第2話 ロリコン疑惑

「おい、聞いたか?あの大剣使いの噂」


「聞いた聞いた!何でも侍女メイドを雇ったらしいな。しかも幼女!!」


 酒場は彼が雇った名前も知らない侍女メイドの噂で持ちきりだった。

 オーガすら一刀両断する程の斬撃を放つ「大剣使い」と言う二つ名を持つ有名な男の珍事を面白がらない筈もない。


「いやぁ、女っ気が無いからアッチの趣味でもあるのかと思ってたが……まさかな」


「ロリコンだったとはな……」


 溜め息を吐く二人。


「誰がロリコンだって?」


 噂話に花を咲かせていた二人の背後に立つ大きな影。


「そりゃあ……最近噂の大剣使いの話だよ……って、うわぁ!」


 驚いて椅子から転げ落ちた男の表情はみるみると恐怖に変わる。

 それもその筈、噂の大剣使いが怒りの表情で仁王立ちしていたのだから。


「俺はちょっと用事を思い出したからまたな!」


 話していた片方の男が慌てて逃げ出してしまい椅子から転げ落ちた男だけが取り残される。

 酒場は怒らせたら何をするか分からない大剣使いの登場でそれまでの賑やかさが嘘のように静まり返っていた。


「ちょっと話を聞かせてくれよ。一体誰がロリコンなんだよ?」


 詰め寄られた男は目を白黒させている。

 今日が自分の命日になるかも知れない、そう思わずにはいられなかった。

 相手はあの大剣使いだ。

 どう考えても無事に済む訳が無い。

 ただただ恐怖に震えるだけだった。


「ご主人様、一体どうしたのですか?まさか昼間からお酒など飲むつもりではありませんよね?」


 酒場にはまるで似合わない子供の声に皆の視線が集まる。

 そこには白と黒を基調としたベーシックな侍女メイド服を来た小さな少女が立っていたのだ。


「い、いや……酒を飲むつもりはねぇんだよ。ちょっと、この店も最近ご無沙汰だから気になってよ」


 怒りの表情が一瞬にして消え失せ、急にしどろもどろになる大男。

 メイド服を着た少女はスタスタと店に入って来ると"むんず"と大男のズボンを掴み引っ張って問答無用とばかりに店の外へと連れ出す。


「いや、俺はちょっとコイツに話があるんだが、おい……ライリ!ちょっと待ってくれ!」


「言い訳はみっともないです。さぁ、行きますよ。帰ったらすぐにご飯にしますからね!」


 小さな少女に良いようにあしらわれる大男。

 命拾いした男は、ライリと言う名の小さな少女に心の底から感謝するのだった。


 住み込みの侍女メイドとして働き始めたライリは今や完全にこの家の主導権を握っている。

 どちらかと言うと自堕落な生活を送っていた男には厳し過ぎる相手だったのだ。

 最近では朝は早く起こされ、夜は遅くまで飲み歩く事は絶対に許されず健全な生活を強いらされていた。


「うふふっ、今日はとても良い鳥肉が手に入ったんですよ。 既に絞めて血抜きをしてありますから夕食で頂きましょう」


 可愛らしい顔をしているがスパッと鳥の首を刎ねて逆さに吊るし血抜きをするのだ。

 その逞しい生活力にはすっかり感心させられている。

 近所付き合いもしっかり行っており毎日通う商店街からの評判も上々らしい。

 買い物をすれば何かしらおまけを貰って帰って来るからな。


「ああ、楽しみだよ。美味い物もあるんだし、ちょっとぐらいは飲んでもいいよな?」


 じ〜っと見つめた後に溜め息を吐くライリ。


「仕方がありません。少しだけですからね」


 完全に尻に敷かれてるなと思いながらも、久しぶりに酒が飲める喜びに思わず笑みがこぼれる。

 ライリがやって来てからは家の中も明るくなっており、テーブルには花が飾られていたりする。

 以前の生活からは想像も付かない変化だな。


 俺の家には一般家庭には無い風呂があるのが自慢でライリが住み込みを始めてからは毎日入るようにしているが薪割りだけは俺の仕事にしている。

 当初はライリが鉈で薪割りをしようとしていたのだが"ぷるぷる"しながら小さな身体で大きな鉈を持ち上げる姿は怖くて見て居られねぇから、薪割りだけは自分でやるからと約束をしておいた。


「これだけあれば俺が暫く家を留守にしても足りるだろ。それにしてもライリがあんなに我が家に馴染むとは思わなかったな」


 俺の家は二階建てになっているんだが二階の二部屋を物置きとして冒険に必要な道具などを置いていた。

 ライリが来てからはその一部屋を彼女の部屋として明け渡しておいたが、俺は一度荷物を取りに二階に上がった時に驚くべき光景を目にしている。

 自分の家とは思えない可愛らしい部屋がいつの間にか存在していたからな。


「ご主人様、ご飯の用意が出来ましたよ。あ、でも井戸で手を洗ってからですからね!」


 まるで子供扱いだなと苦笑いを浮かべながらもライリの言う通りにしてから食卓に着く。


「おおっ、こりゃあ美味いな!ライリは一緒に食わねぇのか?」


「ご主人様のお食事のお世話をするのが侍女メイドの仕事です。勿論、私は後で頂きますから大丈夫です」


 仕事は仕事と一線を引いてきっちりとしているライリには感心しながらも、やっぱり一緒に食事を楽しみたいと言う気持ちにもなってるんだよな。


「そうそう、そろそろ仕事に出るつもりだ。一〜二週間はかかるかも知れんが、留守の間の事は宜しく頼む。当面の金は渡しておくが足りなくなったら冒険者ギルドの金庫から引き出して構わんからな」


 俺は今まで依頼遂行の報酬の殆どを安全な冒険者ギルドに預けてあるのだ。

 既に冒険者ギルドには事情を話してライリにも貯金を引き出す事が出来るようにするための手続きも済ませてある。


「畏まりました。ライリはご主人様の無事のお帰りをお待ちしています」


 ペコリとお辞儀をする可愛らしいライリの姿を見て、何を土産を持ち帰って来たら喜んで貰えるだろうかと思案してしまう自分に人間変われば変わるものだと感心するのだった。

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