第7話

「ん、うぅ……」


 マントにくるまれた少女は、ゆっくりとあたりを確かめるように身を起こした。

 腰まで伸ばしたアメジストのような紫色の髪に、同色の瞳。人間のような、人形のような、小柄でどこか幻想的な雰囲気をまとう少女だった。


「もう大丈夫だ、怖かったな、安心するといい。私たちが男どもを全員倒したから。ここから逃げよう」


 テルミが励ますように言うと、少女は眼をぱちくりと瞬かせ。


「……おろ、なんじゃ? もしかしてわしはお主らに助けられたのかのう。はっは、穴に棒の入っとらんのは久しぶりじゃ。逆にスース―して変な気持じゃのう! わっはっは!」


 からりと言ってのけた少女。これを聞いてダンは直感した。この少女は、弟子たちやテルミに劣らない変人だと。


「20年も慰み者をさせられておったから、いやはや体に自由があるのも違和感じゃ。年月の流れは恐ろしいの」


 肩を回しながらとんでもないことを言ってのける紫髪の少女。いや、今の話が真実なら、少女ではないのかもしれないが。


「に、20年!? あなた何歳っすか!?」


 マニマニが驚いて叫ぶ。自分より幼く見えるのに、下手すると倍以上生きている可能性があるとは。

 囚われの少女は考え込むように宙を見上げていたが、ややあって視線をマニマニに戻す。


「正確には覚えとらんが……500年は生きとるはずじゃのう」


「師匠! この子、ストレスで頭が……」


「至って正常じゃい! 全く最近の若いのは……年上を敬うことを知らんのか」


 ダンもこの世界に来て10年近く経つが、500年生きた人間など聞いたことがない。

 しかも少女というか、童女と言って差し支えない見た目となると、見当もつかない。


「いや年上って言われても、どう見ても子供じゃないっすか」


「こりゃ魔法の副作用じゃ。子供の頃、成長促進の魔法を試しておったら不老不死になってしもうた」


 不老不死、その単語に聞き覚えがあったのか、ニナが反応を見せる。


「不老不死、紫の髪といえば……古の大魔法使い、フランチェスカ・マクドウェル?」


「おお、そうじゃ。古は余計じゃがな。我こそ不死身のフランチェスカよ。ともかく今回は助かった、ようやくまともな生活に戻れるわい」


 伸びをして嬉しそうに語るフランチェスカ。20年の監禁と聞けば壮絶だが、一つ疑問もあった。


「大魔法使いってんなら、あんなチンピラいつでも蹴散らせただろ」


「そうもいかんから20年も囚われとったのよ。これは話せば長くなるんじゃがな……」


 久しぶりに外の人間と話すのが嬉しいのか、腕を組んでもったいぶる。

 ただ、ダンのものぐさ加減は誤算だったと見え。

 

「じゃあいいや、よし、帰るぞお前ら」


「はーい」


「わかった」


「え、あ、なら私も行くぞ!」


 踵を返したダンに他3人もついて行く。それを見て焦るのがフランチェスカだ。


「うぉい! 待たんかいお主ら!!」


「何だよ、ああ、流石にその格好はまずいか。悪かったな、ちょっと待ってろ」


 そう言ってダンは外に気絶していた男の一人をひん剥き、地下へ戻る。


「ほれ、とりあえず服だ。大きいだろうが、まあなんとかなるだろ」


「違う!」


「あ、やっぱり大きすぎか?」


「違う! まずはわしの身の上を聞けと言うとるんじゃ」


「身の上って……20年の内訳とか話されても困るぞ。ウチは全年齢向けがモットーだから」


「猥談と違うわ! わしをどんな痴女と思っとるんじゃ」


「……大魔法使い、不死身のフランチェスカ・マクドウェルは好色で有名だったらしい、ここで卑猥な話を始める可能性は十分考えられる」


「その噂は私も聞いたことがあるな、1つの都市に10人は恋人がいたとか」


「え、そうなの?」


「……なんでフランチェスカさんが驚くっすか?」


「あー、話と言うのはそれにも関係するんじゃが、どうじゃ、わしを助けると思って聞いてくれんか」


 殊勝にも頭を下げるフランチェスカ。


「……はぁ、わかったよ。腹減ったから飯でも食いながら話そうぜ、飯はお前の奢りな」


「助かるのじゃ。ちょっと待っておれ、今金をとってくるでな」


「自分で言っといてなんだが、ずっと捕まってたのに金あるのか?」


「愚問よのう、伊達に20年もここに居らんわい。間取りは全部把握済みじゃ、場所さえわかれば金庫なぞ魔法でどうにでもなる」


「そりゃいい、存分にやってくれ」


 その後、親玉を縛ってギルドに引き渡し、事件の顛末を報告したダン一同は浴場で汗を流し、酒場へと向かった。


「今回は助かった。改めて礼を言うぞい」


 席で料理の注文を済ませてすぐ、フランチェスカが頭を下げた。

 ちなみに各人の配置は、4人がけテーブル席の片側にフランチェスカ、テルミ。反対にマニマニとニナ、お誕生日席を強引に作ってダン、という具合だ。


「しかし20年とはな、大魔法使い様がどうすりゃそうなるんだよ」


「そこが話のキモなのじゃ」


 もったいぶるフランチェスカ。今から大事なことを言うぞとばかりに間を大きくとる。


「わしにはここ400年の記憶が無いのじゃ。30年前からの記憶と、不死となるまでの記憶しかない状態とも言えるのう」


「マジか、何があったんだよ」


 見た目から想像される通りの年齢で不死の魔法を会得したならば、30+12〜3歳、つまり40年分程度の記憶しかないと言うことだ。そのうち20年分が囚われの思い出というのは想像を絶するが。


「わしにもわからん。30年前、王都の外れで目が覚めての、それから10年は冒険者として何とか糊口をしのいでおった」


 フランチェスカはこともなげに言うが、数百年も前の知識で急に現代に飛ばされたと思うとその苦労は計り知れない。

 そこへさらに補足説明が入る。


「……フランチェスカが最も活躍したと言われた時代は、今から300年前。記憶を失っているとすれば高度な魔法も使えない可能性が高い」


 ニナの指摘に不死の少女は苦笑した。その通りだったからだ。


「ご明察じゃ。まあ使えんことはないが、400年以上前の魔法じゃ。今と比べて詠唱が恐ろしく長いでな、実戦では使えんかった。街で魔導書を買っては現代魔法を覚えなおしたものじゃ」


 フランチェスカは過去を懐かしむように語る。言ってしまえば苦労話なのだが、そうと思わせないくらい楽しそうに喋っていた。

 状況を聞くうち、テルミの表情が疑問に満ちていく。

 

「ちょっと待て、それがなぜ20年の監禁につながるのだ」


 テルミの問いに肩をすくめるフランチェスカ。確かに、今の話からではその関連は見えない。一体大魔法使いと称されるほどの彼女がいかにして囚われの身となったか。

 

「嬢ちゃんはせっかちじゃのう。なんてことはない。今のように酒場で飲んでおった時、人間のくせ魔王軍へ肩入れするいけ好かん女がおったんじゃ。言い争ううちに酒も回って、わしはつい酒場で寝てしもうた。次に起きたらあのザマよ。間違いなくあの女の仕業じゃ、思い出すのも業腹じゃい」


 そう言ってジョッキをあおる。ぷはーっと息を吐けば、ケロリとした表情だ。良くも悪くもあまり細かいことは気にしない性格のようだった。

 さて、と襟を正してダンを見据えるフランチェスカ。

 

「まあそれは良い、終わったことじゃ。ここからが大事な話、というかお願いじゃ。ババアをもう一度助けると思って、わしをお主らのパーティに入れてくれんかの。ダン、何とかしてもらえんかのう。お礼にわしの体を好きにしてよいぞ?」


 外見にそぐわぬ淫靡な提案を受けてジッ、とダンに注目が集まる。

 ダンは考えるそぶりもなく、フランチェスカに答えを返した。

 

「好きにしていいってんなら、ダンジョンではせいぜい楽させてもらうさ。大魔法使い様なんだろ?」


「ハハハ! 粋な男じゃのう、ますます気に入った。どうじゃ、今晩あたりわしと一発……」


 満足げに笑顔を浮かべるフランチェスカ。最後に声をひそめて誘惑タイム。

 これに面食らったのはテルミだ。テーブルから乗り出して痴女を止めに入る。

 

「な、ななな何を言ってるんだお前は!? ダン、追放だ! このビッチを私たちのパーティから追放しろ!!」


「誰がビッチじゃ! こう見えて20年間締まりが良いと評判だったんじゃぞ?」


「は、ハレンチだ! ハニートラップだ!」


 立て続けに放たれる卑猥な言葉にテルミは狼狽する。意外とうぶな彼女だ、こんな公共な場では尚のこと。


 その反応を見てフランチェスカが眼を細める。口の端が三日月に吊り上がった。

 

「元気な嬢ちゃんじゃのう……わしは女もいけるんじゃ、こんな娘を悶絶させるのもまた一興、うへへ」


 ほーれほれ、と言いつつフランチェスカがテルミの胸に手を伸ばした。間髪入れずに揉みしだく。衝撃の行動に眼を見開く純粋少女。みるみるうちに彼女の顔は髪色と同じく真っ赤になった。


「……!? ばっ、やめっ、あっ……」


 対照的に生き生きと楽しそうなのはフランチェスカだ。こちらはこちらで驚愕に眼を見開いている。

 

「おーこれはこれは、いいもん持っとるのう。感度も上々じゃ、育てがいがあるわい」


 久々に見どころのある奴に出会った、みたいな表情で言う不老不死。

 

「だ、か、ら……いい加減にしろ!!」


 堪えかねたテルミの鉄拳が飛ぶ。それはフランチェスカの後頭部にクリーンヒットし、的確に意識を刈り取った。


「こんな調子だから捕まったんじゃないのか、コイツ」


 ふーっ、ふーっ、と肩を上下させてテルミが吐きすてる。

 それを眺めてニナが一言つぶやいた。


「ダンの周りにはやっぱり変な子ばかり集まる。不思議」


「ついこの間まで師匠と2人だったのに、ずいぶん賑やかになったっすねぇ」


 嬉しいような、どこか寂しいような、矛盾する気持ちを抱いてマニマニがグラスを傾ける。 


「……そうだな」


 アンナが死んでから、楽しいことなどないと思っていた。世界から光が消えたようだった。だが、今は。ろうそくのように淡い光が、ほんのり暖かく周りを照らし始めたような気がした。


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月・水・金・日曜日の20時45分頃に投稿予定です。


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