第五章 聖女の目覚め

第50話 目覚め(しっぱい)



 お伽話をしよう。

 誰も知らない優しい魔法使いと、彼が愛した宝の話を。

 そして巡る時代の先で再び出会った二人の話を。

 これは悲恋じゃない。

 誰もが認める、めでたしめでたしで終わるハッピーエンドだ。





「そう焦りなさんな。こいつは放っておいてもそのうちケロッとした顔で起きてくるから」


 おお! 裏路地ギルドの婆の声が聞こえる。婆,久しぶり!

 いつ来たんだろう。ねえ婆、せっかく来たんだったら美味しいシチュー作ってよ。謎肉が入ったシチュー。茶色くってなんか不思議なスパイスの香りがするシチューが食べたい。

 あのさ、俺、なんか異様にお腹が空いてるんだよね。成長期かな。もちろん横幅じゃなくって、縦でもなくって、知的な方向でさ。


「でも、もう一週間も目が覚まさないんなんて」

「魔力を持たない体で、大規模な魔法陣の影響を受けたんだ。もう少し待ってやれ」

「……はい」


 あ~、ユーウェのこの声の感じ、絶対納得してない。婆にもきっとお見通しだ。

 でもさ、大丈夫だよ。婆の占いは当たらないけど、アドバイスはそこそこ正確だから。

 目が覚めるって言ってるんだったら、絶対目が覚めるって。

 ……って誰の話? ユーウェをこんなに心配させて。おい、寝てないでとっとと起きろよ。ユーウェ悲しませてんじゃねえぞ、バカヤロー。


「ユーウェ様、そろそろお昼にしましょう。婆の手料理です。ヴェインに料理を教えたのは婆だから、ヴェインの作った料理よりはるかに美味しいですよ」


 む、カメリアめ。失礼なことをほざきやがって。

 確かに俺はまだまだだけど、死の森じゃ素材を生かした料理のほうが美味しいんだからな。

 ユーウェだって、俺の料理、美味しい美味しいって眼をキラキラさせて食べてたんだからな。あんな眩しい眼差しを受けられるのはきっと俺だけだからな!


「……ヴェインの料理、食べたい」

「ユーウェ様……」


 はっはっは! ほ~ら見ろ! カメリアの隠そうとしても隠せない悔しさがにじみ出た顔が見えるようだよ! はっはっは!

 ってか見たいぞ。おい、なんで見えないんだ?

 ユーウェが俺の料理食べたいって言ってるんだったら、作ってあげないと。

 湖のサカナとハーブスパイスを使った蒸し料理がいいかな。肉好きなユーウェには、鶏肉の皮目をパリパリに焼いた豪快な肉料理もいいかもしれない。

 そういえば、屋敷に来たお客さんにスパイスを撒いちゃったからまた作らないと。もう少しピリカラなほうがユーウェは好きな気がする。


「ヴェイン、早く、起きて、料理」


 ゲッコーまでいるんだ。みんなお揃いで。

 ん? あれ? 今、起きろって言ってた?



 もしかして寝てるのって――俺!?







 はいはーい、微妙に意識だけが戻ってすでに二日が経ちました。


 残念ながら、まだ起きれません!


 おかしいな! 耳はちゃんと聞こえているんだけどね!

 目は開かないし、指先がピクリとも動かない。頑張って動かそうとすると、出ちゃいけないものが出口から出ていきそう。それは嫌だ。特にユーウェがそばにいる時は。

 何も持たない魔抜けだけど、人間としての尊厳は持っていたいのだよ。


 周囲の会話から想像すると、あの魔法陣が発動した翌日、様子を見に戻ってきたゲッコーによって俺は発見された。

 魔力を吸い取るかもしれない魔法陣に近づけるのは、ゲッコーだけだからね。それで一旦俺を屋敷から出して、様子見している間に王都の裏路地ギルドからの救援が到着。

 屋敷内の片づけや現状調査をして安全が担保されてから、全員戻ってきたらしい。お片付け……うん、関係の色々ね、色々。お掃除ご苦労様です。


 それからすでに一週間。俺はグースカピーと寝続けているらしい。寝ているっていうか、眠ってないけど起きられないっていうか。

 婆の見立てでは、魔法陣が体に与えた影響によるものだということ。

 うーん、そう言われると、なんか微妙に身体が重いし腹の奥がもぞもぞする気がする? なんだろ、これ。このせいで「ふんぬっ!」ってお腹に力入れられない。


「ヴェイン、魔法陣をね、もう一度解析しなおしてるの。予想だけど、第五の陣に立つ人が魔力を持っているか持っていないかで、発動の仕方が変わるみたい」


 今日もユーウェが魔法陣の解析の合間に俺に報告に来る。

 よしよし、ユーウェに休憩をとらせるために、誰かがあの魔法陣の部屋から追いだしてくれたんだな。煮詰まって焦げ焦げシチューになる前に、脳みそに休みを入れるのはいいことです。


 それにしても、魔法陣に二重の仕掛けがあるとは驚き。でも納得かな。

 魔法使いは魔法陣が悪用されることを恐れていた。

 だから残された魔法陣は、命を救うためのものだけだと確信している。

 だから悲しいあの子のようには……あれ? あの子って誰だろう。

 確か魔法使いと一緒に暮らしてた人がいたよね。うーん、うーん......あ、そうだ。自分の名前が魔抜けだって勘違いしていたから、魔法使いが似た音の名前を探してつけたんだ。

 そう、あの人の名前は――


「……マーサ?」


 おわっ、びっくりした!

 声が出た。

 驚いた拍子に目まで開いたよ。

 あー、良かった良かった。やっとちゃんと意識が覚めたよー。

 ぱちりと開けた目を二度三度と瞬いて、視界が良好なのも確認。

 すぐそばにユーウェの銀色の髪が見える。うん、綺麗。やっと見れて余計に輝いて見える。きらっきらだぁ。


「ゆ」

「……ダレ、ソレ」

「ん?」


 あれ? ユーウェの笑みが固い。

 なんか目が昏い。こう……闇って感じ。

 ど、どうしたのかな?

 てか、俺、今なんて言った? ちょっと教えてくれない?


「こんの馬鹿たれが。目が覚めた途端に知らん女の名前出すなんざ、男の風上にも置けないね。風下の肥溜めの中にでも入っておけ」


 おおう、婆、相変わらず容赦ない。

 それにしても女の名前? ホーリーばぁの名前とか?

 あ、そう言えば目が覚める寸前に誰かのこと考えていた気がする。えっと、あれは。


「あ、マーサか。そうそう、マーサね。うん」


 目は開いたし、口も動くけど、首から下が動かない。動いていたら両手をポンっと打ち合わせてるところ。


「……そんなにも、会いたい人なの?」

「へ?」

「何回も、繰り返し、名前を呼ぶくらい、ヴェインは、その人に、会いたいんだね?」

「えあぁ?」




 ユーウェの背後から黒い影が立ち上っているように見えるのは、気のせいですかね!?




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