第10話 沈黙! 暴力と協力
やった。どうにかなった。
話し合いの末に「さすがに大矢でも、この状況で死ねとは言わないだろう」という楽観的な作戦だったけど、うまくいった。
「し」って聞こえた時、一瞬心臓止まったけど。
とはいえ、今日中は大矢が王なので、城に行ったら小人兵に串刺しにされかねない。街の小人達はまだ大騒ぎしているみたいだし、結局食事はあきらめることになった。須部は「静かに」文句を言っていた。
せめて元の世界に戻るための手がかりを、と街や森を歩ける限り歩いてみたが、収穫無し。空腹による疲労に負けた。
空腹でもいつの間にか眠れる。そして、朝が来る。僕の王様デビューは大矢に奪われてしまったから、今日でいいんじゃないか。
「誰だ」
「俺だ!」
なんで須部が二回目なんだろう。誰ださん、僕のこと嫌いなんだろうか。
とりあえずは朝飯だ、と僕と鳩野は須部にくっついて城へ向かう。城の前で小人達が王冠とマントを持って来た。大矢はどこかへ行ったのだろうか。
「昨日のことがあるし、顔合わせづらいんデスかね」
自分のことは棚に上げる鳩野である。
「あ、お前ら! 俺の分まで食うんじゃねえ!」
早速朝飯を食べようとしたら、須部に強制的に引きはがされた。
「ちゃんと食わせてやるから、ちょっと待ってろ!」
結果、サラダだけ渡された。
「あのー、昨日食べてないのは私達も一緒なんデスけど」
「須部、王様になったとたんに横暴だよ」
「あのなー、俺が前に王様になった時、お前らに飯食われるわ、お前ら追い出すだけで命令使っちまうわで散々だったんだぞ。ちょっとはいい思いさせろ」
ミニサラダの味は、飲み会の時のやつにちょっと似ていた。あんまり、おいしくなかった。
「あ、あのさ須部、思ったんだけどさ。元の世界に戻る方法、もうちょっと考えてみない?」
「おー。もうちょっと王様堪能したらな。とりあえず何か考えといてくれ」
何だその言いぐさ。
「須部はもう王様二回やってるでしょ!? 僕なんて一回もないんだよ! 少しくらい戻る方法考えてよ!」
「考えてるっての! 誰だに命令しても効かない、あちこち歩いても出口らしいものもない、じゃあ他に何があるってんだよ!」
「何かしらあるかもしれないだろ! バカでもちょっとは考えてみろ!」
「うるせえ! 1番黙れ!」
あっ。その瞬間、全員が「やっちゃった」と思っただろう。
僕の白いシャツは、1番という僕の番号を全く隠していなかった。
瞬間、僕の頭に衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。
ああ、なんでこんなことになったんだろう。せめて、みんなとの最後の飲み会。あの時、もっと楽しんでおけばよかったな。
目を覚ますと、城のそばで横になっていた。隣にいた鳩野が「あ、起きマシた?」と声をかけてくる。
何で僕こんなところで寝てるの?
声が出てこない。あ、「黙れ」の命令のせいか。
「須部サンが倉藤サンぶん殴った後、『こいつ外に出しとけ』って小人に命令したんで、倉藤サン放り出されたんデスよ。で、私はどうしようもないんで、とりあえずここでボーっとしてマシた。倉藤サン担いでボロ屋戻るのキツそうだったんで」
お前は何もしてないのかよ。
……いや、違うか。今いる場所は城の横の日陰だ。普通に城から放り出されたら、日光当たりっぱなしで熱中症とか危なかったかもしれないし、一応助けてくれたんだな。ありがとう。声出ないけど。
「あ、さっきの、元の世界に戻る方法。話し合い……は無理デスね。今日中は」
「じゃあさー、これ使う?」
どこで話を聞いていたんだか、大矢がぴょこっと出てきた。
「城にあった紙とペンー。何かに使えると思って、こっそり取って来たー」
◆◆◆
城では、朝食を終えた須部が、不機嫌な顔をしていた。
やっちまった。
去年の、ゲーム同好会の新入生歓迎コンパ。俺達を歓迎してのやつだった。
まだ二十歳になってないからアルコールは無しで、って言われたのはちゃんと守ってた。
隣にいたサラリーマンらしい集団から、うるせえって言われたことに腹が立って。
ついそばにあった壁を殴ったら、一発でヒビが入った。
店員にめちゃくちゃ怒られて、平謝りした。
酒飲んだわけでもなく、いきなりキレて手が出るやつ。
そんな認識されたせいか、明らかに人が近づいてこなくなった。
あいつらを除いて。
◆◆◆
ボロ屋にて、僕、鳩野、大矢の三人で元の世界に戻る方法を考えていた時。突然、ドアが吹っ飛ぶほどの勢いでバターンと開いた。
「倉藤! 悪かった! 殴って! あと、喋れなくしたのもごめん! もう喋っていいぞ!」
須部が入って来るなり謝ってきた。でも僕は喋れない。
「須部サンの命令、有効なのは最初の『黙れ』だけデスからね」
「撤回できねえのかよ! ……ホントごめんな」
僕は、大矢にもらった紙とペンで意思を伝える。
〈もういいよ。僕もごめん〉
須部も加わり、四人で元の世界に戻る方法を考えてみた。僕達がこの世界に来る直前の行動、すなわち飲み会に何かのヒントがあるかもしれない、と飲み会での会話を必死に思い出してみたのだが。
「日本文学の細井教授がゾンビに似てるとか」
「城下サンはBカップかCカップか、とか」
「サッカー部の茂木が事務員の古井さんって人と不倫してるらしいよー、とか」
おっそろしくバカな内容ばっかりだった。これ、他の人に聞かれてないよね?
「後は……試験の結果が親のところに行くのはおかしいとか」
「男四人の飲み会ってのはそもそもどうなんデスか、とか」
「倉藤がうっとおしがられてるよー、とか」
悲しい思い出が蘇ってきた。……でも、この四人でわちゃわちゃ喋ってると、なんか楽しい。それに気づけたことだけは、この世界に来てよかったことかもな。
「!」
突然、そう、本当に突然だった。僕の頭に、あることが浮かんだ。急いで紙に字を書く。
〈僕達、帰れるかもしれない〉
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