こたつ
まだまだ寒さが続き、ついには池の水さえ凍ってしまったその日の夜中に、とある争いが繰り広げられていた。ある者は中で足を絡ませ、ある者はミカンを投げる。ある者は投げられたミカンをひっそり剥いて食べ、ある者はそれすらも入れずにいた。何で争っているのか、そう、こたつである。
事の発端は、静間が寒さに耐えかねてこたつを買ってきたことにある。
「これを買ってしまえば、文明の利器により、寒いなんて思わず、むしろ!あったかぽかぽかさいこ~~!を味わう事が出来る!ついに文明の利器を展開できるのだ!」
とどや顔で語ったうえに、普段片づけたり家具を移動したりしない主義なのにすべて成し遂げてこたつを置くことを遂行した。そこからこたつで一人ぬくぬくしていたのだが、それをうらやましいと思った閃華が入る、寒すぎて震えてバイトから帰って来た花女が入る、みんなが入っているので気になるルリが入る、で結局普通の机に4人も足が入ることなく、ぎっちぎちになってしまい、それに対して飲み物片手にいい感じに設置したテレビ番組を見ようとしようとした静間が席を立って、今こうなっているわけである。争いにはおろか、こたつにすら戻れぬ状況になった静間は思わず涙が出そうになったのだという。一方だが、こたつで妙に閃華が足を絡ませてくれるので、それが邪魔に感じて仕方がない花女は思わず閃華に対してミカンを思いっきり投げた。その果実が音を立てて崩れるなどということはなかったが、ミカンを投げられた、という事実に対して不満を感じ、寝転がってさらに足の可動域を広げる。隣にいた人がミカンを投げられたことで近くにミカンが転がり、それを喜んで拾って剥きだすルリ。ことは収拾をつけることも難しくなり、争いの火ぶたは切って落とされたのである。
早速、外野に完全に飛ばされてしまった静間がどうにかしてこたつに戻ろうと考える。どう戻ってやろうか。寒さを覚悟して冷蔵庫を開いた。中には、たまたま仲間と食べようと考えていたケーキがあった。駅にできたケーキ屋さんが今日開店日で、なおかつ、そのお店でしか食べる事の出来ない、冬季限定のアーモンドホワイトケーキがギリギリ四つだけ売ってあったのである。思わず一人で食べようかと思いもしたが、それを見たらほかの三人はさぞ悲しむだろうと、四人分、買っておいたのである。まぁ、今、その恩を仇で返されているわけだが。あえて音を立てて食器を出す。さすがにそれに反応したのか、こたつからひっそりとルリが出てこっちに向かってきた。一方、閃華と花女は少し口論に発展しているのだが。
「しずまさん、その…どーむみたいな…ものって?」
「これはね~、今日開店日のケーキ屋さんで買った、期間限定のケーキで、あまりにも貴重だったから、丁度四つしか残ってなかった、おいしいケーキだよ~」
あからさまだが、期間限定なのを強調してみる。これで甘いものと期間限定のもの好きの閃華はひっかかるか…?と思惑をはかっていると、案の定、すごいスピードで顔がこっちに向いた。思わず花女もこっちを見る。反射的な反応だろうが、それにしても二人とも早かった。しかし、静間も思惑をはかったといえども調子に乗ってしまう。反応してくれた喜びもあるが、何より、好きなものに対して反応してしまう閃華と、それに続く花女がなんだかかわいかったのだ。いそいそと準備し、ケーキを皿にのせてこたつのテーブル部分に乗せる。フォークも全員分出し、なおかつ全員に、クリーム系と共に飲むと合う、キームン茶という割とお高めな紅茶を、素早く丁寧に抽出して提供した。ここまでの事はあまりやらないのだが、こたつを買えた事、皆とケーキを食べられること、喜んでくれているのが目に見える事が、静間を突き動かしている。ルリがあまり渋い系のお茶が苦手だったのを思い出し、いつも飲んでいるミルクココアを個別に用意した。そこまで深くなくとも夜中であったので、
「いいの~?夜中にこんな悪いことしちゃってさぁ!」
「うわあ…おいしそう…紅茶もフルーティーで…あのアーモンドケーキってクリームにもこだわりがあるんでしたよね。最高じゃないですか…!」
「おいしそう…はじめてみた!それに、けーきをじゅんびしてたときのしずまさん、とってもうれしそうだった!きっとそのくらいおいしいんだね!」
と大好評で、猶更にやけが止まらない。
「いや~!あの場所を通って買っておいて本当に良かった!ささ!食べましょ!紅茶やココアと一緒に食べれば温かい飲み物と、甘いケーキが相殺されて、実質ゼロカロリー!食べよ食べよ…!」
そうして一刻の争いも忘れ、みな平等にこたつに座り、ケーキにフォークを通す。一口目に、なめらかなクリームの甘さと、香ばしいアーモンドが香ってくる。二口目にスポンジも一緒に食べれば、ふわふわでおいしいスポンジに入っているアーモンドが食感をプラスしてくれる。金額もお優しめなのに、これがふつうに食べられてしまう事に驚いたという会話もあり、こたつでの争いを謝る声もある。ミカンも元の場所に積みなおし、元の和やかな雰囲気に戻る。全ての事の始まりである静間は、やはり甘いものは正義なのだ、とぼんやり思いながらおいしいケーキをむさぼるのであった。
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