできないという点。
「今日は人生わさびで瞬間的なスリルを味わいたいけど、
失敗しても怒られないように人生はちみつも使いたいなぁ……」
2種以上の調味料は使えない。
必ず調味料は先にかけたものが優先される。
前の効果が消えるまで、次の調味料の効果はない。
「ぜいたくを言えば、人生塩で全体の底上げもしたいし。
人生にんにくで活力も欲しいし……ああ、ままならない!」
調味料をいくつも使ったりしていると、
あれもこれも使ってしまいたくなる。
けれど複数使うことができないジレンマ。
そこで思いつく。
「そうだ! もう自分で最強オールマイティ調味料を作っちゃおう!!」
その日から自宅は科学研究所のようになった。
人生調味料の成分を分解し、それぞれの要素を抽出。
すべての調味料の要素を兼ね備えた
究極の調味料を作り上げることに成功した。
「できた! これさえ振りかければ、もう人生は幸せ間違いなし!!」
さっそくお手製の最強調味料を振りかける。
もうこれ以外使う意味もないので、大量に人生調味料をかけた。
「これで最高の人生だ!!」
調味料の効果は絶大だった。
すべての人生調味料を総合したハッピーな人生になっている。
なにをやっても楽しい。
なにをやってもスリリング。
なにをやっても怒られない。
「〇〇くん、今日も営業成績はトップだ!」
「〇〇さん、付き合ってください!」
「〇〇くん、君の給料は4倍ボーナスだ!」
「はっはっは! いやあ、まいったなぁ!」
人生調味料の影響で人生が好転し続ける。
あらゆる調味料の要素を統合させた、
理想で完璧で完全なる人生のハッピーが保証されている。
「人生調味料って最高だ!!」
人生調味料のおかげで気持ち良くフカフカの布団に包まれ、
人生調味料の効果で深い眠りへといざなわれる。
きっと明日も人生調味料によって、最高無敵の人生だろう。
翌日。
会社に出かけると祝福と喝采に包まれた。
「〇〇くん、今日も営業成績はトップだ!」
「〇〇さん、付き合ってください!」
「〇〇くん、君の給料は4倍ボーナスだ!」
「あ、はぁ。どうも……。昨日もでしたよね?」
「今日もだからね!! おめでとう!!」
昨日と同じテンションで同じことを祝福された。
その日も昨日と同じような日々を過ごす。
その次の日も。
その次の次の日も。
「〇〇くん、今日も営業成績はトップだ!」
「〇〇さん、付き合ってください!」
「〇〇くん、君の給料は4倍ボーナスだ!」
「もういいよ! わかったよ!!」
「いいことじゃないか! 素晴らしいことだよ!」
「こんな毎日連日同じことを繰り返してたら嬉しくもないですよ!」
毎日同じテンションで同じような毎日の繰り返し。
この日常に変化はない。
毎日が自分の求める最高得点を繰り返す日々。
それが人生調味料の悪影響だというのに気づいてしまった。
「俺の人生……どうなっちゃったんだ……?」
やっと自分のしでかしたことに気がつく。
最高の調味料をふりかけたことで、
人生には変化が入り込む余地が失われてしまったことに。
すでに人生すべてが人生調味料の味になってしまっていた。
もはや調味料に人生が乗っ取られている。
「い、いやだ……こんな繰り返しの毎日なんて……!!
変化がほしい!! 良くても悪くてもいい! 変化をくれーー!!」
いくら他の調味料をかけても意味はなかった。
最高調味料の効果が残っているかぎり、
もう自分の人生に変化が訪れることは絶対に無い……。
人生調味料 ちびまるフォイ @firestorage
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