第6話 ヤエちゃんと学校裏サイト
学校の教室。
ざわざわと生徒たちが思い思いに過ごしている中、タダシは学習机の上でとある作業に没頭していた。
魔法少女のマスコットのような飛行生物ラメを見てからというもの、どうにか再現できないものかとずっと思案していた。
もちろんプロペラもジェットも使用しない『自立飛行ロボット』など、現代技術をどれだけ駆使しようとも制作不可能であることは理解している。
機動戦士だって猫型ロボットだって、いまだ存在していないのが現実である。
だがしかし、自在に浮遊する生き物が目の前に現れたとなれば、手をこまねいていられなかった。
存在しているということは、再現可能であるということだ。
鳥を見て人類が空を飛ぶことを目指したように、タダシは新たな飛行能力を模索するのだ。
そのためにはまず、ラメの外見からでも形作っていく。
「よう、タダシ。今日はなに作ってんの」
声をかけられ視線をあげる。
そこにはクラスメイトの吉井と足田の二人がいた。
たまに喋りかけてくる男友達である。趣味はそこまで合わないが。
「ただのロボットだよ」
タダシがそっけなく返すと、
「ふーん。すごいじゃん」
思っていた通りの、特に興味はないといった返事であった。
まあ吉井たちが特別悪いというわけでもない。
タダシの物作りに興味を持ってくれた人がそれなりにいたのは、せいぜい入学したての頃くらいまでだ。
今やタダシが何か作業している姿は物珍しい事ではないだろうし、詳しく教えたところで、先ほどの吉井のように『凄いねー』と返されるのが概ねの反応であった。
それが完成することのないモノを作っているとなれば、更に興味は持たれないだろう。
夢物語は年頃の男たちに受けが悪い。
普通、学生たちが興味を惹かれるコトといえば、
「ところで、タダシってヤエちゃんと付き合ってんの?」
こういった恋愛話だろう。
「だから、そういう関係じゃないって」
タダシはいつものように吉井へと否定した。
暇になるといつもこれだ。俺をからかって遊びたがる。
「でもさあ、タダシってヤエちゃんのこと好きっしょ?」
続いて足田が問いかけてくる。
足田は特に女の子の話となるとうるさかった。
「……好きか嫌いかで言われれば」
「や、そんなんじゃなくて。そりゃみんな好きじゃん、あのおっぱいは」
足田は言葉を選ぶことなく、教室の反対側で仲良し女の子グループと喋るヤエへと下品な視線を送る。
「馬鹿。そういう目で見てないから」
「んな純情気取っちゃって。そんなんじゃ誰かに先越されちゃうぞ」
「だから、そういうんじゃないって」
「じゃあ、俺がヤエちゃんと付き合っちゃってもいいんだな?」
「……そ、そそそそんなの、ヤエ次第だろ。俺に聞くなよ」
すっと言葉が出なくてどもった様になってしまった。
「んな怖い顔すんなって」
「し、してないから」
「そうそう。どうせ足田じゃ付き合えるわけないんだから」
「おい、んなのわかんねーだろうが」
ぎゃははとふたりは笑いながらじゃれ合いはじめた。
タダシは、ひとつため息を吐いて作業に戻る。
いちいちジョークを真に受けてしまっては、ふたりにもて遊ばれてしまうだけだ。
「ま、付き合えないまでも、同じクラスで良かったわ」
そう言って足田はスマホを取り出して、なにやら吉井にその画面をみせた。
「ほら、これいい具合に撮れてんべ?」
「ほーん、ブラ透けか。まあまあえろいな」
「まあまあじゃねーよ。バリバリえろいっつーの。使用感最高だっつーの」
タダシの側からでは画面は見えない分、ふたりの言葉で想像が搔き立てられてしまう。
どれほどの透け感なのだろうか。どの角度から撮られたものなのだろうか。
足田の情欲を刺激してしまうほどの恰好になってしまっているのか。
今すぐスマホを奪い取って消去してやりたい気持ちにかられてしまう。
「お、なに? やっぱタダシもヤエちゃんのおっぱい興味あんべ?」
「き、興味ないから。それより盗撮とかやめとけよ」
だがタダシは努めて冷静に返答する。
きっとこれも罠なのである。
タダシが動揺すればするほど、ふたりは面白がってヤエの話題をふってくるのだ。
興味のないフリをしておけばいい。そう、俺は作業に集中しよう。
足田のヤエ画像品評会は続いた。
袖の隙間から見える腋がどうだとか、かがんだ際の谷間だとか、脚線美だとか。
こいつ、どれだけ撮ってるんだと半ば呆れ、やっぱりそのスマホをぶち壊したくなってくる。
だがスマホは悪くない。モノとは扱う者によってその良し悪しが変化してしまうものだ。
物造りを志すひとりの人間として、そのことは心に留めておこう。
「つーか、タダシはともかく吉井も反応悪くね」
足田は散々っぱら画像を見せておいて、今更ながらに吉井の薄い反応に疑問をもった。
そりゃ盗撮画像見せられたら、普通の人はドン引きするだろう。と思ったが、どうやら吉井の反応の悪さには別の理由があったようだ。
「あー。いや、ちょっとタダシの前だとアレなんだけど」
と、吉井はタダシの方をチラリと一瞥して逡巡する。
おそらくタダシに気を使っているわけではない。吉井は悪知恵と口がまわるやつだ。
きっとこちらをおちょくる案でも思いついたのだろうと、タダシは推測した。
なのでこちらは極力反応をしない。
話したいのならどうぞご自由に、という態度で無視を決めこんだ。
「んだよ。もったいぶってんなよ」
「んー……まあいいか。誰にも言うなよ?」
吉井はなにかを警戒するように、念を押してから話はじめる。
「おまえ、この学校の裏サイトって知ってるか?」
「裏サイトってアレだろ、ネットの。アイツは性格悪いとか、アイツはヤリマンだとか。そういう悪意あるヤツしかいねーやつ」
「まあそうなんだけど。実は、それとは全く違う有料裏サイトがあるんだよ」
「有料裏サイト?」
まったくバカバカしい作り話だ。
無料で利用できる場所があるというのに、有料になんの価値があるというのか。
そんな疑問を、代わりに足田が差し込んでくれる。
「なんでって、それは見ればわかる」
先ほどとは代わって、今度は吉井が足田へとスマホを見せた。
そして、それを覗き込んだ足田は、
「うおおおおおおおおおぉぉぉいっ!!!」
教室中に響くような雄たけびをあげた。
俺だけでなく、教室にいるクラスメイトがみんな注目するほどの雄たけびだった。
「馬鹿、声おとせ」
「すまん……いやでも、これ、え……マジ?」
「俺も最初見たときはさすがにびびった」
ふたりは興奮の抑えきれない小声で続ける。
「まさか――ヤエちゃんの生着替えが見られなんてな」
ガチャン!
タダシは手元を狂わせラメロボの脚部が破損した。
急激に動悸が襲ってくる。
いやいやいやいや、落ち着け。落ち着いて考えろ。動揺するな。
ただヤエをダシにして俺を誘いこもうとしているだけだって。
有料裏サイトなんて存在が怪しい上に、足田のリアクションはあまりにもオーバーすぎる。
そうだ。どうせスマホに文字を打ち込んで大げさに驚くよう指示を与えただけだ。
しかし……画面を見つめる二人の視線は、まるで獲物を見つけた獣のように興奮を隠しきれていなかった。
「おっぱいたっぷんたっぷん、ブラパッツンパッツンでえっろ」
「だよなー。このエロパイ揉みしだきてーわ」
鼻の下を伸ばして、好き勝手にヤエの身体を品評している。
もしも、本当にヤエの下着姿がそこに写っているのなら、ヤエの身体を好き勝手に視姦できる人間はふたりだけではないということになる。
有料会員から、更に噂が巡り巡れば学校中どころか世界中の男どもの目にヤエの下着姿が晒されることになるのだ。
いや、もうなってしまっている可能性だってある……。
タダシはゴクリと唾をのんだ。
「これ女子更衣室だよな。よくこんなショット撮れたな。どこに仕込めばこんなの撮れんだよ」
「さあな。どこのだれにしろ、お裾分けしてくれて感謝だわ」
待て待て待て。
話を聞いているうちに、タダシはひとつの可能性にたどり着く。
仮にヤエの下着姿がそこに写っていたとして、それが本物の身体とは限らないのではないか。
むしろ可能性としてはそちらの方が高い気がしてくる。
なぜ気づかなかったのか。
着替えを盗撮するなんてあまりにリスクが高すぎるし、ヤエひとりを狙ってキレイに撮影することなど、画角等の問題で相当に難しいのではないだろうか。
もちろん、タダシ自身に盗撮の経験も知識もないので憶測にはなるのだが、物の少ない更衣室で標的を狙うとなれば、すぐ違和感に感づかれてしまうに違いない。
だとすれば、残る可能性はアイコラである。
アイドルコラージュ――好きな女の子の身体に、適当な女の子の裸体を重ね合わせる悪質ないたずらだ。
それ以外にありえない。
そう結論付けると、幾分かタダシの気持ちは楽になってきた。
たとえアイコラだとしてもいい気分にはならないが、こうして想いを巡らせている時点で、ふたりの術中にハマってしまっているのだ。
無視だ、無視。
さあ、作業を続けよう。
「あー、ヤエちゃんのどスケベおっぱいに挟まれてー」
言ってろ言ってろ。
「まじそれだなー。この桜のネックレスが羨ましいわ」
ドガシャシャン!
ヤエロボの腹部が破損して散らばった。
桜のネックレスだと……。
先日、タダシがヤエにプレゼントしたのも桜をモチーフにしたネックレスである。
そんな偶然があるだろうか。
ネックレスをつけた裸体。しかも桜の……。
つまり、アイコラであるという可能性はほぼ潰えてしまったどころか、本物である可能性が高まってしまったのでは。
ドクンと嫌に心臓が跳ねる。動悸が止まらない。
やはり、偶然にも桜のネックレスをした裸体を重ね合わせたとは考えにくい。
では、どうしてふたりの口から桜のネックレスが出てきた。
学校では装飾品の類は認められていないので、ヤエはネックレスを見せびらかしたりはしていない。
目にする機会など、それこそ着替えの最中ぐらいのものである。
女子なら見られるだろうが、男であるふたりに見る機会などありえない。
ということは本物のヤエの身体が……。
体中に嫌な汗が吹き出してくる。
い、いやいやいや、当初の通り、ふたりがからかっているだけだ。
見る機会なんてなくとも、女子からペンダントのことを聞くた可能性はある。
そういう密な情報を仕入れることで、タダシの動揺を誘えると悪知恵を働かせたのであろう。
そうだ、問題ない。
大丈夫、スマホにはなにも映されていない。
タダシには、苦しくもそう思い込む道しか残されていなかった。
もはや、ふたりにはタダシのことなど眼中にないというにも関わらず……。
「それじゃ、次の画像いくぞ」
「え、まじ!? まだあんの」
「まだまだある。いいか、落ち着いて見ろよ」
そう言って、吉井はスマホ画面をスライドさせた。
「ふぁっ!? お、おおおおぱおぱおぱおぱおぱ」
「落ち着け。あんま興奮すんな……ってもまあ無理か」
「ヤエちゃんおっぱいまる見えぇぇぇっ!?」
足田は両手で口をふさぎ感涙した。
「ちょ、まじ、やっばぁ。乳首もまじかこれ。エロすぎんだろ」
「あれだけでかいのに、この乳輪バランスと乳首。正直理想すら越えてたわ」
「まじやばい。色もめっちゃキレイだしさぁ。うわ、まじぶっかけてえ」
「これだけでずっとシコりまくってるわ」
「そりゃおまえ一生シコれるってこれ」
「ああ。けどな、俺たちは子孫の分までシコることになるぞ」
言葉に含みをもたせた吉井は再びスライドさせる。
「ふぁヴょっ!? は? え、おおおおま……ままままあああぁぁぁ――――ぐはっ!!」
足田は白目を向いてビクビクと昇天した。
「おい、足田っ! 帰ってこい!」
「はっ!! やば、一瞬死んでたわ。天使の裸、全然エロく感じんかったわ」
「おまえは地獄だろ」
「地獄でもいいわ。こんなの見れたんだから」
ふたりはスマホに穴があくほど凝視する。
「おぼこいヤエちゃんおま〇こ。うわー、俺のち〇こでこじ開けてー」
「俺ならまずこのヤエちゃんおま〇こ、自分で開かせてじっくり観察するな」
「こんなの前にして、んな余裕ねえよ」
「この身体だからこそじっくり味わうんだよ。ヤエちゃんを限界まで追い込んで追い込んでからの、エロおま〇こにずっぽり」
「やば、そんなんもう速射」
「何発だっていけるだろ。この身体なら」
「それはそうだ。あー、やば。ヤエちゃんのおま〇こにドックドク注ぎ込みてー」
足田はそう言って、教室にいる本物のヤエを眺めた。
いやらしい視線に気づいたのかどうか、ヤエはチラリと足田の方を見て愛想笑いを浮かべると、サッと仲間内のトークへと戻る。
「あー、やっば。リアルと見比べんの贅沢すぎる」
「あの制服の下に、このエロボディがあるんだもんなぁ」
「つかもう、リアルのほうも裸に見えてきたわ。やば、もうヤエちゃん見るだけでフル勃〇だわ」
「ヤエちゃん見てフル勃〇は前からしてんだろ」
「まあそうだけど」
足田は視線を再びスマホ画面へと戻す。
すると、ある事に気が付いたようだった。
「つーかこの写真さあ」
「ん、どうした」
「ヤエちゃんカメラ目線じゃね?」
「そうなんだよ」
「つーことは、これ、撮影されてることわかってて脱いでんの」
「な。ヤエちゃん清純派みたいな顔してとんだどスケベだったんだよ」
「うわー、まじかよ。誰だよ、ヤエちゃんをこんなドヘンタイに調教したやつ」
「そりゃまあ彼氏とかだろ」
「彼氏って……おい、タダシ」
ふたりはスマホから顔をあげ、タダシへと視線を移した。
だがしかし、そこには机の上に倒れみ力尽きているタダシの姿があった。
「おいっ、タダシ! 大丈夫か、おいっ」
吉井がタダシを揺り動かすと、タダシは力なく顔をあげて一言。
「と……」
「と?」
「とうさつ、ダメ……ぜったい」
タダシは再び倒れこみ、机の上に広がったパーツは床へとぶちまけられた。
ヤエちゃんのムネにくちづけ 嘘付本音 @honneusotsuki
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