宗教団体、皆救龍教
カスタードは胃に溜まる
皆救龍教ってこんなとこ
開く龍の目は何を見据えるだろうか。未来だろうか。安寧だろうか。
1つ言えることは両方違う、という点だ。
朝の日の光が窓からのぞき込まれ、暗い部屋のある一点を照らしている。まぁその一点が丁度人の顔なのだが。それをまぶしいと感じたのか、うざったるいと思ったのか、当てられて30分ほどすれば勝手に起き上がる。
「あー、うざすぎる…朝嫌いすぎる…」
そう残念なことを言いながら震えながら起床し、最終的には
「うざいから今日何もしない…釣り…釣りしよ…」
という残念な結論に至っているのは、この皆救龍教の教祖…に仕立て上げられた哀れな白き龍、白龍静間だ。
彼の朝は1杯のコーヒー…からではなく、あたたかな甘いココアから始まる。今の季節は丁度冬。夏になれば麦茶でも作って飲むのだが、冬の朝は体温が低くなる。風邪をひいては、鼻水が出るだの熱が出るだのと、何も良いことがないので、まずは体温を無理やりにでもホットな飲み物で向上させる。そうすれば風邪をひく心配はない。長い経験で培われた結論だ。人間の唱える医学にも似たようなことが提唱されていた。すなわち、その立説されている説は間違えてはいない、という訳だ。しかし、どうにも人間はそれを「説」のままでいさせる。不思議なものだ。朝から難しい事を考えながらゆっくりとココアをすする。甘くない。だれかいつもいれているミルクココアを、普通の無糖ココアにすり替えたらしい。苦い。戸棚にマシュマロがなかっただろうか。寝ぼけた頭でがさがさと自分の頭よりも少し高いところにある戸棚に手を伸ばす。ただ手を伸ばすだけではあまりにも手が届かず、足のつま先を立てて、必死に手を伸ばす。なお届かないので、何故こんなに高く作ったのだろうと後悔しつつ、小さな折り畳み梯子を取りに行く。丁度…隣の洗面台の棚に入っていたはずだ。普段は化粧品やらしかいれないが、梯子の使用用途が広すぎて、結局一番わかりやすいここに置こうという結論に達したのを思い出した。渋々、冷たい床に足をつけながら歩いていく。洗面台はすぐ隣、早く取って温かいココアを飲まなければ気が済まない。
冷たい床を一歩ずつ進んでようやくして洗面台へとつく。冬の床は寒いから、いい加減スリッパを買おうと何度か迷ったが買わなかった。これを毎年後悔している。いい加減買えばいいものをと毎年考えるが、結局買い損ねて冷たい床を毎年歩いているわけである。しかし、洗面台に来て助かったことがある。それは足置きマットが敷いてある、ということだ。花女が毎年敷いてくれるのだ。いや、毎日が正しいんだが。そのおかげで夏は暑い。でも冬はありがたいし、自分がいざ敷くとなるとどうせすぐやめるのでちょっとありがたいとか思いながらも、姿勢をかがめて洗面台の棚をあける。案の定洗剤やら、取り換え用シャンプーだかが顔を出した。お前らに用はないぞ、と内心唱えて、すぐそばにある梯子を手に取る。
「ああ…寒い寒い…早くココアにマシュマロ入れたいよ…全く」
そうつぶやいて再び冷たい床に足をつけて、歩みを進めていった。大げさに書かずとも、どうせ部屋は隣なのですぐ着くのだが、本人の足はそのささいな寒暖差を壮絶なものにとらえている。よくある話だ。
ようやくしてあたたかなココアにマシュマロを入れる事が出来ると、梯子を組み立ててそれに片足を乗せる。刹那、足がひやりと冷たくなっていくのを脳が受け止めていく。当たり前だ。なんて言ったってまず、キッチンがある部屋は、暖房などかかっていない。その上、冷たい洗面台の棚の中に長くぶち込まれていた折り畳み梯子が温かい訳がない。むしろ誰も使っていないので人肌の温度すら微塵も感じないのが普通なのである。脳ではわかっていても実際踏んでしまうと、寒暖差に震えが来る。ぶるぶるっと震えたのちに再び棚に手を伸ばして探し始める。小型とは言えど折り畳み梯子を使っているのはデカい。見えないものが見えるし、届かなかった場所に届く。この恩恵を人間も我々龍族も感じるべきなのだ。そうして手に取ったマシュマロの袋の洗濯ばさみを外す。食いかけのものには洗濯ばさみをはさむ習慣があるものですから、当たり前に外しているが、こんな習慣をもっていない人にとっては困惑ものだろう。その中に手をつっこんで、マシュマロを2個程度取り出して、まだあたたかなココアの中にぶち込む。ぶち込んで混ぜると丁度いい甘さになる。ふと、目線が、近くにあったバーナーに移動する。
「スモアも食べたいな…。クッキー残ってたっけ?」
願望は行動に移す。これが彼の中にあるものだ。クッキーは丁度昨日食われて無くなってしまっている事を思い出し、少し悲しんだが、マシュマロだけでもとひっそりキッチンであぶり始めた。
それから少し時間が経った頃、丁度日の目がこちらを完全に見ているころ。部屋に光が満ちる頃、目をこすりながらルリが起きてくる。いつもはもう少し早いのだが、昨晩、怪談話をするとか何とか言って3人で遅く起きていることを思い出した。あれは結局どうなったのだろうか。そう思っていると目をこすっていたルリと目が合った。
「おはようございます。しずまさん。あさからましゅまろをあぶっているんですか?けっとうちがあがりますよ。」
「おはよう、ルリ。朝からマシュマロなんて体に悪いのはわかってるけど…誰かがココアを無糖にしたおかげでマシュマロをココアに入れないといけなくなったからついでにあぶって溶けやすくさせてんだ。無糖に変えたやつをもし見かけたら教えてね。」
「あ…それなら…せんかさんがかいものにいったときに、いつものここあがないからあたらしいここあにちゃれんじしてもらおうとかいってましたよ。」
「あいつか…」
軽い会話にする予定だったので、笑みを崩さぬようにしていたが、思わぬところで自身のルーティーンを崩した犯人が分かってしまい、苦虫をかみつぶしたような顔をかましてしまう。朝一の苦虫かみつぶし顔があまりにもなんとも言えないのか、ルリも思わず困惑した顔をせざるを得なくなる。話題性を変えようと口を開いた。
「あ、きょうは…なにをするよていですか?えっと…しんじゃのかたにあって、おしえをとくとか…いや、まあ…しずまさんはおしえをとくせいかくではないから…あれでしょうけども…。」
「いや、今日は釣りをするよ。ルリも来るかい?あのにっくき閃華の枕元に、釣った魚をお供えしてやるんだ。生魚の生臭さを寝る前と起きた後に味合わせてやるんだ。」
「あ…それならぼくは…えんりょしちゃおうかな。ぼくのなかのかみさまもにがわらいしてるよ。」
「むしろ笑ってそうだけどね。ま、了解だよ。今日は一人で釣り糸を垂らすことにするよ。あ、マシュマロは食べるよね。」
「え、あ、ぼくはえんりょしちゃいます。きょうはきのうのこしておいた、さんどいっちをたべます!」
「そっか…」
おもわず口をつぐむ。いや、寧ろ普通の人は朝からマシュマロとか食べないわなと、逆にむしろ正気に戻った気がした。友人であり仲間であるルリにも断られ、寒いリビングの机で一人でもにもにとマシュマロを頬張る。悲しい気持ちになった。早く釣りに行かねば。虚しい。
朝食を食べ終わり、といってもマシュマロ入りのココアと焼きマシュマロ少しなのだが、満足感を得たところで軽く着替える。今着ているのはパジャマなので、少し清潔感のある普段着に着替える。安定した宗教チックな服装。むしろ信者側が着るような感じがする服装ではあるが、それに神聖な感じを残しているのでどちらも着られるような印象を相手に与える。白をベースにしており、黄色を少し入れる事で神聖さをだしつつも、少し高貴な面持ちをキープさせてくれている。そんな恰好で釣りに行くとなると、冬でも日焼けしそうなものだが、もともと龍なので日焼けはしない。年中肌は白いので、寧ろ気味悪がられる。そんなところで今日は少し頭に物寂しさを感じた。頭に生えた角はいつも隠してしまうのだが、今日は人の少ないところを狙って釣りに行くので生えたまま隠さない。しかし、それにしても物寂し気だったので、今日は珍しく季節に合わない麦わら帽子をかぶってみる。久方夏ぶりにかぶった麦わら帽子は少し通気性があり、頭を温かくはしてくれないが、物寂しさを払しょくするには丁度いいとは思った。そんな感じでうきうきしながら釣りをしに行く。玄関のドアノブに手をかけて、ガチャリと扉を開けて冬の冷たい空気を思いっきり肺に入れ込む。冷たすぎて肺が少し痛いような感じがしたが、それが冬の醍醐味なのだ。いつもと少し変わった服装に、あきらか起きましたよと言わんばかりに目をこすった黒髪に毛先が青の、閃華と呼ばれる青年は
「何アレ…ダサすぎませんか…」
と、その隣の部屋から出てきた一番信者も
「麦わら帽子は…季節外れ過ぎない?」
と言葉を思わず漏らしてしまったほどである。
皆救龍教というのはそういう組織。ゆったりとした組織なのだ。悪いことをする組織ではない。これは、そんな個性的な面々のちょっとした日常を共に覗く話。
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