第3話 ヤエちゃんワークアウト
タダシの眠る部屋。
「痩せたいんじゃったら丁度いい。この試作品を着てみるのじゃ」
と、根は真面目な研究者であるタダシのおじいちゃんに勧められ、ヤエは流されるままに着替えてみた。
のだけれど……
「あ、あのー。これで痩せられるんですか?」
ヤエはおずおずと身体を隠すようにしておじいちゃんの元へ戻ってきた。
「なかなか似合っているラメー」
ラメは喜び舞い踊るが、これが似合ってるなんて褒め言葉でもなんでもないと思う。
着用したのは服と呼ぶのもおこがましい、全身にピタッと張りつくタイツのようなモノであった。
どういう仕組みか、ボタンひとつで身体のラインにぴったりフィットする、驚きの代物である。
ヤエからすれば、身体のラインがそのまま浮きでるだけでも恥ずかしいのに、着用の際には下着を脱ぐよう言われたおかげで、胸のトップまでがかたどられているように見えるのだ。これではまともに立つことすら
そのうえ、まだ赤面してしまうような要素があった。
「手で隠してたらわからんじゃろう。ちゃんと気をつけしてみるんじゃ」
おじいちゃんに言われ、仕方なくじりじりと姿勢を正すと、薄手の生地に身体の色見まで透けてしまっているのが露見されていく。
運動を始めてもいないのに火照る身体の赤みまでがわかりそうで、まともに正面を向いていられなかった。
「ラメたちからはぜーんぜん見えてないから、恥ずかしがらなくていいラメー」
わざわざ言うって、もう絶対見えてるじゃん……。
「こ、これ……こんなにタイトな服じゃないとダメなんですか?」
「ふむ。これだけ身体に張り付かせるのにはちゃんと理由があるのじゃ。ほれ、ちょっと飛んでみなさい」
あまり乗り気にはなれない提案だったが、ヤエはしぶしぶその場でジャンプしてみた。
「えっ!?」
ヤエは驚きの声をもらした。
どういうことだろうか、胸がありえないほど軽くなっていたのだ。胸が大きいゆえに、運動時には負担となっていたその重みが、今はほとんど感じられない。
胸が大きいとスポーツブラで固定していようとも、その重みと揺れが身体にのしかかってくるのが宿命であった。運動に積極的になれない理由でもあった。
だがしかし、今、ヤエの巨乳は大きくバウンドしているにも関わらず、その重力を感じさせない未知の領域へと突入しているのだ!
「どうじゃ、これが『巨乳専用ワークアウトスーツ』の凄さその壱じゃ」
「凄いですっ! こんなに胸が軽くなるなんて信じられない!」
ヤエは恥ずかしい恰好をしていることも忘れ、夢中になって胸を揺らし続けた。
「凄いラメッ! エロいアニメでしか見たことない揺れ方してるラメ!」
このスーツ、まさに悩める巨乳にとっての翼だ。これさえあればどこまでも飛んでいけそうな気がする!
「これならダイエットも頑張れそうじゃろ?」
「はいっ! おじいちゃんっ、ありがとうございます!」
ピチピチスケスケのヤエは満面の笑みでお礼を言った。
そんなヤエを見るふたりも、とても嬉しそうだ。
「じゃが驚くのはまだ早いぞ。そのスーツの本領はここからじゃ」
おじいちゃんは白衣から取り出したスマホをスススッと操作する。
……ピコーン。
『起動完了。痩身プログラム・タイプ”ボンキュッボン”ヲ開始シマス』
スマホから機械音声が告げる。
そして、
「うわっ!」
なんと、ヤエの体が勝手に動きだしてうつ伏せ状態となった。
『プランク・三〇秒・五セット・ハジメ』
スマホからの合図と共に、自動的に両肘とつま先の三点で体を支えるプランクの姿勢へとスムーズに移行した。
「ふっ!」
床からぎりぎり離れた大きな胸はスーツの補助が効いているとはいえ、普段していないトレーニングを行うのは、やっぱりきつい。
「このように誰でも簡単に正しいフォームをとることができるのじゃ」
「なかなかいい眺めラメ」
確かにお尻が浮いてしまいそうになっても、がっちりとホールドされている感覚があった。これでは楽をすることはできない。
「……ハッ! ということはこの状態から動けないということラメ?」
「そうじゃ。トレーニングとはしんどい時にどれだけ追い込めるか、らしいからの」
「ぬふふ。いいこと聞いたラメー」
『十五秒経過。サア、残リ半分ダ! ガンバルノダ!』
機械音に励まされ奮起する中、余裕のないヤエのお尻になにかが乗っかってくる。
「え、なに?」
「さあ頑張るラメー!」
ラメはそう叫んだかと思うと、ヤエのお尻をぺしぺしと叩いてきた。
「ちょっと……ラメっ! なにっ、してるのっ」
「身体がプルプルしてるラメよー。気合いれるラメ!」
『気合ダー!』
そう重くはないがとても邪魔くさい。なのに自由の利かない体ではどうすることもできずにもどかしい。
「ほら、こっちはどうラメ。気合はいってるのかラメ!」
「ちょっと、はなれなさいっ!」
今度は目の前に滑り込んできたかと思えば、胸先をぺしぺし叩きはじめた。
「あっ……んっ、今はダメだからっ!」
「こんなにもプルプルさせて、気合が足りないんじゃないかラメー?」
調子に乗るラメにも全く抵抗ができず、胸がプルプル揺れているのをただ耐えるしかない。こんな状況になってもプランクの姿勢はビシッと決まっているのだから恐るべきである。
「ふっ、あっ……ほんとっ、お願いだからやめてっ!」
「弱音を吐くんじゃないラメ! そんなこと言うんだったら、ラメの闘魂を注入してやるラメー!」
これ以上なにをしようというのか、恐れるヤエに向けてラメは大きく両手を引いた。
その時、
『第一セット終了。休憩十秒』
「うぎゃーラメッ!」
機械音声と共にヤエはスーツの矯正から解放され、崩れ落ちるようにしてラメへとボディスラムをくらわせた。
「はぁはぁ」
ヤエは絶え絶えになる息の中、胸に押し潰されているラメを捕まえる。
「あー、よく頑張ったラメね、さすがヤエラメ。あれれー、さっきより痩せたんじゃないかラメ?」
「はぁはぁ……どこか行ってなさいっ!」
ヤエはしらじらしい反応を見せてくるラメを、遠くの壁へと放り投げるのだった。
「あーれーラメー……ふにゅ!」
「はぁはぁ……ふう」
息を深く吐いて自身の胸を見る。すると、はじめの頃よりも先端の膨らみがぷくっと増しているような気がした。
『サア、第二セット開始!』
その後もヤエのワークアウトは続いた。
プランクから始まり、レッグレイズ、ヒップリフトなどなど、ヤエがよく知らないようなトレーニングでさえも強制的に行われていった。
既にヤエの体は疲労でいっぱいである。体中から大量の汗が滴り落ちてくる。
『サア、イヨイヨ最後ノトレーニングダ。スクワット三十回五セット、イッテミヨウ』
「頑張るのじゃ、ヤエちゃん」
「えー、もう終わりなのかラメ」
ようやく終わるのかと安堵しつつ、体は勝手にスクワットをはじめる。
しかしこれまた恥ずかしい格好である。腕は頭に、胸をはり、足を大きく開いて身体を上下に動かしていくのだ。おじいちゃんたちにずっとトレーニング姿を見られていたとは言えども、まだまだ乙女の恥じらいはなくしてなんかいない。
かといって身体の向きを変えることすらできないのだから、未だ眠りつづけるタダシを横目に耐えるしかなかった。
「眼福じゃのう。わしもええもんを開発したもんじゃ」
のんびり日本茶をすするおじいちゃんはたいへん満足そうである。
だが、そこにまたもや不穏な動きをするラメの姿があった。
ラメはおじいちゃんへと忍び寄ると、サッとスマホをくすねてしまった。
「はぁはぁ、おじいちゃん、スマホッ!」
「ん? なんじゃ、スマホじゃったらここに……あれ」
「あーばよ、じっちゃーんラメ!」
盗みがバレたラメはスマホをてきとうに操作しながらヤエの元へ向かってくる。
「こら、わしのスマホを勝手に触るんじゃない!」
ラメに気づいたおじいちゃんも怒りの表情で追いかけまわす。
ふたりはスクワットするヤエの周りをぐるぐるドタバタ走りまわった。
「はぁはぁ、おじいちゃん、がんばって」
いくらおじいちゃんが高齢だといっても、二頭身ほどしかないラメが相手だ。その距離は徐々に縮まっていき、ついにおじいちゃんの手がラメをとらえた。
「ギャーラメ!」
「捕まえたぞーっと――あっ」
その時、ふっとおじいちゃんの体が宙を舞った。床に落ちていたヤエの大量の汗に足を滑らせてしまったのだ。
ドサッと床に倒れこんだおじいちゃんの体は、ちょうどスクワットをするヤエの真下へと転がり込んできた。
「おじいちゃん! 大丈夫!?」
「イテテ。ああ、なんとか無事じゃ」
ホッと胸をなでおろすヤエだったが、悲劇はここからだった。
遠くの方で、ガシャン! と、同じく宙を舞っていたスマホが床へ落ちる。
ピ……ガガガー……
『ソ、痩身プロ、プログラム……プラ、プランク……カイシ』
不調な機械音声が、最初に終えたはずのプランクを指示した。
「きゃっ!」
ヤエの身体はスクワットから即座に切り替わり、プランクへと移行した。
その場で行われたため、ヤエの両肘とつま先は床へ、大きな胸は倒れていたおじいちゃんの下腹部へとぷにゅんと密着する。
「うひょっ!」
おじいちゃんは歓喜の声をあげた。
「はぁはぁ……ちょっと、もう無理なんだけどっ!」
ヤエは必死に身体を動かそうとするが、やはりおじいちゃんの上で胸がむにゅむにゅ動くのが精いっぱいである。
「ヤエちゃんっ! そ、そんな風に動かれると、おほーっ!」
「んっ、はぁはぁ……そんなこと、言われてもっ……ラメっ、スマホッ」
ヤエは事の発端となったラメへと呼びかけた。
「んー。このスマホ、さっきより反応が悪くなってるラメねー」
スマホを回収したのだろうラメの声が遠くから聞こえてくる。
「はぁはぁ……ラメは触んなくていいからっ、おじいちゃんに返してっ」
「馬鹿にしないでほしいラメ。ラメにだってスマホくらい扱えるラメ」
「いいからっ! くっ……」
どうやらスマホで停止させることは期待できそうにない。
「おほーっ。腰が、腰が抜けそうじゃあー」
そしてゆるんだ顔したおじいちゃんも、どうやら腰を痛めて動けそうにないようだ。
となればヤエに残された方法は、インターバルの間にこのスーツを脱ぐことだけである。
脱げばもちろん裸にはなってしまうのだけれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。サッと脱いで、サッと着替えを取りに行けばいい。
『ノコ、リ……十五秒』
プランクのインターバルは確か十秒だったはず。
ヤエは息を細くはいて、まず熱くなっている心身を落ち着かせる。
そして目をつぶり、次の音声へと耳を集中させるのだ。
暗闇の中、今、ヤエが感じられるのは自身の鼓動とおじいちゃんの身体のみ。
おじいちゃんといえども男性で、そのゴツゴツした骨がヤエの胸に伝わってくる。腰の左右にそれぞれ、そしてちょうど胸に挟まる骨が真ん中に固く……
こんなところに骨があるものだろうか。
「おふぅ……ヤ、ヤエちゃん」
真ん中の骨はムクムクっと大きくなっていく。
……とにかく今は音声に集中しよう。もうすぐインターバルのはず。
「このやろラメ。なんで反応しないんだラメ」
遠くでペシペシとスマホを叩く音が聞こえる。
関係ない。集中集中。
「なーっラメ! こうなったら喰らえ鉄拳ラメ!」
ガンッ、と強い衝撃音の後、すぐに音声がはじまった。
『ダ、ダダダ第一――』
ヤエは、拘束が解かれると素早く立ち上がる。
『セット終リョ――』
そのまま首元に手をかけた。
『休ケイ……ナシ!』
「無しぃっ!?」
無情にもヤエの身体はまた拘束されてしまった。
『オラオラァ、次ハ、プッシュアップジャ! 俺ノ気ガ済ムマデヤラセルゾ!』
「嘘でしょーっ!?」
急に中の人が変わったようなスマホは、プッシュアップを要求してきた。
プッシュアップ、つまり腕立て伏せである。
ヤエの身体は再びおじいちゃんの元へと舞い戻る。今度は肘ではなく、手のひらを床につくので距離は遠くなったが、そこから肘を折り曲げて床へと近づけていくのが腕立て伏せである。
だが今は床ではない。おじいちゃんの下半身だ。
「あんっ」
重力に引かれた胸は先端から降り立ち、おじいちゃんの身体に押しつぶされていく。胸の間には骨だと思いたいモノの存在が先ほどよりも具体的に感じられた。
「おふぅ。ヤエちゃん、そんな大胆なコトされるとワシ」
「私の、意思じゃ、ないですっ! あっ」
先端が降り立つたびに声がもれてしまう。そして、そのままギュッと押しつぶされた胸は、降り立つために昇っていく。
そんな行為を繰り返していく。たぷんたぷんと何度もおじいちゃんのモノを胸で包みこんでは解放した。ヤエの汗がしみ込み、それを濡らしていく。
「はぁはぁ……んっ、おじいちゃんっ、まだ動けないですか?」
「そ、そうじゃの。頑張ってわしも動いてみよう」
おじいちゃんはそういうと、体をじりじりと移動させはじめた。
だがしかし、よじるようにして動くのが精一杯なのだろう。ふう、とおじいちゃんが一息いれて止まった場所は、ヤエからすると好ましくない場所であった。
「お、おじいちゃんっ、もっと動いて!」
肘が降り曲がるとモノがすぐ目の前に迫ってくる。
そして、そのままヤエの唇に固いものが押しつけられた。
「んちゅっ」
顔をうずめるようにくちづけているため、息苦しい。
「……むはっ! はぁはぁ……おじいちゃんっ、お願い、もっと……んっ」
「むふぅ。ヤ、ヤエちゃんのために頑張るぞ。わしはまだまだ若いんじゃ!」
そう言うが、グネグネ動くのは腰ばかりだった。
唇に押し付けられることが回避できたとしても、うずめた顔に固いものが擦りつけられる。
「おうふっ。もっと、もっとじゃ」
「ちゅっ……ぷはっ! はぁはぁ……もっと、大きく、動いてっ……あっ」
ヤエはおじいちゃんを励ましながら、何度も何度も身体を重ね合った。もう腕はパンパンで、既にヤエの限界は近い。
だがそれは、おじいちゃんも同じようだった。
「おおぉっ! もう、もう限界かもしれんっ」
「むっ……ぷはっ! ダメッ、まだ頑張ってくださいっ!……んっ」
顔に当たったものがビクンと震えた。
「うっ、イク。わしはまだまだイけるのじゃ!」
「ちゅむっ……ふっ! そうですっ、まだイケますっ、イっておじいちゃんっ!」
「ヤエちゃん、イクぞっ! イクッ! うおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
唇がモノについた瞬間、おじいちゃんは激しく身震いした。同様に、唇に押さえつけられたモノもドクンドクンと波打ったのが伝わってくる。
「……ちゅぱっ! はぁはぁ……おじい、ちゃん? おじいちゃんっ!?」
ヤエの体が起き上がってくると、そこには安らかに眠っているようなおじいちゃんの姿があった。
「ラ、ラメッ! 早くスマホをこっちに! はむっ……」
「あー、もうわかったラメ。ほいっラメ」
ラメは諦めの声色で返事をした。
その後、近くでガシャン! という音が聞こえてきた。
近くに、ヒビのはいったスマホが滑り込んでくる。
ピ……ガガガー……
『セ、性技プログラム・タイプ”インラン”ヲ開始スル』
「えっ?」
セイギ? インラン? とはなんだろうと思っているうちに、ヤエの身体はスクワットのようなポーズをとっていた。
『杭打ちピストン・十分……ハジメ!』
開始の合図と共に、ヤエの腰はおじいちゃんのモノへと落ちていく。
「いやーーーっ!!!」
「おうふっ!」
おじいちゃんは息を吹き返した。
帰り道。
何事もなかったかのようにして、ヤエはタダシと並んで歩いていた。
「悪かったな。今日はずっと寝てて」
「ううん。別にそんなことないけど」
と、すっかりタダシの存在を忘れていたことを手をふって誤魔化した。
もしタダシを起こせていたら、もっと早くに止められたのかなとも考えるが、あんな恥ずかしい痴態を見られたらと思うと、やっぱり寝ててくれて助かったなとヤエは胸をなでおろす。
そんなヤエの顔をタダシがひょいっと覗きこんできた。
「なんか疲れた顔してないか? なにしてたんだ」
ヤエは胸が一瞬飛びあがりそうになって、ワンピースのスカートの裾をおさえた。
「ぜ、全然、疲れてないよ。ちょっとおじいちゃんのお手伝いしてただけ」
ヤエの顔が熱くなる。
「あぁ、あの人使い悪いじじいか。そりゃ悪かったな」
するとタダシは、「あっ」と何か思い出したようにポケットから小さい箱を取りだした。
どこかで見たことあるような箱だった。
「ウチ来た時に見られてたかもしれないけどさ。これ、やるよ」
差し出された箱を受け取る。
「なに?」
「開けてみろよ」
渡された箱をパカっと開けてみると、そこには桜の花をモチーフにしたペンダントがはいっていた。
「え、なんで? 誕生日とかでもないのに」
「別にいいだろ、なんの日じゃなくてもさ。……ただ作ってみたくなっただけだからさ」
いつも迷惑かけてばっかだし、とタダシは笑う。
ヤエも嬉しくなって笑った。
ペンダントを取りだしてみる。
それはとても手作りと思えないほどにキレイだった。
「つけていい?」
「そりゃ、もうヤエのだし。好きにしろよ」
「……ねえ、つけて」
はいはいと、ペンダントを受け取ったタダシの腕がヤエの首にまわった。
なんだか甘酸っぱい香りがした。
「ほらよ」
そしてすぐに甘酸っぱい香りは、恥ずかしそうにそっと離れた。
「……どうかな? 製作者としては」
「まあ、いい感じなんじゃないの?」
「それはペンダントが? ペンダントをつけた私が?」
「なに言ってんだか」
ふたりは笑いながら、短い帰り道をゆっくりと歩いていった。
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