【ss】ドラッグ取引の現場を押さえろ!

アストロ

第1話

〈登場人物〉

・リンリエッタ:水の神。298歳。20歳ほどの令嬢の姿をしている。民から崇められ、威厳ある神として毎日振る舞っているその傍らで、国内外の政治を陰から支えている。


・ムウ:地の神。243歳。10歳くらいの少女の姿をしている。神という立場を隠しつつ、薬師として生計を立てている。人間の赤子だったセドを彼の亡き母より預かり、山の一軒家の中、ひとりで育ててきた。


・セド:風の神。22歳。16歳の青年の姿をしている。ムウと一緒に暮らし、彼女の薬師の仕事を手伝いながら、独自の研究を行っている。ムウのことは育ての親とは思っておらず、もっと特別な存在として想っている。


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 享世1594. 2. 8


 水の神・リンリエッタが、地の神・ムウの家を訪れるのはかなり稀なことだ。


 普段リンリエッタがムウと話をしたくなったときは、手紙でリンリエッタの屋敷まで呼びつけている。リンリエッタは民から崇められており、容易に不在にできないのだ。そんな彼女がここまで足を運んだ理由は、相応の理由があるのだろう。


 風の神かつ同居人のセドは丁度村へ下りているし、とっとと厄介話は片付けてしまいたい、とムウは考えた。気品のある客人にもかかわらず食卓へ通し、普段使いのコップに水出しのお茶を適当に注ぎ、リンリエッタの前へと置く。気の知れた仲だからこそのもてなしだ。


「単刀直入に教えてくれ。リンは何用でここに来た」

「……妄来葉の密輸入が行われているようですの」

「成る程な」


 妄来葉。


 幻覚性と依存性が高く、全身の筋肉を衰弱させる違法薬物の代表格。東方大陸のごく一部の国では安楽死用としてのみ処方が許可されているが、その他の多くの国、ましてムウ達の住む西方大陸の全域では栽培・所持さえも禁じられている。


 そのような薬物が国家間で密輸されているとなれば、国家間の関係にヒビが入りかねない。まして取引先と思われる東方大陸の国においては、周辺の国と緊張状態にある。表沙汰となれば――と考えただけで誰でも頭が痛くなるものだ。


「政治には手を貸さんと言っただろ。薬師としてなら請けるがな」

「わ、わたくしがお借りしたいのは……貴方の"経験"、です」

「経験?」


 リンリエッタは口元を隠し、躊躇うように目線を外した。


「その――取引が行われている場所の目星はついておりますの。た、ただ、そこが……その」

「まどろっこしい。早く言え」

「……娼館、なのですわ」


 リンリエッタは真っ赤になって顔を覆いながら、その店の名前や位置の書かれたメモをムウへ手渡した。ざっと300年くらいは生きてきた筈なのに、見た目通りの、若く経験のない女のような反応を見せる。


 対するムウは表情ひとつ変えず、そりゃ私を訪ねるわけだ、とだけ返した。神になる前の人間時代、ムウは生き延びるために汚れ仕事の数々をやってきていた。幼い頃から春だの尊厳だのを切り売りしてきたムウには、娼館に潜り込めと言われても難なくこなせるだろう。


「結局、政治に手を貸せと言われているようなものじゃないか」

「とりあえず、関係者を生け捕りにさえしてくれれば、あとはこちらで。兵が必要ならわたくしに言ってくださいな」

「割に合わないな」

「押収した妄来葉はムウの好きにして構いませんわよ?」

「待て、そんなもの私は要らん。多分そういうのを欲しがる奴は――」


 ガチャリ、と玄関の戸が開く音がする。外出していたセドだ。


「――そういうのを欲しがる奴のご帰還、だな」


 まあ、とリンリエッタが間延びした声を上げる。


「セドは中毒症状がおありで?」

「バカと神に薬は効かないだろ。ただの遵法精神の欠けた研究中毒者だよ、あいつは」


 そう口にしたとき、空色の髪を揺らしながら、食卓へセドが入ってくる。


「あっ、リンさん。お久しぶりですね、3年ぶりですか?」

「セド! 元気そうで何よりですわ」

「リンさんもお変わりないようで。しかしあれですね、僕の知らないところで褒められると照れちゃいますね」


 にこやかに挨拶するセドの涼しげな表情に、照れの要素は何ひとつなかった。ムウには分かっている。これは"聞こえていたぞ"のサインだ。

 セドが横目で見てくるので、ムウは明後日の方を見て知らん顔をする。言葉抜きのユーモラスなやりとりに、リンリエッタはうふふと笑い声を漏らした。


「はあ……どうせ私が協力するのは決定事項なのだろう? 片手間だから結果を求めるなよ」

「それで構いません! ありがとうございます、ムウ」

「あの、何の話をしてたんですか?」


 話題が全く見えてこないためか、セドが首をかしげる。ムウはそれを見てニタリと笑った。


「ガールズトーク、だよ」


 山でほとんどの時間を過ごしたセドに、こんな過激な話は聞かせられない。最近街へと出入りしているようだが、きっとこんな下世話な店にまでは手を出していないだろう。願わくばこのまま一生触れないでほしい、とムウは考えていた。


「セド。リンをそいつの屋敷まで送ってやれ。それが一番速いだろ」

「えっと……分かりました。リンさん、支度ができたら声をかけてくださいね」

「セドの送り? ってことは、風の神力で空を飛べるのです!? 期待して良いかしら!」

「ご期待の通り、空中散歩のつもりですよ」

「すごい! すごいですわ! 直ちに準備いたします!」


 珍しい経験を目の前に、リンリエッタはご機嫌になる。ムウは見送りもすることなく、黙って食卓を出て、そのまま自室へ向かう。


 こういうのは早く準備するに越したことはない。


 ・ ・ ・


 1週間後。


 ムウはリンリエッタのメモ書きにあった娼館へと、採用面接を受けに来ていた。しかしいつもの10歳ほどの少女の姿ではない。20歳くらいの、アンニュイな雰囲気をたたえた大人の女性の姿をとっている。


「それで、私は採用していただけそうでしょうか……」

「この業界の経験者というのなら、今日からでも入ってほしいくらいだ。丁度嬢が足りていないからな」


 ムウにとっては願ってもない申し出だった。

 ひげ面の店主の表情を改めて観察するが、後ろ暗い密輸業に協力しているとは思えないくらい、店の運営に真面目に向き合っているように見えた。


(もしかしたら店はただ、場所を利用されているだけかもしれんな)


 そのまま偽名で雇用契約を結び、胸元の大きく開いたタイトなドレスへと着替えた。その後、開店前の半刻の時間で、先輩の嬢から仕事の説明を受ける。220年前の現役時代とそこまで業務内容が変わっていないようで、ムウは安堵した。

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