第6話
朝早くから大学へ行くのには理由がある。観測機エウクレを見るためである。
大学でエウクレの見学ツアーがあったので、木村と一緒に応募したのだ。
エウクレは人類における観測装置であり、数は一つ。中々見れる機会は無く、人類規模で大切な物なのでこのチャンスは逃せない。
しかもエウクレ以外にも目玉はある。それが疑似定理証明装置である。
人類が用いる定理に対する干渉手段の一つ。それがエウクレと一緒に見られる。
「おっ、早いな」
木村がツアーバスに乗り込む。早いとは言うが木村も早い部類に入る。
「昨日楽しみで寝れなかったぜ」
興奮冷めやらぬ様で、手にはエウクレに関するツアーパンフレットを握っている。
「講義じゃ良く分かんなかったけど実物が見れるとなれば寝てられないよな」
木村はどこか流行というか、凄いと言われる物は何であれ取り敢えず見る、といった癖がある。
「俺は家帰ってすぐ寝ちゃったよ」
眠ったというか、気絶に近い気もするが。
二人は隣の席に座り合い、バスの発車を待つ。すると阿曇は木村に少し不安を抱え、昨日の出来事を話す。
「なあ、木村」
「どした?」
「変なこと聞くんだが、知性体が人間を演算してると思うか?」
パンフレットを見ながら耳を傾けていた木村だが、阿曇の声が少し震えていることを感じ、パンフレットを閉じる。
「何かあったのか?」
「昨日の帰り道、ちょっと変な空でふと思ったことなんだ。俺の、‥いや宇宙全体は知性体の思考から生まれてるんじゃないかって」
馬鹿げた話ではあるが、知性体ならやりかねない。そんな確信になり得ない妄信が、彼に言い表せない恐怖を与えていた。
「それはシミュレーション仮説みたいな話?」
「それが近いかな」
阿曇は朝から強がっていた。父に気を遣わせまいと、平然を装った。しかし悩みはそう簡単に消えない。外に出さない限りは。
「う~ん、有り得るとは思う」
腕を組み、天井を見上げながら木村が答える。
「ほら、人類だってコンピューターでの物理宇宙生成シミュレーションが出来るしさ、小さい範囲だけど立体シミュレーションもあるから出来ないわけじゃないと思う」
コンピューターの性能はエウクレと疑似定理証明装置の作成過程で、必然的に上昇し演算可能な情報量も格段に上がった。そのおかげで宇宙シミュレーションの精度上昇、シミュレーション空間の拡大、最近ではシミュレーション結果を物理空間に展開することも出来るようになった。
「やっぱ、そうなるよな‥」
阿曇も予想していたことだが他者からの肯定はどこか自己完結よりよっぽど心に来る。他者の思考から生成される仮定、それが言葉として阿曇に外的圧力を与える。それが酷く頭に叩く。
「‥‥」
俯く阿曇に視線を向ける。
「でもさ。知性体が思考出来るなら逆に人間が知性体を思考してるかもしんない。そう考えてもいいんじゃない?」
「?」
木村の言葉に頭を上げる。その顔は疑問で一杯だ。
「何を言ってる?」
阿曇の問いに木村が明るく答える。
「だってよ、知性体が人間を演算してる、そんな知性体を人間が思考してると考えても成り立つだろ」
知性体、それは人類の論理を越えた存在。そんな存在ならば人間を、宇宙全体の全事象を演算、もとい思考していてもおかしくない。しかし明るく馬鹿に見えるこの男はあろうことか、人間を越えた知性体は人間の思考から生まれていると考えたのだ。人間を夢見る知性体は、人間を思考してご満悦だが実はそんな知性体側が夢見られている側だったと。
「成り立つけど、有り得ないだろ。知性体に限って」
「でも、成り立つだろ?少なくとも俺達には分かんないんだからそんな考えを持っても良いんだよ」
阿曇はこいつ、やはりあほなのかと思ったが、同時に優しいなとも感じていた。
「そんな考えでも、良いか‥」
「そう、悩みなんてそんなくらい面白可笑しく考えていいんだよ。まあほんとにそうかもしんないけどね」
不安は以前より小さく、恐怖はもはや消えていた。
「ありがと。ちょっと、すっきりした」
顔色は良くなり、さて、と言いながらツアーパンフレットに目を通す。
ツアー先は公理・定理研究の日本最先端の都市。都市全体で研究を行っており、観光地としても人気である。日本の中で一番発展しているとの声も挙がるほどだ。
「温泉卵あるのか」
と、阿曇はグルメ紹介のページに目が留まった。彼は美味しいものに目が無い。
(温泉卵は食ったこと無いし、食べようかな)
彼の頭の中は半熟に仕上がった卵で一杯だ。温泉につかり、牛乳を飲むのも乙だ。
そうこうしている内に二人を乗せたバスは大学を出た。
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