第8話「資金ゼロからの屋台村」

 六月十四日、土曜日。午前九時。

 桜峰市の中心部に位置するアーケード商店街「桜並通り」は、週末のにぎわいを見せていた。シャッターの閉じた老舗店舗もあれば、最近出店したカフェも混在する、やや雑多な雰囲気の通り。

 そんな中に、手作りの立て看板がぽつんと立っていた。

【本日限定】フリーマーケット&ミニ屋台村開催!

“復活!虹ヶ丘ランド”応援企画 売上の一部が修繕費になります!

「おお、書いた看板がちゃんと立ってる。意外とプロっぽいじゃん!」

 洋輔は缶入りのお茶を片手に、看板の角度を直しながらニヤリと笑った。

「“意外と”って何。設営担当のわたしの仕事ぶりに失礼では?」

 隣で不満げに口を尖らせたのは実希。今日はポニーテールに薄手のエプロン姿で、朝から段ボールに詰めた商品を丁寧に並べていた。

「にしても、マジで金ないな……今の残高、俺の財布に二千四百七十円と、結衣が預かってる共通口座に一万ちょっと」

「今日、この“屋台村”で一万円以上売上がなかったら、ネジ代も印刷代も赤字になる……ってこと?」

「そゆこと。だから、絶対に今日は“稼ぐ”」

「……洋輔くんが仕入れに使ったカードの額、いくらかちゃんと報告してくれる?」

「いやそれはその、レシートが……たぶん財布に、いや、車に……あれ?」

「“たぶん”ってなに!? “赤字寸前”ってうちのことじゃない!?」

 実希の声が少しだけ上ずる。

 しかしその騒ぎの横で、もう一人の人物が現れた。

「はいはい、喧嘩してるヒマあったら並べる物を増やす。そっちの端、空きすぎ」

 裕介だった。黒のTシャツに、腰に工具ポーチ。手には自作のA4サイズ看板が三枚。

「“応援価格500円”“全額寄付対象品はこちら!”“手作り品につき返品不可”。……この三枚、店頭に貼っといて。客が“どう買えば貢献になるのか”を迷わないように」

「……流石だな、裕介」

 洋輔が感心した声を漏らす。

「で、俺はアーケード管理組合の代表に挨拶してくる。午後から記者来るって連絡あったから」

「記者?」

「町の広報誌。昨日、商工会議所のSNSが俺らのポスター載せたんだと。バズってはないけど、地元では話題になってるらしい」

「へぇ~」

 洋輔と実希が顔を見合わせる。

「じゃ、あとは“売るだけ”だね!」

「うむ。うちの商品ラインナップ、行きます!」

 そう言って洋輔はポケットから折りたたみメモを取り出した。

「その1! 懐かし昭和雑貨! ばあちゃん家から回収した絶版ソフビと謎の健康グッズ! その2! 俺の家の倉庫から出てきた野球のボール(未使用)&サイン入り(誰か不明)」

「その3! 実希の手作りアクセサリー! これが今日の“エース”!!」

「やめて、プレッシャーかけないで……!」




 午前十時。

 開店時刻を迎えると、ゆっくりとアーケードの人通りが増えはじめた。週末の買い出しに訪れた近所の主婦たち、アイス目当ての子ども連れ、小さな手提げを持った年配の男性――。

 洋輔が元気よく声を張り上げた。

「いらっしゃいませー! 昭和レトロ、今だけ100円均一コーナーです! これ持ってたらモテた!? 謎の健康器具、早い者勝ち〜!」

「やめてよもう……」

 実希が頭を抱えながらも、隣でこつこつとブースの整理を続けていた。

 彼女の手元には、小さなトレイに乗せられたアクセサリーたち。カラフルなレジンのキーホルダー、天然石をあしらったピアス、虹ヶ丘ランドのマスコットを模したチャーム。

「……ようし。こっちは“虹チャーム”特設コーナー作る!」

 実希は素早く段ボール箱を組み替え、布をかけた即席のディスプレイを立ち上げると、手描きのPOPを添えた。

虹ヶ丘ランドモチーフの限定アクセ!

こどもたちの“最後の1日”に、笑顔を届けたい――

《売上はすべてランド修繕費に使われます》

 数分後。

「すみません、これってハンドメイドですか?」

「かわいい~これプレゼントにいいかも!」

 主婦グループや女子高生が足を止めた。

「ひとつずつ手作りなんです。よかったら、色違いもあるので」

 実希の説明に頷いた若い母親が、財布を取り出す。

「じゃあ、この二つください。娘が好きそう」

「ありがとうございます! おまけのポストカードもどうぞ!」

 アクセサリーが売れた瞬間、売上表の数字が跳ね上がった。

「うぉぉぉ、実希がもう五千円分売ってる!? 俺まだ三百円なんだけど!!」

 洋輔が叫んだ。

「アンティークと不用品は紙一重って言ったでしょ!」

「俺の“昭和のプロ野球カードセット”が光る日は来ないのか!?」

 その横で、裕介が冷静にデータをまとめていた。

「客層の中心は“30代~50代女性”と“小学生連れ”。ターゲットは“懐かしさ”と“応援したくなるストーリー性”……。つまり、実希のラインナップが最適解」

「おれは敗北者……!」

「いや、いじけるのはまだ早い。逆転の一手はある」

 裕介は、ブース横に設置されたガラポン抽選器を指差した。

「クイズ形式の“ランド復活応援くじ”。これを回して景品を配ることで、チラシも自然に手渡せる。洋輔、お前が進行役に向いてる」

「……なるほど。遊ばせて、配って、広めて、買ってもらう……!」

 洋輔は目を輝かせ、抽選コーナーへ駆けていった。




「さあさあ! ランド復活応援くじに挑戦しませんかー! 正解者には抽選チャンス! 外れてもチラシとポストカードつき!」

 昼前、アーケード内に洋輔のよく通る声が響いた。呼び込みの甲斐あって、少しずつ人だかりができ始める。

「問題です! 虹ヶ丘ランドのシンボルになっている遊具といえば? 1:ジェットコースター 2:観覧車 3:金のカエル」

 小学生の兄妹が悩んでいると、母親が小声で「2じゃない?」と助け船を出す。

「はいっ、正解は2番の観覧車! お見事です!」

 洋輔がガラポンを回すと、からん、からんと鈴の音とともに赤玉が出た。

「おお、赤玉大当たり! “虹ヶ丘特製チャーム”と、“100円割引券”プレゼント!」

「やったー!」

 その盛り上がりを見た通行人が、さらに足を止める。自然とチラシが配られ、QRコードから詳細ページへのアクセスも伸びていく。

 一方そのころ――。

「実希、こっち追加納品お願い!」

「え、もう? ……わ、ほんとに売り切れてる!」

 実希のアクセサリーは、昼過ぎの時点で売上トップに達していた。特に“虹チャーム”は子ども向けの小袋と、親子ペアのセットが人気で、まとめ買いが相次いだ。

「これ……もしかして、今日だけで一万円突破するかも……!」

 実希は内心、驚きと同時に、胸がじわっと熱くなるのを感じていた。

(みんな、“ランドを応援したい”って気持ちで、手を伸ばしてくれてる)

(私が作ったこの小さなものが、その“気持ち”を受け止めてる)

 販売とは、ただ物を売るだけじゃない。

 “想い”を、誰かの手に渡すこと。

 そう確信できた瞬間だった。


 午後三時。

 最後のお客さんが立ち去り、屋台村は静けさを取り戻しつつあった。

 机の上には、手描きのチラシと、ほとんど空になった商品ケース。そして、裕介の手元の集計ノートに記された数字――。

「……合計売上、28,640円」

「うわぁっ……マジで?」

「そこから仕入れと会場消耗費引いても、利益は21,000円超えてる。ネジ代カバー、確定」

「っしゃああああああああああ!!」

 洋輔が叫び、ガッツポーズを決める。

 実希もホッとした表情で、こくんとうなずいた。

「ほんとによかった……。でも、今日はこの数字以上に大事なもの、いっぱいあったよね」

「うん。“ランドって、なんだっけ?”って思い出してもらうこと。ちゃんとできたと思う」

 夕暮れのアーケードの中で、三人は並んで看板をたたみ、荷物をまとめた。

 ランドに風が吹く。

 まだ、壊されていない記憶の風。

 そして、その風をもう一度吹かせるための“第一歩”が、今日確かに、踏み出されたのだった。

―――第8話「資金ゼロからの屋台村」完(END)

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