第4話

 「じゃあ、俺帰るわ」

 木村は講義が終わると、そう言い席を立った。

 「ああ、それじゃまた明日」

 「おう、またな」

 木村の遠のく背中を見送ったあと、携帯をいじりながらどこか行こうかと思案する。パン屋に行くのは確定なので、ついでに行く場所も考えておきたい。パン代という名の臨時収入もある。

 「駄菓子屋にでも行こうかな」

 不意に出た言葉に阿曇は気づかない。それは行き先が彼にとって思い出のある場所だったから。

 朝、降りたバス停を過ぎ、パン屋を目指す。

 彼の周囲には下校時間だろうか、ランドセルを背負った子どもが友達と遊びながら帰っている。

 街は子どもの無邪気な笑い声と住宅街の静けさに包まれている。

 そうしている内に目的のパン屋に着いた。

 店内に入ると、当たり前とも言えるがパンがほとんどなくなっており、棚は空っぽだった。

 しかし奇跡というものはあるのだろう。

 残り一つのメロンパンが彼の目に映る。

 「おっ、あった」

 最後の一つをトレーに取り、会計を済ませる。

 店を出た阿曇はその足で駄菓子屋に向かう。

 過去の記憶を思い起こし、駄菓子屋への道を頭の中で描き出す。携帯があるならマップでも出せばよいとうっすら考えるが、人間というものは時に風情も必要だ。

 夏定理の日差しは昼間より弱く、彼を照らす。

 道を歩くほど、目に映る景色と過去の記憶が重なり、一致する。

 (もう少しか)

 子供の頃に遠いと感じた道のりは大人に近づいた今、とても短く思える。

 角に差し当たる。この角を曲がれば駄菓子屋である。

 阿曇は角を曲がり、駄菓子屋がある場所へとたどり着く。

 「変わってないな」

 そこには昔と変わらず駄菓子屋があった。

 扉の前に行き、少し間を置いてから入る。

 中も記憶と変わらぬ趣であり、まるで過去に来たようだった。

 「いらっしゃい。おや、珍しい。子ども以外が来るなんて」

 奥から店主のおばちゃんが出て来た。

 「昔、ここに通ってたのを思い出して、過去を思い出しに」

 阿曇は変なこと言ったと思ったが、店主はうんうんと頷き話す。

 「そうかい、たいした物はゆっくり見ていってね」

 そういう店主に会釈を返し、店内を見て回る。

 子供の頃に見たようなお菓子やおもちゃが棚に置かれている。

 店内を見ているとある張り紙が阿曇の目を引いた。

 「おばちゃん、店閉めるの?」

 「ああ‥、そうなんだよ。前々から厳しかったんだけど今の子供はめったに来ないからね。近くに大きなお店も出来ちゃって。潮時かなって」

 阿曇の心に静かな波が訪れる。思い出がより深く刻まれた瞬間だった。

 「そういや、思い出したよ。君、女の子と一緒にいつも来てた子だね」

 「ええ、そうです」

 女の子というのは阿曇の幼馴染だ。

 「あの子は元気かい?急に来なくなっちゃったから」

 「‥‥ええ、元気ですよ。最近、顔は見てませんが」

 おばちゃんはそうなのねと阿曇の言葉を信じる。

 「そうだ。これ持って行っておくれよ。久々に来てくれたし。あの子と食べな」

 とおばちゃんはお菓子を小袋に詰め、阿曇に手渡す。

 「良いんですか?貰っちゃって」

 「良いのよ。店ももうすぐ終いだからね」

 そういうおばちゃんの目はどこか懐かしむような目だった。過去の、賑わいを見せた店を見ている様だった。

 「あなた、良くあの子の名前呼んでたわよね。ええっと、何て言ったかしら?最近忘れっぽくて」

 「ああ、彼女は‥‥」

 ここで言葉が止まった。阿曇の口は続けようと動くが、肝心の名前が出てこない。

 (彼女の名前は何だっけ?)

 頭の中が真っ白に、思考が消えていくのを感じる。

 口を半開きにさせ、パクパクと動かす阿曇におばちゃんが首をかしげる。

 「どうかしたかい?」

 その言葉は阿曇に冷静さを取り戻させる。

 「‥いえ、確か名前は」

 とおばちゃんに嘘の名前を告げる。おばちゃんに心配させまいとの思い故の行動であった。

 何故覚えていないのか、気になることは多くあったがひとまず落ち着こうと会話を続ける。

そんな彼の頭には名前どころか、彼女の顔も出てこなかった。

 

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