ヤエちゃんのムネにくちづけ

嘘付本音

第1話 目覚め

 とある日の晴れた休日。

 カーテンの奥からは麗らかな太陽の陽気と小鳥のさえずりが朝の訪れを知らせていた。

 当然、こんな日には気持ちよく時間も気にしないで寝ていられる事が、現代を生きる人々にとって何にも代えがたい至福の時間であるだろう。

 春ヶ峰ヤエも、スヤスヤとそんな至福の時を過ごしていた。


「んっ……」

 眠るヤエの唇から吐息がこぼれた。年齢を思えば、いささか色っぽく艶やかである。

「ん…………あっ……」

 無意識にこぼれていく自身の吐息によって、ヤエの意識も少しずつ覚醒していく。

 身体に圧迫感を覚えたヤエは、まどろみの中で違和感を抱きはじめる。

 重たい瞼を開いていくと、そこに普段よりも膨らみのある布団が見えてきた。

 いくら同世代の女の子たちの中では胸の成長が早い方だとはいっても、これほどの膨らみではなかったはずだった。それが一晩でここまで大きくなってしまうものだろうか……

「やっ……」

 ボケっとする意識の中に刺激が流れてくる。くすぐったく、それでいて少し心地よい刺激が……

 たまらずヤエは刺激の元を探るようにして、ゆっくりと布団をめくってみた。

 そこには、いつの間にかパジャマから露出されていた自身の見慣れた胸がある。

 パジャマがはだけているコト自体はまだよかった。

 問題は、その胸にのしかかるようにして不思議な生き物? がいたコトだ。

 丸っこい輪郭にまん丸とした瞳、全身のサイズ感から愛らしいぬいぐるみのような印象を持ったが、その表情にはどこか下卑たようなモノを感じなくもなかった。

「……んっ」

 ぬいぐるみが、胸の先端をそのモフモフとした腕でムニッと沈ませる。

「……」

 刺激の元はこれだったのか。

 さすがにこのままにしておくわけにもいかず、ヤエはぬいぐるみらしき不審な生き物を両手で捕まえる。

「ぎゃー! なにをするラメェ!」

 捕らえられたぬいぐるみは、かわいらしい声をあげてジタバタと抵抗をはじめた。それでも力は見た目通りにか弱く、逃がしそうにはない。

 手触りはふわふわで本物のぬいぐるみのようだ。

 ……っていうか喋れるんだ。

「あなただれっ!? なんなの?」

「ラメはラメだラメェ!」

 ラメラメ言われても当然思い当たる節はない。

「布団の中でなにしてたの」

「それはもちろん、こんなクソエロい身体してたらおさわりするのが義務――」

 ヤエは指に目一杯の力をこめた。

「ギャッー!! ち、違ったラメ! 冗談だラメ! 日本語難しいのラメ!」

「……で、なにをしてたの?」

 話を聞くため仕方なくヤエが力をゆるめると、ラメは脱力して大きな耳を垂れおろした。

「えー、あのー、そうラメ。ラメは地球と呼ばれるこの惑星に初めて来たんだラメ」

「あなた宇宙人ってこと?」

「簡単に言うとそういうことラメ」

 宇宙人と言われてもにわかには信じられないが、この会話ができる生き物が何なのかと問われればそう考えるしかないのかもしれない。

「ラメは初めて来た地球で右も左もわからずウロウロとさまよっていたラメ。不安に明け暮れ涙を枯らす暇がなかったラメ」

 ラメは唐突にうるんだ瞳をヤエへと向けてくる。

「そんな時におっぱ……じゃないラメ。心優しそうな女の子を発見したんだラメ」

「……それが私ってこと?」

「そうラメ。キミを見た瞬間にムラムっ……いや、ビビビッときたんだラメ」

 所々卑猥じみた言葉が聞こえてくる気がするけど、とりあえずスルーする。

「この娘のそばだと安心できる。そう感じてココまでついてきてしまったというわけラメ」

「うーん、そうなんだ」

「納得してくれたラメ?」

 ラメはひどく懇願するような面持ちでヤエへと訴えかけてきている。

 突然現れた宇宙人に突拍子もない話を語られ、どう考えたらいいのだろうと思うけれど、こんなに愛らしい顔とフォルムで言われると、信じないのもかわいそうに思えてくるからずるい。

 それに見た目は別としても、かわいそうかもという同情心が湧いてきていた。

 だって、初めて来た場所で一人、頼れる人がいないという不安はきっと全宇宙共通だろうと思ったから。

 ヤエにだって過去にそういうことがあった。

 幼い頃に見知らぬこの街へと引っ越して来て、その時は不安で胸が一杯になっていた。

 もちろんヤエには両親がいたけれど、それでも知らない場所というのは、外に出る事さえ大げさに怖くさせた。

 でもそんな時に、近所に住む同い年の男の子が声をかけてくれたのだ。

 ビクビクしていた私に、その男の子は街の事や私の知らない事を沢山教えてくれて……次第に私も自分のコトをいっぱい話せるようになっていた。

 気が付けば、この場所で暮らすことに不安なんて感じなくなってた。

 ……

「……わかった、信じるよ。ごめんね、痛くしたりして」

「え、ほんとラメ? この娘チョロいラメね」

「え?」

「あー間違いラメ。地球人は優しくて親切って言いたかったラメ」

 先ほどの泣き顔はどこへやら、ラメは見るからに元気を取り戻していた。

 でもまあ、元気になってくれたのなら、良かったのかなとヤエは思う。

 落ち込んでいる姿を見るより、こちらもいい気分になれた。



「あ、いい事思いついたラメ」

 ラメはそう言うと、顔を上下させてヤエの身体をねっとりと品定めする。

「信じてくれるっていうんだったら、ラメに協力してくれるラメ?」

「……なに協力って?」

「ラメがわざわざ遠い地球までやってきたのには、とある理由があるラメ」

 ラメが短い胴体をただして語りはじめた。

「えーコホン。実は、ラメはこの地球に存在する知的生命体の調査を命じられた特殊研究員なのだラメ」

「研究員?」

「そうであるラメ。布団の中でキミの身体を触っていたのは調査のためだったのだラメ」

 決してえっちないたずらなどではないとラメは断固主張してきた。

「特異かつ優れた文明を築き続けている人間という優れた生命体を調査することによって、その結果いかんでは、あー、んー……なんやかんやラメ一族の滅亡が防げるのであるラメ」

「滅亡って、そんな事……」

「この星の人間にとっては意外なコトと思うかもしれないけれど、生命や文化を未来へ繋いでいくということは簡単ではないのよねラメ」

 ラメは涙をキラリと零しながらも、ヤエをまっすぐに見据える。

「だからキミにお願いしたいのだラメ。ラメに……いや、ラメたち一族のために協力してくれないだろうかラメ!」

 愛らしいフォルムとは裏腹に、悲哀をはらんだ痛ましい口調だった。

 思わずヤエはコクリと頷いてしまう。

「本当に協力してくれるラメ?」

「話が大きすぎてまだ飲み込めてないんだけど、ラメたちにとって一大事なんだよね?」

「そうラメ。キミが助けてくれないとラメたちに未来はないラメ」

「そっか……。だったら……私にできることがあるんだったら、なんでも協力するよ」

 ラメの熱い想いとその境遇に、つい同意を選択してしまうのであった。


「マジかラメー!」

 ラメがもろ手を挙げて喜ぶと同時に、その身体に急激な変化がおきる。

「え? きゃーーーっ!?」

 ヤエは驚愕し、思わずラメを掴んでいた両手を離してしまった。その手で目を覆いたくなる。

 うら若き乙女であれば当然の反応だと思う。

 なぜなら目の前のかわいらしい身体に不釣り合いな大きさの、起立した棒状のモノが……

「急に叫んだりしてどうしたラメェ?」

「だ、だってそれ……」

「むふふー。それってなんだラメ? ラメこの星の人間じゃないからちゃんと教えてくれないとわからないラメー」

 先ほどまでの真剣な顔はどこへいったのか。ラメはニヤニヤしながら腰を突き出してくる。まるでこの状況を楽しんでいるようである。

「だから、おち……」

「おちぃー?」

「お、お〇んちん……」

 顔から火が吹き出そうだった。見たことがないわけではなかったが、こんなに大きくなったものを、こんなにも近い距離で見ることは初めてのコトで。加えて思春期ながらにしてその名称を口にするのには、かなりの恥じらいがあった。

 だがラメはそんなヤエを弄ぶように口をひらく。

「おちんちん? あー、男性器のことラメねー。似てるのかもしれないけど、これは別物ラメー」

「そ、そうなの?」

「これは……んー、『体内埋め込み型生命体調査器』ラメッ!」

 まったく聞いたことのない未知の装置である。

 別物と言われても形状はアレに酷似しており、股の間から天へ向かって生えているものだから、ヤエとしては素直に直視できるモノではない。

「そんな顔して、キミの頭の中はお〇んちんでいっぱいなんだラメねぇ」

「そ、そんなんじゃないけどっ」

 つい強がってみたものの、自分がどんな顔をしているのだろうか不安になる。

 自分の頬を手で覆ってみるとひどく熱くなっていた。

「なら良かったラメ。それじゃあ、まずは触ってみるラメ」

「……コレを触るの?」

「触れないと調査できないラメから。繊細だから優しく包み込むようにお願いするラメ」

 ヤエはゴクリと唾を飲み込む。

 いや、これは男性のアレではないのだ。ただの測定器で変なことするわけじゃない。

 そう自身に言い聞かせてしばらく息を吐き、決心すると細い指を恐る恐るモノへと這わしていった。

「うひょーラメェー!」

 指がモノに触れた途端、それはビクビクと打ち震えた。

 突然の事にヤエは驚くが、離してしまわないようしっかりと握っていく。

 握ったモノは、器具とは思えない感覚を手に伝えてくる。

 火照った人肌ほどに温かく、柔らかさの中に芯が通っているような絶妙な硬さだ。

 それがますますアレにしか思えなくなり、ヤエは慌てて頭を振った。

「じゃあそのままコスっていくラメ」

「コ、コスる?」

「コスらないと測定できないラメ。さあさあ早くやるラメ」

 ラメに急かされるまま、ヤエは不慣れな手つきでありながらも、棒状のモノをシゴきはじめた。

 時折、生きているかのようにビクっとモノが手の中で跳ね、それと共にラメの息が少しずつ荒くなっていく。

「……ねえ、これうまく出来てるの?」

「ハァハァ……初めてにしてはいい感じラメ。もっと握りを強くして徐々に速くしていくラメ」

 こうしてラメに熱心な指導を受けながら、ヤエは一生懸命に腕を動かし続けた。

 時に「強弱をつけるラメ」とか「絞りだすようにラメ」とか、「ちょ、一旦ペース落とすラメ!」とかの細かい指導にもなんとかついていき、扱いかたもなんとなく理解していく。

 どれくらい続けていただろうか。

 始めの頃よりもモノが熱く膨らんできていた。

 ずっと動かし続けていた腕にも疲労が溜まり、身体は熱く汗ばんでいる。

 ヤエがそろそろまた扱く手を代えようかな、と考えていた矢先、

「ハァハァ……うっ、そろそろ出すラメよっ!」

 ラメから新しい指示がでた。

「え? 出すってなにを?」

「いいから早くペースを上げるラメッ!」

 ヤエは説明もないまま、懸命に腕を動かしていく。

「もっと、もっとラメ!」

 それでもまだ物足りないようだ。仕方なくヤエは空いていた左手も使って、お祈りをするかのようなポーズでモノをしごく。

 必死になりながら、これでどうかとラメの顔を窺ってみた。

 調査をはじめる前までは愛嬌のある顔のラメだったが、今や目も口もだらしなく垂れ下がり、極上の夢の中にでもいるかのようにだらしなかった。

「ラ、ラメェ……もうイくラメェ。そのまま口開けるラメェ」

「くち?」

 どのくらい開けばいいんだろう。とにかく口を大きく開きながら頑張って腕を動かす。

「あっ……イ、イくラメ! くっ、ラメッ、ラメエエエエエエェェェェェェッ!」

 ラメの叫び声と連動して、扱いていたモノから勢いよく白っぽい液体が飛び出してきた。

 それは真正面で握っていたヤエの顔や口の中へと遠慮なくぶちまけられた。

「うぅ……なにこれぇ……」

 ヤエは目も開けられず、どうしようもなくそのまま佇む。

 なんだかネバネバして気持ち悪い上に匂いが強い。

「ふぅー……あー、サイコーラメー」

 ラメの上機嫌な声が聞こえた。

「ふえ、これどうすればいいの?」

 ヤエは口の中に入ったものをこぼさないように気を付けながら問う。

 舌の上に独特な苦味が染みわたってくる。

「あー、それはラメね、ごっくんするんだラメ」

「ご、ごっくん?」

「それは生命体にとってとても大事なモノラメからねぇ。しっかり味わって飲むラメ」

 飲み込むのには少し覚悟が必要だったが、いつまでも口の中にあるのも辛い。

 ヤエは意を決してごくりとそれを飲み込んだ。

 喉を通っていく感覚が明瞭に伝わってくる。

「ほら、地球ではご飯を食べさせてもらった時なんて言うんだラメ?」

「んっ……ご、ごちそうさまです」

 なんだか腑に落ちないまま、ヤエは顔に付着しているモノを拭っていく。

 大変だったけれど、とにかくこれで協力出来たのなら、まあ良かったのかな。

「じゃあ少し休んだら次の部位測定するラメよー」

「……え?」

「言ってなかったラメ? 毎日全身測定していくからよろしくラメー」

「ふええええええぇぇぇぇぇぇっ!?」

 ヤエの叫び声が家中を飛び越え宇宙の果てまで響く。

 こうしてラメとの大変な日常が始まったのであった。

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